幸福の日々
その後、ヴァンシルは戴冠式で、ガルシア帝国のセラフィーヌ王女との婚約を発表した。
表向き王妃の病気による療養と国王ランベルクの退位、新国王の即位と国内が揺れる中、美しい妖精の様なセラフィーヌ王女との婚約は国民に大いに祝福された。
そしてルーファス第二王子殿下は、その功績が認められ、公爵位を賜り、アイシア・ジョゼット侯爵令嬢と婚約が決まった。
「全く、アイシアはうちのたった一人の娘で後継者なのだぞ。」
不機嫌そうに悪態をつくジョゼット侯爵に苦笑いを浮かべる。
「もう、お父様、いい加減諦めてください。ルーファス様がようやくこの国から正式に何かを与えられ、認められたんです。喜んでください。」
「だが、うちには後を継いでくれる親戚の子供もいないし。アイシアがルーファス殿下と結婚して、この家を二人で継いでくれる日を夢見ていたのに…。」
ブツブツとすねるお父様は可愛い。
そもそもヴァンシル殿下の婚約者候補だったんだけど、最初から選ばれないと思っていたということね…。
つまり、ルーファス様に跡を継いでほしかったのね。
フフッと笑う横で、困ったように立ったままのルーファスは何か思案しているようだ。
そしてハッとしたようにお父様に身を乗り出した。
「ジョゼット侯爵、僕とシアの子供が生まれたら、そのうちの一人を後継にするのはいかがですか?」
な…
「僕はシアが好きすぎるのできっと子供は一人じゃすまないはずです。そのうちの誰かはきっとおじいさまの跡を継ぎたいと言う子も出てくるはずです!」
な…
「お、おじい様…?おじい様…。おじい様か…。」
想像しているのか急にニヤニヤとし始める父にアイシアは焦り始める。
「何を言っているの!そんなの、わからないでしょ。子供が出来るかも、何人出来るかも…。」
言いながら自分自身が何を言っているのかわからなくなる。
するとルーファスが座っているアイシアの目の前に膝をついて下から見上げるように見つめ手を握った。
「シア、僕は君を愛しているし、君との子供ならたくさんほしい。家族が増えたらきっともっと幸せだと思うのだけどどうかな。」
どうかなって…。
どうかなって、何…?
美しい銀の髪に深い紫の瞳、美しく成長した第二王子が子犬みたいな目をするのはやめてほしい。
「…わかりました…、私だってあなたの子供は欲しいです。」
真っ赤になって答えると、ルーファスの顔が近づく。
あっと思ったら唇をふさがれていた。
チュッと音を立てて離れたルーファスにさらに真っ赤になっていると、ニコニコしているルーファスの後ろでニヤニヤしてるお父様の顔が見えた。
「もう、知らない!!」
恥ずかしすぎて立ち上がって自分の部屋へ逃げる。
「シア!!」
追いかけてきたルーファスの向こうでお父様の笑い声が聞こえる。
「お父さまは結婚式待たずにおじいさまになってもいいぞ~」
自室のドアから締め出してホッとしたのもつかの間、移動魔法で私の目の前に現れたルーファスに抱きしめられた私は結局、何も言えなくなった。
幸せそうに笑ってるこの人を、ずっと幸せにしたいと思っていたのは私なのだから…。
溶けるように甘く私を見つめるアメジストの瞳。
愛おしそうに「愛してる。」と囁くこの人を私も誰よりも愛してる。
「もう…私だって…愛してます…。」
そう言って背伸びしてキスをすると、そのまま抱き上げられて深く口づけられる。
「はぁ、可愛い…。」チュッチュッとキスを繰り返しながら放してもらえない。
「ダメですよ、お父様がいるのに…。」
「そのお父様のお許しは貰ったけど…。」
「恥ずかしいでしょ…。」
「恥ずかしがるアイシアも可愛い。」
「すみません、私達もいるんですけど…。」
気まずそうに声を上げたアンとメイナにアイシアは真っ赤になる。
「もうっ!!ルーファス様、下ろしてください!!」
「え~…。」
あれからルーファス様は周りが驚くほど愛情表現が激しい。
クールな第二王子はどこに行ったの?というほど、いつでもどこでもアイシアに触れたがる。
「ルーファスって…こんなんだったんだな…。」
ヴァンシル殿下、いや、戴冠式が済んだからヴァンシル陛下とセラフィーヌ王女に、婚約の挨拶に伺った時に、くっついて離れないルーファスに向けて陛下が呆れて言葉を漏らした。
「アイシア様、ご婚約おめでとうございます。」
笑顔でアイシアを見つめるセラフィーヌに、アイシアも恥ずかしそうに笑顔を向けた。
「ありがとうございます、セラフィーヌ様。この国での生活は慣れましたか?」
「ええ。皆様とてもよくして下さるし、結婚式までの1年で、陛下をお支え出来るように、今は学んでいる最中なの。」
「君は自国でもすでに淑女として完璧に学んでいたから、今のままでも充分だけどね。」
「いえ、まだまだ足りませんもの!しっかり、民を幸せに出来る王妃になるべく日々学びます。」
姫らしくなく手を握りしめて決意をしめすセラフィーヌに陛下は優し気な瞳を送る。
きっとこの二人が作る国は素晴しい未来が待っているだろう。
「ルーファス、屋敷の改装は始まったのか?」
ソファーで並んで座るアイシアの手を握りしめながら、ルーファスは小さく頷いた。
「ええ。とりあえずは主要な部屋から少しづつ始めています。」
ルーファス様は公爵位を賜った時に、ヘリオット公爵家が王都に持っていた領地とそこに隣接する国が管理していた領地を賜り、さらにヴァンシルの亡くなった祖父が老後住んでいた魔術師団の師団本部にほど近い屋敷を賜っていた。
「二人の結婚式は2年後か。」
ヴァンシルの言葉にルーファスがため息を吐く。
「今すぐ結婚したいんですけどね…。兄上の結婚式が先だと、ジョゼット侯爵とジークフリート殿に口うるさく言われて仕方なく…。」
「ハハッ!!ほんと、お前、わかりやすいやつだったんだな…。」
ルーファスの不貞腐れた様な顔に、ヴァンシルが思わず吹き出す。
傍に控えていたエリオットが、意外そうな顔でルーファスを凝視している。
それに気づいたルーファスが少しだけ顔を背けて呟く。
「何…?」
「いえ…。昔のヴァンシル殿下と似ておられるなと…。」
「は?」
この言葉に反応したのはヴァンシルだ。
「私はこんなにすぐ感情が表に出るようなことはないぞ!」
「いや、出てますよ今も。」
賛同するジュリアスに納得いかないというように首をかしげるヴァンシルに、アイシアとセラフィーヌが笑う。
「お二人はとてもよく似ておられますよ。まっすぐで優しい所も、実は子供っぽい所も、笑った顔の可愛さも。あとは魔力の質というか…。」
「わかった、わかった!もう、やめてくれ。」
アイシアが頭に思いつく二人の共通点を指を折りながら伝えていると、慌てた様に止められた。
ふと顔を上げると、顔を赤くして頭を抱えているヴァンシルと、繋いでないほうの手で顔を押さえているルーファスと、ニヤニヤしているジュリアスと、苦笑いしているエリオット、愛おしそうにヴァンシルを見つめて微笑んでいるセラフィーヌの様子。
あれ、なんか変な事言ったかしら?
「まぁ、んんっ!と、とにかく、ルーファス、アイシア嬢、婚約おめでとう。幸せでいてくれ。」
仕切り直しとばかりにヴァンシルがまとめると、ルーファスはヴァンシルを見つめた。
「ありがとう、兄上。もう、幸せだ。」
「…!!」
ヴァンシルはその時初めてルーファスの心から幸せそうな笑顔を見た。
胸に迫る何かが、言葉をなくさせる。でもそれは確かに嬉しさも含んでいて…。
ヴァンシルは泣きそうになるのを歯を噛み締めることで耐えた。
そうか、幸せか。良かった…。
「アイシア様の王妃姿も楽しみでしたが、こうしてルーファス様の傍にいるお嬢様が一番、お嬢様らしいですね。」
屋敷に戻り、お茶を飲むアイシアに、呆れたように笑うアンの言葉に、メイナもうんうんと頷く。
「あ、そういえば、ルーファス殿下は、ノルン帝国の黒湖の結界魔法、浄化せずとも完ぺきな結界を施したそうですね。」
「そうなの…。私の魔法で少しづつ浄化出来てると思っていたんだけどね…。ルーファス様がものすごい結界張ったから、みんな浄化しなくてもよくない?みたいな雰囲気が出てて…。」
拗ねたようなアイシアの表情に、ルーファスは焦ったように否定する。
「違うよ、シア。シアがかなり浄化をしてくれたから、結界がはれたんだよ。」
「………。」
「シア…?本当だよ。それに、結界はずっと続くものじゃないから、シアが浄化するのが一番の解決になるのは間違いないよ。ただ、僕はシアが浄化に行く時間を短くしたくて…。」
「…え…?」
「ほら、、浄化に行くと、シア、僕から離れて作業するだろ。魔力使って疲れるし、疲れてたら夜もゆっくり話せず寝てしまうだろ?ちょっとでもシアと過ごす時間増やせたらなと思ったら、浄化する時間短縮させるのが一番かなって…。」
それを聞いていたアイシアとアン、メイナは口をポカンと開けた。
………
…本当、ルーファス様って…
「シア?」
心配そうに覗き込むルーファスは、初めて会った時の、枯れ枝の様な弱々しさも、悲しい目もしていない。
私を傷つけることを恐れて、毒で蝕まれた体で動くのもしんどい状態なのに私から離れようとした小さな男の子。
助けたいと…笑ってほしいと…しあわせになって欲しいと思ったあの小さな男の子は。
「ルーファス様、私の事、本当に好きですね…。」
ポソッとつぶやいたアイシアの言葉に、一瞬でその瞳に愛が溢れる。
「当たり前だよ。」
願ってた以上に、幸せそうに笑う。
その笑顔を見てアイシアの胸に幸せが溢れる。
後ろでコソコソとアンとメイナが目で合図しながら部屋を出ていくのが見えてクスッと笑う。
「初めて会った時の、あの小さくて傷ついた男の子は、成長して勇敢で強くて優しい国1番の魔術師になったのね。」
まっすぐに見上げると、フッと笑ってアイシアの髪に触れる。
「そうだよ。全てはアイシア、君がいてくれたから。」
人を知り、優しさに触れて、学ぶ楽しさを知り、認められる喜びを知って、何よりも尊い愛を手に入れた。
「僕と出会ってくれてありがとう、アイシア。君は僕の全てだ。誰よりもなによりも愛してる。一生大切にすると誓うよ。」
アイシアはルーファスの両手を握り、愛おし気に自分を見つめるアメジストの瞳を見つめた。
「ルーファス様、私も誓います。これから一生かけて、あなたを幸せにします。」
そうしてアイシアはルーファスに癒しの魔法をかける。
「愛してます、ルーファス様…。」
「ありがとう、シア。ずっと一緒だ…。」
端正なルーファスの顔が近づき、アイシアはゆっくり目を閉じた。
それから2年後の予定だった結婚式は我慢できなかったルーファスのお願いで1年半後に早められ、王都の聖教会で行われた。
その後、3人の子供に恵まれ、史上最強の魔術師と呼ばれるようになっても、美しい妻には甘く、生涯愛し続けたのはまた、別の話。




