ペネロペの思い
「ペネロペ様!お久しぶりです。」
お茶会で久しぶりにお会いしたアイシア様は光り輝く様に美しい。
変わらない笑顔に、ペネロペは心が温かくなった。
「お久しぶりです、アイシア様。」
「はい!相変わらずお美しいですね、ペネロペ様。うっとりするくらいに綺麗な黒髪。そのルビーの様な瞳も本当に綺麗です。」
うっとりするくらい綺麗なのはアイシア様の方だけどね、と、思いつつ、ぺネロぺはありがとう、と微笑んだ。
今日はローズベリー王女主催のお茶会だ。
婚約者候補だったペネロペ、アイシア、ジャスミンはもちろん、若い令嬢が招待されている。
「アイシア様、色々大変でしたね。兄からチラッと聞いただけで詳しくは知りませんが…危険なこともあったと伺いました。」
実際はジルモア公爵家として、世間で広めた話と事実を間違って認識してはいけないからと、ペネロペは兄からも父からも詳しく詳細は聞かされていた。
マグノリア教会へ王妃に派遣され、殺されそうになったことも、クロエに誘拐された事も。
そして第二王子ルーファス様と婚約したことも。
「フフッ。ご心配おかけして申し訳ありませんでした。大丈夫です。エリオット様にもお世話になり、こうして元気にぺネロぺ様にお会い出来ましたわ。」
何でもないように笑うアイシアに、ペネロペはそれ以上聞くのをやめた。
あんな目に遭ったというのに、アイシア様は本当に不思議な方ね。
殺人未遂を犯したクロエ様の事も、減刑を申し出たようだし、本来なら処刑されてもおかしくない事件ですのに、修道院へ送られるにすんだと聞いた。
「一緒にローズベリー王女殿下へ挨拶に行きましょう。」
ペネロペはアイシアと共にローズベリーの元へ向かう。
「アイシア様!!ペネロペ様も、本日は私のお茶会に来て下さってありがとう。」
「こちらこそ、ご招待いただき、ありがとうございます。」
成長と共に天使のような可愛らしさの中に美しさも交じる姫に、アイシアは姉の様に嬉しい気持ちが溢れる。ご立派になられたなぁなんて呑気に思っていると、ローズベリーがとんでもないことを言った。
「あ、アイシア様はもう、アイシアお姉さまよね。」
「へ?」
「ほら、だって私の兄であるルーファスお兄様の婚約者ですもの。いずれ私のお姉さまになるでしょう?」
実はヴァンシル以外兄弟に会っていなかったルーファスは、ヴァンシルの勧めで兄弟で会う時間をとったのだ。第三王子のフィリップ殿下とローズベリー王女殿下もその時一緒に食事をした。
アイシアも誘われたが、せっかくの兄弟の顔合わせだからと遠慮した。
口数の少ないルーファスに、最初は戸惑っていたフィリップ王子も、同じ火魔法を使えることがわかると、色々聞きたがり、打ち解けたようだ。ローズベリー王女殿下は、初めて会った時に幼い頃に見た絵本の妖精王がルーファスに似ていると言って、終始憧れの眼差しだったそうだ。
「この前、ルーファスお兄様に、魔法を教えて欲しいって伝えたら、アイシア様に教えてもらえって言われたんですの。フィリップお兄様には教える約束していたのに。」
拗ねたような表情が可愛らしく、ぺネロペはフフッと笑うと口を開いた。
「確かにルーファス第二王子殿下は魔法の天才と言われておりますが、アイシア様は魔力操作の天才と言われておりますよ。ローズベリー様は水魔法の才能がおありになるので、水魔法に近い聖魔法に長けたアイシア様に学ばれるのが一番ですわ。」
6才年上のペネロペの言葉には説得力があるため、ローズベリーはそうよね、と納得したようだ。
ただ単に、今まで疎遠だった兄と関わりたいというだけなんだろうけれど。
母親である王妃殿下が精神を病まれてノースファレン王国にほど近い北の塔へ療養という名の幽閉され、父である国王も退位し、会えなくなってしまった。
きっとお寂しいのだろう。
「我が家にもいつでも遊びに来て下さい。ルーファス様もいらっしゃるし、一緒に魔法を教えてくれるように話してみますよ。」
「本当?ありがとう、アイシア様!」
嬉しそうに笑うローズベリーの笑顔に、アイシアもペネロペもフフッと微笑んだ。
「お話し中、失礼します。」
ジャスミン様が挨拶に来られ、三人は久しぶりに会うジャスミンにハッとなる。
モルディール公爵家の令嬢で、ヴァンシル陛下の側近であるジュリアスの姉でもあるジャスミンは、婚約者候補の解消からしばらく自宅に籠っていたと聞いている。
茶色の髪に若草色の瞳で、可愛らしい大人しい印象の方だったが、ヴァンシル陛下に失恋したことから、しばらくはふさぎ込んでいたそうだ。
そのせいか少し痩せて、どこか危うい色気が感じられる。
「お久しぶりです、ローズベリー王女殿下。この度はご招待頂き、嬉しく存じます。ペネロペ様もアイシア様もご機嫌麗しゅう。」
「お久しぶりです、ジャスミン様。」
「なんというか…ジャスミン様、美しさも艶感が増しましたね…。」
ペネロペの率直な言葉に、ジャスミンはカァッと顔を赤くした。
「あ…。最近…あまり食欲がなかったせいか、痩せてしまったのです…。なのに、急にお茶会や夜会の招待が増えてしまって…顔色の悪さを隠すのに化粧を変えたせいか、前と印象が変わったようです。」
恥ずかしそうに話すジャスミンにペネロペはニコッと笑う。
「いえ、ジャスミン様は前からお化粧関係なくとても端正なお顔立ちでしたわ。きっとすこし痩せて幼さが消えて大人っぽくなったのです。きっと求婚が殺到してるでしょうね。」
「…。」
気まずそうな無言の返事に、肯定が見える。
「ジュリアス様も姉に求婚の手紙が沢山届いて大変だとおっしゃっていましたわ。」
「まぁ、そうでしたの。ジャスミン様は教養もありますし、佇まいも素晴らしく美しいですから、人気なのはわかりますわ。」
その時、ジャスミンがペネロペに頭を下げた。
「あの、ペネロペ様!その…弟がご迷惑おかけして申し訳ございません。」
「え?」
アイシアとローズベリーがきょとんと二人を見つめる。
「あ─…。いえ、お気になさらず…。」
どこか頬を淡く染めてペネロペが目を逸らす。
「ジュリアス様がどうかしたの?」
ローズベリーが不思議そうにジャスミンに問うと、申し訳なさげに頷いた。
「はい…その、弟は子供の頃から…そのペネロペ様一筋なのです…。ヴァンシル殿下の婚約者候補になった時なんて一カ月部屋から出てこなかったくらいです。傍で見守ることで一生を過ごすだなんて言っていたけど、今回こうしてペネロペ様がフリーになられたので、大急ぎで求婚を…。」
困ったように嗤うジャスミンに、ペネロペは気まずそうにチラリとアイシアを見た。
目を瞬かせて楽しそうな表情のアイシアに再度目を逸らす。
「で…?」
グイッとローズベリーがペネロペに近付く。
「なんて返事したの??もちろん了承したのよね?だってジュリアス様は将来はお父君の跡を継ぐ宰相候補筆頭の天才よ!まだお若いけど、将来有望だし、その上可愛いイケメンで一途だなんて!」
少し鼻息荒い、恋愛小説大好きなローズベリーに引きながら、ペネロペは真っ赤になって下を向く。
「その…お返事はまだ…。だって私、その彼より3つも年上ですのよ…?」
普段は飄々としているのに、いつもより幼く見えるペネロペ様にアイシアはキュンとなる。
「…可愛い…。」
「へ?」
「ペネロペ様、可愛い!!3つなんて年取ったら変わりませんよ!!将来の宰相の奥様がペネロペ様だなんて、この国の未来が更に明るいじゃないですか!いいと思います!!」
アイシアの興奮した声に、ローズベリーもうんうん、と鼻息荒く頷く。
「も、もう!私の事はいいんですの!それより、アイシア様とルーファス第二王子殿下との話を聞きたいわ。」
赤い顔を何とか広げた扇で隠しながら、ペネロペが話題を変える。
「え?私のですか?普通ですよ?」
アイシアがキョトンとすると、横でローズベリーが目を瞑ったまま首をフリフリする。
「イチャイチャです。溺愛です。見てるこっちが溶けそうです。」
どこか達観した様子のローズベリーにジャスミンも頷く。
「私も弟から聞いてます。もうずっと傍を離れないって。」
「そうなんです!アイシア様と会うときはいつもルーファスお兄様が付き従っていますの!お兄様に会いたければ、アイシア様を探せと言われてるくらいですの。」
今度はアイシアが赤くなる番だ。
「確かに…その、心配性が加速した感がありますけど…。」
恥ずかし気に答えるアイシアに、キッとローズベリーが目を見開く。
「心配性?!いいえ、あれは独占欲ですわよ!」
横でお茶を入れているメイドたちもうんうんと頷いている。
最近は城に来ることが多いから、あちこちでその溺愛っぷりが話題になっているようで、氷の様に無表情で感情を表に出さない美貌の第二王子の冷たい目がアイシアといる時だけ溶けるように熱くなり、甘やかす様子に周囲は黄色い悲鳴を上げているのだとローズベリーが熱弁する。
「どうぜ、今日もお迎えにくるのでしょう?」
ローズが呆れたように首を傾げると、アイシアは困ったように嗤って頷いた。
ペネロペはアイシアを見つめた。
頬をピンクに染めて微笑むアイシアは光の中に溶けるようにキラキラ輝いて見える。
幸せそう…。
婚約者候補として出会った時は、明るくて素直で裏表のない気持ちのいい令嬢だと思った。
殿下の話をしていた時も、本当のところはわからないほど、深くは何も考えてないように見えた。
でも…ずっと秘めた思いがあったのだろう…。
良かった。
幸せそうで。
解消されたけど、私たちは子供の頃から一緒に学んだ同志でもある。
クロエ様は残念だったけれど…あの子は賢いからきっといつか気付くだろう。
そしてこの先は後悔のない人生を送って欲しい。
ジャスミン様も婚約の打診が沢山あると聞くし、きっと彼女ならすぐに良い縁があるだろう。
私も…。
子供の頃に出会ったヴァンシル殿下は真面目で優しくて穏やかな方だった。兄と一緒に遊ぶ様子は幼くて、同じ年なのに弟の様な気分だった。
婚約者候補になってからも、それは変わらず、尊敬しているし支えたいと思うけど、恋をしているのかと言えばそうではなかった。公爵家の令嬢として生まれた以上、この国の為に、家の為に結婚することは決まっていたし、恋をするということがよくわからなかった。
いつからだろう。
兄の傍にいる小さな側近候補の彼に熱い眼差して見つめられるようになったのは…。
会えば嬉しそうに笑い、挨拶を交わす。時々兄を絡めた冗談を言って笑わしてくれる明るい少年。
いつからだろう。
その少年の姿を無意識で探すようになったのは…。
婚約者候補を解消された今、私も自分の気持ちに素直になってみてもいいのかもしれない。
私もきっと…こんなふうに幸せそうに輝く笑顔を見せる日がくるのかもしれない。
うららかな天気の良い午後、ローズベリーのお茶会でペネロペは幸せな未来を想像して微笑んだ。




