理想の王
王城へ馬車がつくと、ヴァンシル殿下が迎えてくれた。
「ごめん、早く顔を見たくて…。」
少し硬い顔をしたエリオットとジュリアスを後ろに従えて、ヴァンシル殿下が笑う。
応接室ではなく、美しい王庭へ案内されたアイシアは、一面に咲く見事な薔薇を見つめて目を輝かした。
「沢山の見舞いの花をありがとうございました。何度も会いに来て下さったと伺っております。」
「いや、私が君に会いたかっただけだから…。」
ヴァンシルが優しくアイシアを見つめる。
「私もお会いできて嬉しく思います。あれから、大変だったそうですね…。父から色々話は伺いました。殿下がとても優秀であられたとなぜか父が自慢げに申しておりました。この国はヴァンシル殿下がいるなら未来も明るいと。」
嬉しそうに話す、父アーサーの顔を思い出しアイシアは微笑んだ。
自分の母親の罪を…そしてその処分を決めることはとても辛かったはずだ。
あの時、ヴァンシル殿下の王妃を見つめる悲し気な目を思い出すと胸が苦しくなる。
「いや。何も知らず、ただ目の前の出来事を受け入れて自分で考えることなどして来なかった私が愚かだったのだ。きっと…もっと早く気づくことも出来たのではないかと思う。我が国のせいで、ガルシア帝国は巻き込まれた形になるというのに、ガルシア帝国の王家は我が国に責任を追及しなかった。
君が今回の事に尽力してくれたことが大きいと、私は思う。」
ヴァンシルはアイシアの手を取り包むように握りしめた。
「私は…生まれた時から王となるべく育った。それが当たり前だと思っていたし、そうあるべきだと、学び、自分を高めてきたと思っていた。でも…この世界には私には到底及ばない程の才能も、能力も…人格者もいるのだと、今回の事で気付かされた。」
「ヴァンシル殿下は、素晴らしい方です。
それに…才能があるとか、能力が高いとか、それは確かに素晴らしいものではありますが、理想に向かって、たゆまぬ努力を続けることが出来ることこそ、最も素晴らしい才能だと、私は思います。
自分を磨き、努力し、時には落ち込んだりしても、それでもそこから立ち上がってまた、頑張れるのは、もともと授けられたものよりもっと、尊くて、誇れる才能ではないでしょうか。
殿下はそれが出来る方です。
私は、あなたを心から尊敬しております。きっとこれからもこの国のために、あなたなら努力を続けられる素晴らしい王となるでしょう。」
まっすぐに見つめる強く美しいエメラルドの瞳に、ヴァンシルは泣きたくなるほど胸が苦しくなった。
この瞳に、自分だけを映してほしいと願っていた。
こんなに心が惹かれる人にはもう二度と会えないと思う。
でも、あの時、わかったのだ。
死の淵に立つ二人を見つめるただの傍観者であった私には
二人を繋ぐ強い絆が…。
私は…文字通り、命を懸けてアイシア嬢ただ一人を守ろうとするルーファスには一生敵わない。
私は彼女を愛しているが、この国の為に自身を犠牲にすることは出来ないのだ。
立場の問題ではない。
彼に迷いはない…。
どんな時もアイシア嬢を優先し、彼女の為だけに在るのだ。
本当は初めて会った時からわかっていた。
ルーファスがアイシア嬢を愛していること。その目に彼女を映す時、どれほどの思いが溢れているか…。同じ気持ちを持つ自分にはわかっていたのだ。
あれほどルーファスから時間も、家族も、幸せも奪って来たというのに…
たった一人の愛する少女まで私は奪おうとしたのだ。
卑怯だとわかっていたが、それでもどうしても欲しかった。
初恋だった。
自分の立場を利用していることはわかっていた。
この美しい人の心に私がいないことも…。
気づいていたのに、気付かないフリをしていた。
奪ってしまいたいと思った。
何も考えられないくらいに甘やかして、私の事しか考えられないように。
何とかして、私の物にしたいと。
でも、きっとそうしたら、彼女の美しく輝く瞳は曇ってしまうのだろう。
いや、それでもまだ、希望を失うことなく立ち続けるのか。
どちらにしてもきっと…それは私の望んだ彼女ではなくなってしまう。
「ありがとう、アイシア嬢。…あなたに尊敬してもらえるような、あなたが望む王になろう。」
絞り出すように、ヴァンシルは誓う。
「ヴァンシル殿下…。」
一歩近づく。
そうすると背の低い小柄なアイシアは下から見上げるように首を上げる。
長いまつ毛に彩られた美しいエメラルドが光を浴びて透き通るように輝く。
好きだ…
誰よりもあなたが好きだった
愛おしさが溢れて胸が苦しくなるほど、あなたに恋をした。
やわらかいその頬に手をやると、不思議そうにきょとんとする。
そんなあどけない表情一つが焦がれてやまないほど…。
「…君との婚約は解消する。今まで縛り付けて申し訳なかった。
…私は私のすべきことをするよ。今必要なのは他国に介入されない、この国を支えるための力だ。
…ガルシア帝国のセラフィーヌ王女との婚約の打診が来ている。
二国間の協定を強固にするためにも、この話を受けようと思う。」
頬に触れた手を降ろし、握りしめる。
強い決意を持ったその表情に、アイシアはハッとする。
あぁ、この方は、本当に…清廉でお優しい方だわ。
私の気持ちに気付いてらした…。
「そうですか…。セラフィーヌ王女は殿下を慕っておりますし、聡明で国民にとても人気のある方です。きっとよい関係が築けるでしょうね…。殿下…。至らない婚約者であった私を、大切にしてくださってありがとうございました。ヴァンシル殿下のお幸せを心よりお祈り申し上げます。」
目線を下げ、カーテシーをするアイシアを眩しそうに見つめる。
「ああ。ありがとう。君も幸せでいてくれ。ルーファスを頼むよ。」
「はい。ありがとうございます。」
花が綻ぶように笑ったアイシアを愛おしそうに見つめ、もう一度その頬に手を添える。
「殿下…?」
「最後にこれくらい許してくれ。」
そういうと、綺麗な琥珀色の瞳が近づいて、アイシアの頬にチュッとに口づけられた。
「…!!」
びっくりしたアイシアの顔を見てハハッと悪戯が成功したように笑う。
「君には感謝しているよ。ありがとう、アイシア嬢。では行くよ。」
まっすぐ背を伸ばして去っていくヴァンシル殿下の背中に、アイシアはもう一度カーテシーをして見送った。
「良かったのですか…?」
エリオットの硬い声に、ヴァンシルが足を止めた。
「あの方ほど、王妃に相応しい方はいないと、私は思います…。」
呟くような小さなエリオットの声に、ヴァンシルが空を見上げる。
「ああ。そうだな…。でも、彼女には…自由に生きて欲しいんだ。
思ったことを我慢させずに、ありのままの彼女でいて欲しい…。きっと私の横ではそれを叶えることなど出来ないだろう。笑っていて欲しい…。きっと…あいつの傍なら、それが叶う。」
振り返ったヴァンシルの顔はスッキリしたように見える。
ジュリアスはわざと明るい声を出した。
「これから忙しくなりますね!帝国の美姫、セラフィーヌ王女との婚姻です。きっと盛大なものになりますね!」
「ああ。そうだな。…私は父と同じ轍は踏まない。ただ一人を大切にするさ。」
「ついていきますよ、わが君。」




