国王ランベルク
「お時間頂きありがとうございます。」
第一王子のヴァンシルに、手で礼を制し、頷くとその口を開いた。
「モルディール公爵より話は聞いておる。ノルン帝国と、ガルシア帝国の事か。」
「はい。そして、母上…エリザベート王妃の事でお話があります。」
エリザベートの名を聞き、王は苦い顔を一瞬見せた。
ヴァンシルはその目を逸らすことなく、まっすぐに王を見つめた。
「ノルン帝国の王弟、ゴーレムは既に捕えております。我が国に闇魔法で精神操作を行い、聖魔法士の略取を行ったこと、また、移動魔法のゲートは我が国内に十数か所、城のすぐ近くにも開かれておりました。
先のガルシア帝国を襲った謎のウイルスも、ノルン帝国の侵略の為の攻撃で、今回はさらに進化させたものでガルシア帝国を攻撃したものと確認が取れております。」
ジークフリートやアーサーを介し、すでに宰相であるモルディールには話は通っているため、王は小さく頷き、続きを促した。
「しかし、今回の聖魔法士の誘拐事件、そして白昼堂々と行われた聖魔法士であるアイシア・ジョゼット侯爵令嬢の誘拐殺害未遂、全て国内に協力者がいないと不可能な事ばかり。そして今回見つかった城内のノルン帝国からの間者は王妃の侍女。」
「ヴァンシル、何が言いたい?」
眉間にしわを寄せ、強い口調で問う王に、ヴァンシルは小さく息を止めた。
「…母上を尋問をしたいと思います。」
「…………。お前は母親を疑うのか?」
「はい。今回のアイシア嬢の救出も、闇の精神魔法の解除、移動魔法も全て尽力したのは第二王子であるルーファスです。私は…知らなかった。ルーファスに会うまで彼が不当な扱いを受けていたこと。そして、ずっと…幼い時からゆっくり殺すための毒を与え続けられていたこと…。知ろうともしなかった。私はこの国の王太子で、いずれこの国の王となる者です。そんな立場にいる自分が知らなかったなど、許されるものではない。
そしてルーファスを救ってくれたアイシア嬢やジョゼット侯爵がいなければ、今回の事も誰も気付くことなく、わが国も侵略されていたことでしょう。」
「…そうか…。体が弱いと聞いていたが…アレは…毒を与えられていたのか…。
王妃は既に目覚めておる。だが、王妃も闇魔法で精神操作をされていたのではないか。」
「それを知るための尋問です。」
「…わかった。お前のすきにするがいい。」
「はい。」
ヴァンシルは礼をするとジュリアスを伴って部屋を出ていく。
その後ろ姿を見つめながら、ランベルクは小さく息を吐いた。
「モルディール公爵、いざとなればあいつを助けてやってくれ。」
「…よろしいのですか…?」
「ああ。私は…約束を違えた。その罪は私が背負わなければならない…。」
「…あなた様の望むまま、従うまで。」
「…苦労をかける。」
そう言うと、ランベルクは窓の外をぼんやりと見つめた。
亜麻色の髪に琥珀の瞳
女神のような美しい令嬢に会った時の衝撃は覚えている。
王子として生まれたランベルクは母親に似てとても美しい顔立ちをしていた。
幼い時は女と間違われるほど可愛らしい顔立ちだったが、成長と共に体格にも恵まれ、とても精悍な美青年に育った。もちろん王子という立場から令嬢達からは憧れの的となり、それなりに女性と遊んだりもした。いつかは国を統べるのだからと、今だけは好き勝手に生きてみたいと若い時はたくさんの悪い遊びもした。
ある夜会でヘリオット公爵令嬢であるエリザベートと出会うまでは。
初めて見た時から目を逸らすことなど出来なかった。
シミ一つない艶やかな白い肌に眩しい亜麻色の髪。
これほど美しい瞳は知らないと思うような長いまつ毛に彩られた魅惑的な琥珀の瞳。
緩やかに弧を描く桃色の唇に挨拶をされた時、自分の心臓がおかしくなったのではないかと思うほど、胸が高鳴った。
しかし、ヘリオット公爵家の一人娘であったエリザベートには既に一緒に公爵家を継ぐ予定の婚約者がいた。
品のある洗練された所作も美しく、聡明で頭も良い彼女は自分の役割をしっかりとわかっていた。
ヘリオット公爵家の為に生きるはずだった彼女を、欲したのは私だ。
隣にいる婚約者の男にこれ以上ないほどの嫉妬を覚え、なんとしても彼女を手に入れたいと望んだ。
幸いエリザベートは婚約者を愛してはいなかった。
ただ、幼い時からの婚約者として大事にしていただけだ。
王子という立場の私が、あの手この手で求婚するのだから、最初は困惑していたエリザベートも次第に熱い眼差しを向けてくれるようになった。
「あなた一人を愛し、、慈しみ、大切にすると誓う。私の手を取ってくれないか?」
嬉しそうに頬を淡く染めて私の手に細く白い美しい手を重ねてくれた時、
自分の手を取ってくれた彼女を誰よりも幸せにしようと、本気で思っていたのだ。
彼女は有能で、よき王妃となるよう、必死で学んでくれた。
もともと国内きっての公爵令嬢。
社交も慣れたもので、誰もが彼女こそ王妃に相応しいと認める程だった。
そしてすぐに男児を、ヴァンシルを産んだ。
妃としての責任も果たし、幸せそうなエリザベートとの生活。
そんな日常に慢心したのだ。
ガルシア帝国を訪れた時に目に映したアイリーン姫の妖精の様な可愛らしさにひどく惹かれてしまった。
女神の様な完璧なエリザベートと違い、アイリーンは庶子の血が混じっているということで、どこか疎外された生活を強いられていた。だが、周りをよく見て自分の出来ることに懸命に向き合う一途でいじらしい様に、守ってあげたいと思ってしまったのだ。
聖魔法士の派遣との引き換えに、ランベルクはアイリーンを希望した。
エリザベートは何も知らなかった。
側妃としてアイリーンを迎えた時のエリザベートの絶望に満ちたその顔は忘れられない。
私は彼女の目を見ることが出来ず、逃げるようにアイリーンに溺れた。
アイリーンは従順で優しく儚げで夢中になった。
そして彼女は妊娠し、ルーファスを産んだ。
それからは人が近づくことも出来ないほど魔力量が多く制御出来ないルーファスと共に塔へと追いやられた。
何も言わないエリザベートの機嫌を取るため、アイリーンが妊娠してからは極力エリザベートを近くに置いた。
エリザベートは完ぺきな妻だった。
私を詰るわけでもなく、いつも以上に王妃としての仕事を全うしてくれて、アイリーン亡き後は精力的に国に貢献してくれた。
ルーファスのその後もエリザベートならうまくやってくれるだろうと、そのまま彼女に一任した。
本当は一向に塔から出てこないルーファスの事を、虐げられているのではないかと疑っていた。
”体が弱い、魔力制御も出来ない、役立たずの第二王子”
だが、彼女を問い詰めることは出来なかった。
先に裏切ったのは私だったからだ。
その私の責任を、ルーファスが負うことになった。
私は…昔から変わっていなかった。
いや…。本当は知っていたのだ。
何度もアーサーが魔力制御なら私が教えるからと、声をかけてくれていた。
拒否するエリザベートに任せて、無視を貫いた。
調べようともしなかった。
彼女に任せたまま放置した。
ガルシア帝国から私が自ら望んで呼び寄せ、私の子供を産んでくれたアイリーン姫の残した私の子供。
ある日ジョゼット侯爵に、魔法の才能があるから我が家でお預かりしたいと言われた時に、ようやくその存在を思い出したほどだ。
罪悪感が蘇り、役に立つならと、了承した。
みるみる間にルーファスは魔術師団の中で頭角を現し、不可侵魔法を確立させ、この国の防衛に貢献した。生まれてすぐに隔離されたルーファスの容貌など知らず、視察にかこつけて一度だけ会いに行った。
魔法の練習をするルーファスは、遠目に見ても妖精の様に美しかったアイリーンとよく似ていた。
髪も目もアイリーンと同じ銀の髪に菫色の瞳。
あの淡い恋心の様なものを思い出したが、同時にひどい裏切りをした自分の罪悪感を思い出し、近づくことは出来なかった。
ルーファスが表に出てきてもエリザベートの様子はいつもと変わらないように見えた。
そう、見えただけで、私が目を背け続けたのだ。
少しづつ少しづつ、エリザベートは壊れて行ったのだ。
私が壊した。




