それぞれの戦いへ
「信じられない…。一瞬でノルン帝国からトーア砦に着いた…。」
トーア砦のゲート前で待機していた砦の兵士に案内された聖魔法士達は、中で待つ、国の英雄、アーサー・ジョゼット侯爵に感激する。
「我が国の英雄に会えるなんて…!」
「横にいる方が聖女と噂のお嬢さんか…?」
「なんて美しい…。」
「皆、無事で何よりだ。そして、来てくれて感謝する。私はアーサー・ジョゼット。これは娘のアイシアだ。娘は聖魔法士だ。
怪我をしている者もいるだろう。皆、アイシアの前に並んでくれ。」
アイシアはニッコリと笑顔で挨拶をすると、一人一人、回復魔法をかける。
長時間、魔力の続く限り、帝国の兵や民の治療に使われて、相当な疲れが溜まっている。
回復魔法と癒しの魔法をかけて、体調を万全に戻す。
「体が一気に軽くなりました。ありがとうございます。」
口々にお礼を言う聖魔法士達にねぎらいの言葉をかけてから、アイシアはこれからの事を説明した。
ガルシア帝国からの知らせでは、全国土に薬は行き届いたようだが、やはり、痣が上半身まで発現している者も多く、出来る限り一か所に集めるように準備しているとのことだ。
ガルシア帝国も広いため、数日がかりであちこちをみんなで周り、治療していくことになるだろう。
師団員の聖魔法士、タンデムが説明を続ける。
「ガルシア帝国では魔力回復薬の栽培が盛んで、魔力量の少ないものは、準備しているから声をかけてくれとのことだ。数名で組んで動くことになるが、それぞれの能力をしりたいから、みんなこっちに並んでくれ。」
ある程度の予定を立てると、その日は一旦砦に泊り、休むことにした。清浄魔法を自身でかけていたようだが、やはりノルン帝国では食事は与えられていたが、着替えや入浴等は出来なかったようだ。
砦の浴場で汚れを落とし、清潔な服に着替え、明日出発することになった。
翌朝
まだ聖魔法士が残っているからと、すぐに戻ったルーファス様が、戻ってこない…。
アイシアは空間に消えていくルーファスの姿を思い出していた。
「あと、何人、聖魔法士の方が捕らえられていたのですか?」
「あと二人です。二人ともこの中では聖魔法の能力が高かったので、黒湖と呼ばれる魔物が出る場所へ連れていかれました。」
「黒湖…。」
ノルン帝国の侵略の発端の場所…。
魔物が生まれる湖だなんて…そんなものが自国にある恐怖はどれほどのものだろう…。
浄化出来ればいい…。でもきっとそう簡単にはいかないだろう。
助けると言った。
ゴーレムに。
約束した以上、なんとしても浄化しないと…!
ルーファス様は大丈夫かしら…。
「では、タンデム達は先に出発してくれ。念のため、薬は持って行け。散布した薬を摂取出来なかった者もいるかもしれない。私とアイシアはここに残り、ルーファスの戻りを待つ。魔物被害の多い場所に行ったのなら、アイシアの回復魔法が必要かもしないからな。」
「わかりました。国境にはそれぞれの場所へ向かうための案内人がいるとのことですので、誰がどこに向かったのかは伝言を残します。」
「ああ。頼んだぞ。」
皆が出発すると、アイシアは落ち着かなげに、ルーファスのゲートの傍を行ったり来たりしていた。
もしも、移動魔法が使えない程のケガをしいていたら…?
レイリー様も一緒だし、ふたりともとてもお強いもの…。きっと大丈夫よね…。
でも…。
アイシアはルーファスに渡した魔石を思う。
聖魔法を込めた魔石を身につけていたら、怪我をしてもすぐに回復する様に付与している。
ただ、命を脅かすほどの怪我ならさすがに回復出来ない。
所詮魔石に込めただけの聖魔法だ。限りがあるのだ。
どうか、ルーファス様が無事に戻ってきますように…。
祈るようにゲートの前に立つと、目の前の空間から両側から騎士支えられたレイリーが現れ、そのまま倒れこんできた。
「レイリー様!?」
慌てて走り寄り、状態を確認する。相当怪我をしているが、意識はあるようだ。
「大丈夫だ…。ちょっと大変だったけどな…。」
ニヤリといつもの笑顔を見せるレイリーに、ホッとしつつ、素早く回復魔法をかける。
そのあと、呆然とした顔の20代くらいの女性と、40代くらいの男性が現れ、それに続いて、ルーファスが出てきた。
「ルーファス様っ!」
肩と額から血が流れている。
レイリーの治療を素早く終え、ルーファスに駆け寄る。
その場で膝をついたルーファスの顔を覗き込む。
「怪我が酷いわ。少し上を向けますか?」
「ん…、シア…。」
「はい。すぐ治療します。」
アイシアが上級の回復魔法をかけると、みるみる間に切れた額や抉れた様な肩の傷が消えていく。
傍で見ていた二人の聖魔法士は「すごい…。」と声を漏らした。
怪我が治ったのを確認すると、ルーファスに抱き着いた。
ルーファスはその細い身体を抱きとめると、そのままアイシアの後頭部をポンポンと優しくたたく。
「ごめん、心配した?」
「心配…しますよ…。当たり前でしょう…!無事でよかった…。」
抱き着いたまま、アイシアは癒しの魔法を最大限かける。
一気に体が軽くなったルーファスは、ハハッと笑った。
「ありがと、シア。楽になったよ。」
ギュッと抱きしめてからアイシアの両肩を押さえ、顔を覗き込む。
少し涙目のアイシアの表情に、優しく笑いかけると、ふわりと、アイシアも安心したように笑った。
「相変わらず仲いいな、二人は。」
明るいレイリーの声に、二人そろって振り返る。
「レイリー様もご無事で良かったです。このお二人が聖魔法士の方ですね。」
アイシアは切り替えるように立ち上がると、聖魔法士の二人の前に立ち、挨拶をした。
「初めまして。魔術師団団長、アーサー・ジョゼットの娘で、聖魔法士のアイシアです。お二人ともご無事で何よりです。他の皆さまは回復されて、ガルシア帝国へ向かいました。お二人には説明は?」
ルーファスが後ろで首を振る。
「では、父から説明させていただきますので、案内致します。と、その前に…。」
アイシアは二人に回復魔法と癒しの魔法をかける。
「これはすごい…。あ、ありがとうございます。」
男性が、驚いたように自身の体を動かす。
女性もようやく笑顔を見せた。
「…助けて頂いて、感謝いたします…。」
アイシアが二人をアーサーのところへ案内し、説明の後一旦休ませることになったため、出発は翌日となった。
その後、アイシアとアーサー、ルーファスとレイリーは別室で詳細を聞くこととなった。
「ルーファス様、他の皆は?」
「全員こっちに送る必要もないかと思い、他は無事です。そのまま来た道を戻るように伝えました。」
「そうか、ありがとう。」
「お二人があれほどの怪我をされるなんて、一体何があったのですか?」
アイシアがずっと聞きたかった事を聞く。
「黒湖…、魔物の生まれる黒い魔力が溢れる湖があってな…。そこの結界を守っている者達の治療に、あの二人は捕まっていてな。すぐに二人は奪還したんだ。だが、その時黒湖から、2頭の魔物が出てきた。ワイバーンと、もう一体はおそらくサラマンダー。」
「…!!伝説級の上位魔物じゃないか。」
アーサーの声に、レイリーが神妙に頷く。
「ああ。結界はあるが、魔力の高い魔物は通り抜けてしまう。ワイバーンもサラマンダーもまだ生まれて間もない子供だった。だから何とか倒せたが、あんなものが日々生まれるなんて恐ろしいと思ったよ。ましてそれが隣国だなんて。」
「そうか…。早急になんとかせねばいけないな。」
「僕が不可侵魔法をかけてきたので、とりあえずしばらくは持つでしょう。」
「…は?」
「不可侵魔法です。」
「…え?あれは、対人だろう?」
「ええ。改良しました。魔石を持つものが通り抜け出来ないように。そっちの方が簡単ですし。」
「す、すごーーーい!!ルーファス様、すごい!どんな術式なのか教えてください!」
アイシアがパァッと瞳を輝かせてルーファスにぐいぐい迫るのを、話が変わってしまうと慌ててアーサーが止める。
「今はその魔法について話す時じゃない!落ち着きなさい、アイシア。」
「えぇ…っ…。だって…気になります…。」
眉間にしわを寄せて父親を恨みがましく見つめるアイシアの目を見ないようにアーサーはレイリーに続きを話せと合図を送る。
「んんっ!そ、それで、とにかく騎士団と我々魔術師団総員で1頭の魔物は討伐しましたが、ワイバーンはルーファス様に任せることになった。正直あんなの一気に倒せるのは規格外のルーファス様くらいですし。二人を庇いながらだったので、ルーファス様は大変だったでしょうが…。
それにしても町の状況は最悪だった。帝国も、黒湖周辺の町や村は結界を張るための魔術師の派遣のみで、行き届いておらず、民は飢えています。資源豊かな他国を狙うのも致し方なかったのかもしれませんね。まぁ、だからといって侵略は人道的ではない。」
「そうか…。まぁ、とにかくしばらくはもつのだな。こちらの件が解決したら、王都に戻り、早急にどうすべきか会議することになるだろうな。」
「して、この後だが、私とルーファス、レイリーは王都に戻ろうと思う。逃げた侍女の行方も探さないとならんしな。ここからはアイシア、お前ひとりで大丈夫だろう。聖魔法士の二人は魔力が高い。二人を連れて重症患者の治癒に向かってくれ。基本的に重症患者は王都の教会と王城に運んでいるようなんでな。」
「わかりました。逃げた闇魔法使い…あの濃紺の綺麗な髪と瞳の侍女ですよね…。」
アイシアが王妃のお茶会の時に話したカミラの事を思い出す。
寡黙で賢そうな女性だった。
逃げてどこへ?自国へ戻ったのかしら。どうやって…?
でも、もしも戻っていなかったとしたら、どこで、何のために…。
「シア?」
ハッと顔を上げるとルーファスが心配そうに見つめている。
「あの侍女の事を思い出してました。カミラは、纏う魔力の色は禍々しい色ではなかったわ。髪や瞳と同じ濃紺で…、どこか冷たい澄んだ色でした。ただ…魔力の揺らぎがなかった。」
「魔力の揺らぎ?」
ルーファスが不思議そうに聞き返す。
「はい。初めて話しかけた時に、大体の人は心の動揺や気持ちによって魔力が揺らぐんです。不安定になったり、明るくなったり暗くなったり…。ほんのわずかでも…。でも、あの方は一切の揺らぎがなかった。侍女として優秀だからかと思ったんですが、そういえば不自然だったなと…。もしかすると、長い諜報期間の間に心を殺すのが当たり前になってしまったのかも…。」
そうだとしたら、寂しい。
フェイレイ王国に来て、何か好きな事や嬉しいこと、何もなかったのかしら…。
ただ人を欺いて、命令に沿って動くだけだなんて…悲しすぎるわ。
「気を付けてくださいね。私の魔石はありますか?割れていませんか?」
「うん。大丈夫だよ。ワイバーンと戦った時にかなり助けられたんだ。だからあの程度の怪我ですんだ。シアは明日から重症患者の治療が続くだろうし、早めに休んだ方がいいよ。僕達はこの後すぐに移動魔法で王都に戻るから、先に部屋まで送るよ。」
「ありがとうございます。お父様もレイリー様も、気を付けてくださいね。」
「ああ。お前もな。十分気を付けるんだよ。」
「はい。ではまた、全て終わったら帰ります。」
アイシアはアーサーとレイリーに挨拶をしてからルーファスと共に部屋を出る。
昨晩も止まった部屋に着くと、ルーファスが中に入るように言う。
「シア、おまじない、いい?」
「おまじない?」
「うん。」
ずっと以前に…ヴァンシル殿下との婚約の打診があった時に、ルーファス様にしてもらった記憶がある。
”アイシアを守る約束のおまじない”
そっとルーファスが近づき、呪文を唱えると、アイシアの額に優しく口づけた。
瞬間強い魔力が流れ、体が温かくなる。
これは…
「前にして下さったおまじないと一緒ですか?でも前より流れた魔力が大きかったわ。」
少し頬を染めて見上げるアイシアは、愛おしさの籠った優しい眼差しを向けるルーファスの澄んだアメジストの瞳を見て、心臓がドクンと大きく音を立てた。
「一緒だよ。でも、僕も成長したからね。もっと確実に守るための完ぺきなおまじないだよ。」
「どんな?」
「…内緒だよ…。おやすみ、シア。ガルシア帝国は今は危険がないと思うけど、気を付けて。終わったらゲートの前で光魔法を放ってくれる?その合図で僕が迎えに来るよ。」
優しくポンポンと頭を叩いて、ドアを閉めるように言う。
アイシアは閉まる直前までこちらを見つめるルーファスの瞳を同じように見つめ返した。
閉まった後もしばらく動けなかった。
どうしてだろう…。
なんだか嫌な予感がする…。
アイシアはどうか大切な人達が無事でありますようにと心から祈った。




