ヴァンシルの葛藤と、奪還
問題が山積みだ…。
ヴァンシルは自身のやるべきことを考える。
あれからすぐに薬の生成をし、自身とエリオットの水魔法で霧状にすると、ジョゼット侯爵達魔術師団の風魔法でガルシア帝国全土へと薬を散布した。
そして、ルーファスの移動魔法で王城へと戻ってきた。
共に連れ帰ったゴーレムは素直に尋問には答えているが、それが真実がどうかを知ることは出来ない。
ノルン帝国の真実の狙いがフェイレイ王国の聖なる泉の水源だとするならば、ガルシア帝国は巻き込まれた形になる。
いや、ガルシア帝国から侵略し、いずれ我が国を侵略する予定だったのか。
ノルン帝国の間者である侍女が母の侍女となったのは母が輿入れの時だ。
長い時間を掛けて母をゆっくり懐柔していったのか。
母上に罪がないとは言えない。
いくら闇魔法で操られたとしても…だ。
実際、聖魔法士の国への登録や派遣、慈善事業に力を入れる立派な王妃だった。
夜会で父が母を見初め、婚約者のいる母に熱烈に求愛したことは有名だ。
公爵家を継ぐべく教育された淑女で、美しいだけでなく聡明だった。
婚姻後、私を産み、さらに弟と妹を産んだ母は、王妃としても有能で、跡継ぎを設けることも、王妃としての責務も全うしていると思っていた。
ルーファスに会うまでは。
知識として知っていた義弟のルーファスの存在を目の当たりにしたときから、私の真実が揺らいだ。
母の本当の姿は。
私の王太子としての資質は。
正しいと思う選択をしてきたと思っていたのに、躍らされていたことに気付く恐怖。
自身の愚かさ。
今まで見えていなかったものが見えるようになった。
それは一人の少女との出会いからだ。
妖精の様に可憐な容姿でに宝石の様な美しく強い瞳。
優しいだけじゃないその芯の強さと、誰に対しても誠実であろうとするそのまっすぐな心根に、眩しいほど惹かれた。
彼女に相応しい自分になりたいと願った。
そのためには、これから国王と…父と会わないといけない。
そして、母に会って確かめなければいけない。
そしてそれは。何も知らない弟を…妹を…、傷つけることになるのだ。
「殿下、大丈夫ですか?」
付き従っているジュリアスが心配そうに表情を伺う。
「…ああ。大丈夫だ。」
ふうっと息を吐く。
私はこの国の王太子、ヴァンシル・フェイレイ。
この国の民を、未来を守るべき者だ。
ジュリアスの目の前でヴァンシルの魔力がブワッと大きくなり、そして吸収されるように落ち着いたように見えた。
「いくぞ、ジュリアス。まずは国王に会う。」
「はい。」
ヴァンシルは強い決意と共に歩き出した。
「レイリー様、間もなくノルン帝国の国境です!」
「ああ、急ぐぞ。」
馬で駆けながら、誘拐された聖魔法士の人数を頭で思い出す。
1人も欠けずに助け出さないとな…。
その時、差し迫る強力な魔力を背中に感じた。
「皆、止まれ!!」
レイリーの鋭い声に皆が慌てて馬を制止させる。
「後ろだ!来るぞ!!」
レイリーが構えると、竜の形をとった炎がこちらに向かって襲ってくる。
「うわ!なんだ!!?」
「あれは…!!」
皆が臨戦体制をとった時に、レイリーが手を上げた。
「大丈夫だ。」
「え…?」
「あ、竜が消えた…?これは…。」
「ルーファス様だ。」
レイリーがニヤリと笑うと、遠くに馬を駆るルーファスが見えた。
「あの女が逃げた?!」
ルーファスの報告にレイリーが声を上げた。
「ええ。女を捕らえていた牢には外された魔法制止の魔道具が残されていて、もぬけの殻。」
「一体どうやって…。」
「今、誰が逃がしたのか調査中です。でも、たぶん、捕まる前に事前に近衛騎士の誰かに精神魔法をかけたんでしょう。城で捕らえた罪人は近衛騎士が対応するでしょうし。」
レイリーはあちゃーと変な声を上げている。
「私の失態だ。魔術師団の者を残しておけばよかった。」
「いや、聖魔法士の探索には魔術師団の者が1人でも多く必要でした。とにかく、このまま向かうのは危険です。」
「あの女がどこにいるかわからない以上、また精神を操られる危険があるな…。」
レイリーがふと名案を思い付いたように目を輝かせた。
「ルーファス様、魔石取ってきてください。」
「は?」
「魔石です。ここにいる者達の分なんで、ざっと30個ほど。」
「魔石って…。あぁ、レイリー副団長が聖魔法を込めて皆に持たせるんですか?」
「ご名答です。闇魔法の精神魔法は聖魔法士には効かないし、聖魔法を纏ったものにも効かない。」
それはわかるが…魔石なんて魔物を倒すか、発掘するか…
「…ああ、そういうことか。」
ニヤリと笑うレイリーに頷く。
「わかった、10分ほど待ってください。」
周りの騎士団の者や師団の者達は、どういうことだ、10分で魔石を??と首を捻っている。
目の前でルーファスは呪文を唱えると空間に消えた。
「え!?えぇ!??」
皆が驚いていると、10分も立たず、ルーファスが同じ場所に現れた。
その手には魔石が大量に入った袋がある。
「え?これ、どうしたんですか?」
魔術師団の下っ端でもある、トーマスが恐る恐るレイリーに問う。
魔石は希少で高価なものだ。比較的安価な小さいものだとしてもこれほど大量に集めるのは至難の業だ。
「ジョゼット侯爵の収集品です。」
「はぁあ!?師団長の!??…こ、殺されませんか…?」
顔面蒼白のトーマスにレイリーが何てことないように笑う。
「だって取ったの俺じゃないし。」
「いや、そういう問題じゃ…。」
怯えた様に震えているトーマスに、ルーファスも無表情に頷く。
「大丈夫です。…たぶん…。」
「たぶん!?」
その後、怯える団員たちに聖魔法の結界を付与した魔石を持たせると、ノルン帝国に入った。
国境の警備はルーファスの炎の竜で蹴散らし、そのままなだれ込むように北の町へ入る。
突然、町に来た他国の兵士達に慌てて家屋へ逃げる町民を避けながら馬を走らせる。
「レイリー副師団長!!」
「ああ、わかってる!」
探知魔法でレイリーが周囲に探索をかける。
しばらく探索を続けると、南の一角に聖魔法の魔力を感じる。
「いたぞ!続け!!」
レイリーを先頭に、そこへ向かうと、そこには教会のような建物があった。
周りには警備の者が数名いる。
「な、なんだ!お前たちは!!」
剣を抜いて切りかかってくる者、魔法で攻撃してくる者を躱しながら、レイリーとルーファスを先頭に中へなだれ込むと、足を鎖でつながれた聖魔法士達が治療をしていた。
「遅くなってすまない。フェイレイ王国魔術師団副団長レイリーだ!皆、無事か!?」
レイリーの言葉に力が抜けた様に、ホッとした表情を見せる者、涙を流す者。
「あ…ありがとうございます。やっと…帰れる…。」
騎士団の者達が鎖を切っていく。
確認すると、攫われた聖魔法士達のほとんどがこの建物の中にいるようだ。
「これで全員か?」
「いえ、黒湖と呼ばれているらしい場所の近くに聖魔法の力が強い者が2名連れていかれました。」
助けられた、若い聖魔法士が答える。
「わかった、そっちは俺が行く。ルーファス様はこの者達を砦へ。」
小さく頷くと、集められた聖魔法士にルーファスは声を上げた。
「私はフェイレイ王国第二王子、ルーファス・フェイレイ。
君たちには申し訳ないが、帰る前にもう一仕事お願いしたい。今、隣国ガルシア帝国はこのノルン帝国により国民が毒で侵されている。ヴァンシル王太子と共に、解毒の薬は散布した。だが、重症患者には進行を止めるくらいしか出来ない。悪いがトーア砦にいる、ジョゼット魔術師団長と、その娘、アイシア侯爵令嬢と共に、ガルシア帝国へ向かい、重症者の治療にあたってくれ。」
ルーファスの言葉を聞くと、ザワッと皆が声を漏らした。
「あなたが…モルディモア国との国境に不可侵魔法をかけて下さった…。」
「なんと…我が国の王子が自ら助けに来て下さるなんて…。」
「よいか?」
ルーファスの言葉に皆が一斉に頷く。
「もちろんです。フェイレイ王国の為になるなら、喜んで行かせていただきます!」
ルーファスは頷くと、呪文を唱える。
「ここからトーア砦に皆を送る。一気には送れないから、5人づつ順番に来てくれ。」




