クロエの回顧
どうして…
どうしてこんなことに…。
「クロエ、可愛いわ。お前の事は娘の様に愛しく思っているの。だから、あなたに息子を支えて欲しいと思っているの。」
エリザベート様は優しい顔でおっしゃったわ。
ヴァンシル様の婚約者を決めるお茶会で、本当は私が婚約者に決まるはずだった。
なのに、王妃の実家でもあるヘリオット公爵家に権力が集中するのを懸念した宰相が、候補として数名の令嬢を選んだという。
宰相といえば、あのジャスミン様の父であるモルディール公爵だもの。
そりゃぁ、自分の娘を王太子の婚約者にしたいわよね。
でも、真実、ヴァンシル殿下に相応しいのはエリザベート様のお気に入りの私。
ヴァンシル様は私を見つけるといつも優しく微笑んでくれる。
妹のローズベリー王女も私と仲がいい。
ヴァンシル様の側近の妹で幼馴染であるペネロペ様だけが少し心配だけど、見たところ本当にただの幼馴染のようで、お互いその瞳に恋情等皆無だわ。
王太子妃教育も順調にこなしている今、私はヴァンシル様と結婚する未来を信じて疑わなかった。
それは突然だった。
ローズベリー王女と話す時に、よく聞く名前があった。
「アイシア様はね、とても綺麗で楽しい方なの。」
「アイシア様は魔法がとっても上手で、私に色々教えてくれるの。」
魔法の先生なのかしらと、聞いたことがあるようなないような…と、あまり気にしていなかった。
王太子妃教育で王城に通う中、時々親睦を深めるためにという名目で開かれるお茶会でしか会えない、お忙しいヴァンシル様が、時々探すような素振りを見せることがあった。
そして視線が止まった先にはいつも同じ少女がいた。
確かに綺麗かもしれない。
淡いキラキラ光る金色の髪に、宝石の様な澄んだエメラルドの瞳。
小柄で、ほっそりして、所作も綺麗だ。
ヴァンシル様は彼女を目に映している時に、自分がどのような表情をしているのか知らない。
私は猛烈な嫉妬に囚われた。
ローズベリー王女に近付いたのも、ヴァンシル様に近付く為の口実なのね。
引きこもりの変わった令嬢だと聞いていたアイシア・ジョゼット侯爵令嬢。
でも、しょせん、婚約者候補にもならない、ただの侯爵令嬢だ。
四大公爵家であるヘリオット公爵令嬢であるクロエが心配することもないようなつまらない令嬢。
そう思っていたのに、ある時、4人目の婚約者候補となり、王太子妃教育に来るようになった。
エリザベート様に聞いた。
「あの子が気に入っているようでね…。一度は候補にでも入れないと納得しなかったのよ…。でも、所詮、侯爵家の魔法しか取り柄のない品位のない令嬢だもの。私は認めてないの。しばらくすれば、勉強にもついてこれず、諦めて去っていくでしょう。クロエは気にせずお勉強、頑張りさない。」
でも、アイシア嬢は、頭が良かった。
王太子妃教育もかなり進んでいて、途中から入ったはずなのに、あっという間に追いついて、むしろ他の令嬢よりもできる程だ。もともと勉強が好きなのか、楽しそうに先生と話す様子に苛立ちが募った。
しかも、その存在を忘れていたものも多い、第二王子の事も、図々しくも傍に置いているというのだ。
デビュタントで初めて見た第二王子は、妖精のように、とても美しい方だった。
ヴァンシル様のような逞しさや精悍さ、笑顔はないが、静謐とした静かな魅力があった。
ただ、無表情で愛想もない方で、これが第二王子か観察していると、アイシア嬢を目に映す時だけ、優しさが滲む目を向けるのだ。
ますます私はアイシア嬢が嫌いになった。
嫌味を言っても、何をしても彼女はどこ吹く風で、いつも飄々と自分自身のやりたい事を楽しんでるように見えた。
最初は受け入れる様子のなかった他の2人も、なぜか仲良くなっている。
特にペネロペ様は、最初は様子見の姿勢だったのに、1週間もすれば、彼女の前では淑女としての仮面をかぶらなくなった。
心を許しているのが、すぐにわかった。
ジャスミン様も、ヴァンシル様を心酔しているから絶対に受け入れないと思っていたのに。
しばらくすると、彼女に対して冷たい対応をすることがなくなった。
扱いに困っているというような感じだ。
このままではダメだ、と不安にかられた。
エリザベート様は悲しそうに私に言った。
「アイシア嬢をそろそろ息子から離さないといけないわ。あの子は何度もアイシア嬢のせいで危険な目にあっている。もしかしたら、第二王子を王位につけるため、息子を傷つけるつもりなのもかもしれないわ…。」
なんですって?
「いえ、そんな事はないわよね…。ごめんなさいね、娘のように思っている貴方の前ではつい、気が緩んで。」
許せない。
これほど素晴らしいエリザベート様の心を乱し、ヴァンシル様を危険な目にさらして!!
あの女さえ、消えてくれれば…!
「クロエも気をつけてね。貴方に侍女を2人付けるわ。この2人は戦闘も出来る。貴方を守ってくれるし、最近出来た新しい移動魔法が使えるから、何かあれば、使いなさい。自分のを守るためなら、相手の事は考えなくていいの。あなたが大事なのよ。」
ニッコリと笑うエリザベート様に感謝しつつ、必ず私はヴァンシル様を救って見せると誓ったわ。
アイシア嬢の行動については、エリザベート様の侍女が、親切に教えてくれた。
彼女も、エリザベート様や子供の頃から見てきたヴァンシル様が心配なのだと。
無礼なガルシア帝国の姫に頼まれて、病原体溢れるガルシア帝国に、あの女がヴァンシル様を連れ出そうとしていると聞いた時、これ以上好き勝手させたらいけないと思った。
あの女さえ、いなくなれば…。
エリザベート様は喜ばれるだろうし、ヴァンシル様も目が覚めるはず。
真実、自分の事を思っているのは誰なのか、きっと気付いて下さるはず。
子供の頃から傍にいて、支えていたのは誰か…。
きっと私を見てくれるはず…だった…。
あの女を殺そうと思った。
事実、うまく攫うことが出来て、どう考えても、逃げられる状況じゃなかったのに。
あの女はまたしても、スルリと逃げて、ヴァンシル様の傍に戻ったという…。
”あなたは何もわかっていないのですね。そもそも自分で何一つ考えてないということが今の言葉でわかったわ。”
軽蔑したような強い眼差しで見つめてきたあのエメラルドの瞳。
あの目が嫌い。
私は何も間違っていないというように、自信に満ちて、嘘もなくて。
初めて会った時からあの目が嫌いだった。
騎士団に捕らえられた私は、目の前で自ら毒を飲んで死んだミリーとシュカの亡骸を見下ろしながら、なぜこんなことになったのかと考える。
だってあの侍女が言ったとおりに行動した。
エリザベート様の願い通りに動けたはずだった。
私は間違っていないでしょう?
だって私がヴァンシル様の妃になることはずっと子供の頃から決まっていたのだから。
だってみんながそう言ったのよ。
お父様も、お母さまも、お兄様も、エリザベート様も。
私は悪くないわ。
”あなたは何もわかっていないのですね。そもそも自分で何一つ考えてないということが今の言葉でわかったわ。”
ああ…
全くその通りね。
私は自分で何か考えて決めたことなどなかったのだ…。
こんなことをした私がどうなるのか。
自分の行動の結果がどんな未来を導くのか…。
だって自分で考えて行動し、責任をとると言うことを、
誰も私に教えてくれなかったのだから…。
公爵家の令嬢が、侯爵令嬢を誘拐して殺害しようとしたという事実は、ヘリオット公爵家の未来も変えるのだと。
ヴァンシル様の隣に立つ未来は永遠に失ってしまったのだと。
クロエは静かに目を閉じて、流れる涙をそのままに思考をやめた。




