ガルシア帝国の王妃とサイラス王子
「セラフィーヌ!!」
セラフィーヌの兄であり、王太子であるサイラス王子が、妹の無事を確認し、ホッとした笑顔を見せた。
「お兄様…。勝手をして申し訳ございませんでした…。」
「いや、頼りない兄ですまない。」
セラフィーヌと違う、赤胴色の髪に、銀色の瞳をした精悍なサイラス王子は、同じ兄妹というのに、似ていない。セラフィーヌは母親に似て、サイラス王子は父であるガルシア王に似ている。
愛情に充ちた視線をそのまま後ろで控えていたルーファス達に移すと、深く頭を下げた。
「私はサイラス。この度は我が国の為に…誠に感謝申し上げる…。妹の礼を欠いた訪問にもよらず。ご助力頂けるというのに、このような状態で迎えること、心苦しく思う…。」
トーア砦より東の国境にはガルシア帝国の知将であるギライアス公爵と近衛騎士数名が迎えに来た。
ヴァンシル殿下とエリオット、殿下の専属護衛達はその場に残り、そこから予定通りアイシア達がセラフィーヌと共にガルシア帝国の王城へ向かうことになった。
王都へ到着すると、倒れた患者の世話に走り回る者達で混乱していた。
ギライアス公爵の案内で向かったガルシア帝国の城も似た様なものだ。
「サイラスお兄様、こちら、フェイレイ王国第二王子のルーファス殿下です。」
セラフィーヌ王女の紹介にサイラスがルーファスを見つめた。
「あなたがアイリーン姫の…。我が従兄殿か。アイリーン姫の肖像画とよく似ておられる。私はずっと貴殿に会いたかった…。」
ルーファスは静かに挨拶を交わすと、アーサーへ視線を移した。
「サイラス殿下。お久しぶりでございます。アーサー・ジョゼットでございます。一刻を争うとお聞きしておりますので挨拶はここまで、取り急ぎ王妃殿下の治療が先決です。」
「ああ。ジョゼット侯爵。申し訳ない、案内する。」
セラフィーヌ王女も心配そうに兄についていく。
案内された王妃の私室には、医者と数名の侍女がついていた。
「お母さま!!」
セラフィーヌがかけ寄ると、王妃は静かに目を開いた。
「お母さま…。」
「セ…リィ…。」
弱々しく言葉を出す王妃の首元にはあの痣が現れている。
呼吸は苦し気でヒューヒューと喉が鳴っている。
「父は母に付きっきりでしたが憔悴しきっていたため、今は別室で休ませております。」
アイシアは素早く観察をする。
進行が思っていたより早い…。
一刻も早く治癒しないと…。
アイシアはサイラスを振り返ると、素早く説明をする。
「サイラス殿下。私はアイシア・ジョゼット。ジョゼット侯爵家の娘です。私は聖魔法士です。今から王妃殿下の治療を始めます。」
「…よろしくお願いします。」
サイラスは何度かフェイレイ王国の親善パーティーに参加してある程度の貴族の顔が頭に入っているが、この令嬢は初めましてだ。
これほど美しい令嬢なら覚えているだろう。
アーサー・ジョゼット侯爵の娘といえば、聖女と噂されている聖魔法の力が素晴らしい方だと聞いている。
深層の令嬢…といったところだろうか。
「ルーファス様、お願いします。」
アイシアはルーファスを振り返ると、ルーファスがコクリと頷いた。
神父様の時はアイシアしかいなかったため、闇魔法を消すために浄化魔法でかなりの力を使ったが、今はルーファス様がいる。
ルーファスは王妃に近付くと呪文を唱えた。
王妃が侵された毒にかけられた闇魔法がゆっくり解除される。
「シア。」
ルーファスの呼びかけに今度はアイシアが解毒魔法の呪文を唱える。
ここまで痣が発現していると、薬を使っても効くまでに相当な時間がかかる。
アイシアは高位の解毒魔法をかける。
魔力を注ぐと王妃殿下の痣が薄くなっていく。
「これは…!!」
周りにいた者達が目を見張る。
王妃の喉から聞こえていた異質な音が消え、顔色がゆっくりと血色を戻す。
「……セリィ…。」
「お…、お母さま…!!」
涙目で喜色に満ちた顔を輝かせるとセラフィーヌは王妃の胸元抱き着いた。
「ありがとう…。セリィ。心配かけましたね…。」
「お母さま…よかった…。」
泣き出したセラフィーヌを優しく抱きしめてから、王妃はアイシアとルーファスを見上げた。
「…ありがとうございました…。あなたは…?」
「フェイレイ王国の第二王子、ルーファス殿下と、聖魔法士のジョゼット侯爵令嬢です、母上。回復されて…よかった…。」
ホッとした表情で笑うサイラスに、王妃は小さく頷くと、侍女に支えられながらそっと体を起こした。
「ご無理なさらないでください。体力が戻るまではまだ時間がかかりますので、寝ていて下さい。」
「ありがとう…、でも国がこのような状態で、私がゆっくり寝ているわけにはいかないわ…。治癒して頂き、ありがとうございます。ジョゼット侯爵令嬢。」
「アイシア様、母をありがとうございます。本当に…っ、ありがとう…。」
セラフィーヌが王妃を支えながら、笑顔を見せた。
アイシアは笑って頷くと、アーサーを振り返る。
「お父様、今、治癒に使った私の魔力量的に、一般的な聖魔法士では一日に一人か多くとも二人しか治癒できません。薬を使えばどれほど魔力消費を抑えられるか確認しないといけません。
首まで痣が発現していると、薬で回復するのには数か月かかるでしょう。薬が効いて完全に回復するのが、毒の進行がどの程度の状態までかを早急に調べたいので、状態の違う患者さんを集めてください。」
「うむ。シアとタンデムだけでは見きれないからな。取り急ぎ重症患者はシアが治療し、並行して薬がどの程度まで回復できるものなのか調べよう。サイラス殿下。この城内の感染患者を感染してから時間の経過順に一室に集めてもらいたい。また、頼んでおいた薬の準備もお願いします。」
「毒と、おっしゃいましたか?これは病気ではないのですか?」
サイラスが驚愕の表情でアーサーを見つめた。
「はい。これは、ノルン帝国が侵略のために作りだした毒です。感染した者の血液や体液に触れたものは感染します。経皮毒の為、これほど感染が広がったものと思われます。また、以前、ガルシア帝国で広がった謎のウィルスは、今回の毒の改良前のもので、聖魔法士の治癒魔法が効きましたが、今拡がっている毒は、聖魔法や薬が効かないよう、闇魔法の術がかけられているのです。」
「ノルン帝国…っ!!」
サイラスが拳を握りしめる。
「これから、ガルシア帝国全体に薬を溶かした水状にしたものを撒きます。ただ、薬をとかしただけでは効きません。薬に僕の魔法で闇魔法を解除する術式を施して、聖魔法士が聖魔法を更に重ねて込めます。そうして出来た薬を水に溶かして雨や霧上にしてから風魔法で国に拡げるという方法です。」
ルーファスの説明にそんなことが出来るのか?とサイラスは眉を寄せた。
しかし、一向に回復しなかった母が目の前で回復したのだ。
信じるしかない。
この国を守るのが、王族に生まれたものの責任だ。
サイラスはすぐさま指示を出すべく動き出した。




