トーア砦
「到着しました。」
御者の声に、ルーファスが立ち上がる。
「ここで兄上は待機ですね。」
トーア砦はフェイレイ王国の東の国境を守る砦だ。
高い城壁に囲まれた塔には、牢もあり、ゴーレムはそのまま牢へ入れられた。
「少し休憩をとったら、すぐにガルシアへ向かいます。」
ユージィンの言葉に、セラフィーヌ王女が頷く。
ガルシア帝国の宰相補佐官が口を開いた。
「帝国へは連絡済ですので、間もなく国境に迎えが参ります。指示された通りに、城にソレンタールから作られた薬は集めて準備を終えているとのことです。」
ヴァンシルは、砦の執務室に向かうと、ここの管理をしているビュートリアム卿に、指示を与えた。
まず、ガルシア帝国へはアイシアとルーファス、アーサー、ユージィン、魔術師団より派遣された聖魔法士と風魔法士が赴くことになり、、王妃の治癒と、ソレンタールの花の調査、薬の有用性を確認してから、再びヴァンシルと合流し、ガルシア帝国全体へ治癒を広げることになっている。
「シア、疲れてない?」
ルーファスが気遣う様に顔を覗き込むと、アイシアは笑顔になる。
「大丈夫です。ルーファス様こそ、急ぐために魔法で後押しして下さっていたから疲れたのではないですか?」
アイシアがそっと手を翳そうとしたとき、横からその手をガシッと取る大きな手があった。
「シア、まずは父を労ってくれ。」
「もう、お父様!…お疲れ様です、お父様。お父様の風魔法のおかげで随分早く到着しました。」
ニヤリと笑ってルーファスをあおるようにみるアーサーに、拗ねたような表情で、場所を譲ると、
「シア、侯爵に癒しの魔法をかけてあげて。これから侯爵にはこれからたくさん魔力を使ってもらうから、一度は回復しておいた方がいい。」
「はい。お父様はルーファス様よりお年を召しててらっしゃいますしね。」
「な…、私はまだ、若いぞ!」
「はいはい、ほら、お父様、ジッとさなってください。」
アイシアが癒しの魔法で疲れをとると、皆スッキリとした顔になり、アイシアに感謝した。
しばらくすると戻ってきたヴァンシルが、アイシアとルーファスを砦の執務室に案内した。
中に入るとエリオットと、砦の管理、統轄をしているビュートリアム卿がいる。
「ガルシア帝国では、必ず無事でいてくれ。ユージィンや、王国最強といわれるアーサーもいるし、何よりルーファスがいるから大丈夫だと思うが…、本当に無茶だけはしないでくれ。きみに何かあったら、私が嫌なんだ。それに、外交にも関わる。」
「はい。かしこまりました。」
「ああ。それと、砦に手紙が届いていた。城の中にいる闇魔法使いが見つかったそうだ。ジークフリートの探索能力は流石だな。」
その言葉を聞いて、エリオットが膝をついて頭を下げた。
「この度は私の不徳の致すところ。ヴァンシル殿下の未来の花嫁に危険を及ぼしてしまったことを心から謝罪いたします。闇魔法使いは、王妃直属の侍女でした…。」
「王妃の侍女…?それは…濃紺の髪と瞳の…?」
「知っているのか?」
ヴァンシルがアイシアを見つめる。
「はい…、私を王妃殿下のお茶会へ案内した侍女ですよね。確か…名は…カミラ…?」
「ああ。そうだ。私が生まれる前から居た侍女だ…。カミラは母が最も信頼する侍女だ。まさか彼女とは…。」
ゴーレムの話ではフェイレイ王国へ送り込んだ闇魔法使いを使って、王族を中から掌握するために精神操作の魔法をかけたということだ。精神を操る闇魔法は、それほど長くかけられないはず。ほとんど洗脳という形で、長い時間を掛けて王妃を操るようになっていたのだろう…。
元は聡明な方だったと聞いている。王国の事を思い、様々な改革を提案したとも…。
確かに…王妃の魔力はきっと本来持っていたであろう赤い魔力に黒が混じっていたわ。
どこか禍々しい…そんな魔力の色。
カミラは、隣国出身だと言っていた。それはノルン帝国出身だったのか。
「エリオット様はいつ、どのように闇魔法にかけられたのでしょう?」
「…私たちが出立する前、王妃の私室へ呼ばれ、説明を求められたのです。
その時のことは記憶は曖昧で…その侍女はその場に居たと記憶しております…。」
クロエ様もカミラと会う機会が多かったはず。
もしかしたら彼女も精神魔法にかけられていたのかもしれない。
アイシアがクロエの事を思うと、ヴァンシルがその思考を読んだように首を振った。
「騎士団がゴーレムの部下は回収していて、その時に近くにあるヘリオット公爵領の屋敷にも調査が入った。そこにいたクロエは今、捉えられて調べられているが、彼女が闇魔法にかかっていたということはないそうだ。」
「では、本当に私が…この国の為にならないと判断して…、ヴァンシル殿下に相応しくないと…。そう思っての行動だったのですね。」
この数年共に王太子妃教育を受け、確かに仲良くはなれなかったが、殺そうとするほどに憎まれていたのは少しショックだ。
「君は…こんなことに巻き込んだ私を嫌になっただろうか…?」
ヴァンシルが辛そうに目を細めると、小さく俯いた。
「いえ、殿下は何も悪くないです。私が至らなかったのです。それに…きっと王妃殿下もどこまでが闇魔法の影響だったのかわかりませんが、きっとどうしようもなかったのかもしれません…。」
王妃殿下の輿入れ時に侍女になったカミラ。
ゴーレムには精神魔法で管理するべく、闇魔法使いを送ったとしか聞いていない。
それがカミラだとして、どこまでがゴーレムの思惑だったのか…。
「まさか…ルーファス殿下への行動は全て闇魔法のせい…?」
毒を飲まされ、塔へ閉じ込められ、誰かの優しさも愛も受けることなく育ったルーファス様。
毒は…この国の毒ではなかった。
カミラが用意した毒を、ルーファス様は飲まされていた…?
ノルン帝国との国交に前向きな様子を見せていたのは、操られていただけではなく、ルーファス様暗殺の事実を隠すため…。そう考えると辻褄が合う。
私が初めて会った時のあの枯れ枝の様な細い体と、全てを諦めたアメジストの瞳。
あれがカミラの…ノルン帝国のせいだった…??
ブワッとアイシアから魔力が溢れた。
「アイシア嬢?!」
「シア!!」
いつもは完ぺきに制御しているアイシアの魔力が体から溢れる。
「う…、。」
魔力の強くないビュートリアム卿がめまいを起すのを、エリオットが慌てて支えた。
「アイシア嬢!落ち着いてくれ!」
ヴァンシルがアイシアの肩を抱き寄せ、顔を覗き込むが、その目には何も見えてないようだ。
「シア、大丈夫だ。僕はここにいる。」
フワリと後ろからアイシアをルーファスが抱きしめた。
「シア。僕は生きている。」
「…ルーファス様…。」
声が届いたのか、思考の世界から抜け出したアイシアが顔を上げた。
目の前にはヴァンシルの心配そうな顔。
そして背中にはアイシアの大好きなキラキラの虹色の魔力。
溢れた魔力がすっとアイシアに戻る。
「申し訳…ありません。少し取り乱しました…。」
アイシアが俯くと、ヴァンシルはホッとしたようにアイシアの頭を撫でた。
「いや、君でも取り乱したりするんだな…。いつも、君は完ぺきだったから…。少し安心した。」
優しく愛おしそうに見つめるヴァンシルの表情に、アイシアは困ったように眉を下げた。
私はいつだって、完璧じゃない…。
こうしてすぐに心が乱れる。
しっかりしないと…。
いつの間にか離れてしまった虹色の魔力に…
寂しいなんて、思ってはいけないのだわ…。




