ゴーレムの狙い
クソ…クソッ…!!クソッ!!!
揺れる不安定な状態に、自分が馬に乗せられていることがわかった。
大柄な騎士がこちらをギロリと見ながら起きたか、とつぶやいた。
計画は完ぺきだった。
以前の毒は聖魔法で難なく治癒が出来たため、ガルシア帝国の中心貴族や王族に打撃を与えることが出来なかった。むしろそのせいで、ガルシア帝国が長年敵対していたフェイレイ王国と手を組む結果となってしまった。
同じ失敗は出来ないと、時間をかけて以前の毒を改良し、致死性を高め、聖魔法が効かないよう、聖魔法士を攫ってなんども検証し、フェイレイ王国の聖魔法士の能力も或る程度把握したはずなのに。
規格外というものがこの世にはいる。
私も、ノルン帝国では規格外と言われた闇魔法の遣い手だった。
兄の影として表舞台には出ないが、帝国の為に研究に明け暮れた。
我が国は、黒湖という名の魔物が生まれる澱んだ湖が国内にあり、そこから生まれる魔物の被害が多い国でもあった。
他国に生まれる聖魔法士もほとんど生まれることはなく、奇跡的に聖魔法が使える者が生まれても、少しの傷でさえ時間がかかる治癒しか出来なかった。
恵まれた土地があれば…。
聖魔法士の代わりに薬の研究をしていた時に生まれた毒薬が、ガルシア帝国を襲ったウィルスの正体だ。
昔から国が滅びるのは謎のウィルス感染が広がった時だ。
恩恵を受ける土地が手に入ればわが国ももっと豊かになるはずだと、さらに研究に明け暮れた。
強国のガルシア帝国を先に狙ったのは、反撃の時間を与えないためだったというのに。
フェイレイ王国と協定を結ばれ、わが国は頭を抱えた。
ならば、フェイレイ王国の王族へ闇を植え付けてやろうと、長い時間をかけて今回の計画がなされた。
マグノリア教会で会った、あの少女…。
淡い金髪に宝石のように輝くエメラルドの瞳の美しい少女。
あの存在は、脅威以外の何物でもなかった。
優しく明るく慈愛に満ちたその心根だけではない。
命そのものの様な強い光。
聖魔法の規格外の強さ。
長い時間、闇の中で生きてきた私は、この少女だけは生かしていてはいけないと、本能で悟った。
この存在は私のを生きてきた全てを否定する存在だと…。
同時に感じたのは強烈な憧れと渇望。
この力があれば、どれほどの我が国の民が救われるのだろうかと…。
さっさと殺しておけばよかったのだ。
私の力を使わずとも、もっと早く簡単に殺すことなど造作もなかったはずなのに。
規格外というのは…国に一人いれば良いのではないのか…?
あの男。
人外の様な美しい、あの王妃が憎悪する第二王子。
私の…規格外と言われた闇魔法を、解術したのだ!!
魔力が強いと聞いていたから、確実に殺すために、そしてフェイレイ王国を混乱に陥らせるために用意したドラゴンをたった一人で倒し、私でさえ不可能な移動魔法を解術した。
規格外…ではない。
或る意味奇跡のような存在だ。
そんな者がこの国に二人もいるなんて…。
口を開かないよう拘束されたまま、噛み締めて切れた唇から血が流れる。
魔法を使いたくても、手足にはめられた拘束器具は魔法を無効化する魔道具だ。
我が国はもう…終わりだ…。
だったら、必ず道連れにしてやる…!!
私が戻らないときは毒をバラまく様に部下には言い含めてきた。
聖なる泉の恩恵を当たり前に受け、平和に生きてきたこの国に…ガルシア帝国に…
地獄を見せてやる…!!
馬上の自分を掴んでいた男がニッと笑うと、大きく笛を鳴らした。
一斉に止まる馬と馬車に、急いで視線を走らせる。
全く身動きできない今の状況で出来ることは何だ!?
ゴーレムが血走った目で周りを睨みつける。
近くの馬車から人が下りて近づいてきた。
「ゴーレム…。目が覚めたようだな。」
馬上で荷物の様にくくられた自分の目にはその声の主の顔を仰ぎ見ることは出来ない。
「私はヴァンシル。このフェイレイ王国の王太子だ。今からお前の口元の拘束を解く。魔法は使えないから無駄なことはするなよ。」
しばらくすると、口元の器具が外されたのか、自由に口を開くことが出来た。
「…何も知らない平和な国の王子様よ、俺は何も話さない。」
「話す必要はない。知っている。」
「…、何をだ。」
「この毒の正体だよ。」
「…!!!」
必死で頭を上げてその男の顔を見る。
横にはあの少女と、守るようにあの第二王子もいる。
「いまからガルシア帝国の毒も解毒するし、わが国にいるお前の放った者も捕縛する。
ノルン帝国は侵略に失敗したのだ。」
毒…
この王子、毒と言った。
病気のウイルスではないと…気付いたのか?!
「あなたが植え付けた毒に侵された神父様は、すでに完治してますよ。」
少女が答えた。
「…お前が…治癒したのか…?!」
声が震える…。
あの強力な闇魔法で覆った毒の治癒等、出来るはずが…
「私は他の聖魔法士と違って、浄化が出来るのです…。治癒魔法が効かなかったし、解毒も効かなかった。だから浄化をしたら、覆われた闇魔法が消えて、解毒も出来るようになりました。」
「…浄化…それは…今まで攫った者達には使える者はいなかった…。」
「はい。でも、私は使えました。だから治せた。今からガルシア帝国も助けに行きます。」
だったら…毒をバラまいたところで…
今までの…研究に明け暮れた時間も…計画にかけた時間も…全て無駄だったというのか…。
「ゴーレム。なぜ、侵略を選んだの?」
アイシアが悲しさを湛えた目でこちらを見つめる。
この少女のまっすぐな目が嫌だ。
「助けてって…言えばよかったのに。」
「は?」
一瞬何を言われたのかわからなかった。
助けて…?
「この件については我が国からノルン帝国へ厳重に抗議させてもらう。だが…、アイシア嬢から聞いたその魔物が生まれるというその場所は、わが国からも支援を送らせてもらう。」
しえん……?
「うちには優秀な魔法使いがいるし、浄化の出来る聖魔法士もいるからな。」
ヴァンシルの言葉に、ゴーレムは目を見張った。
「助けて…くれるのか…?我が国を…?」
「お前の事は許さない。計画についても詳しく聞かせてもらう。だが、困った隣国の民を、放置することは出来ない。魔物の被害については我が国も他所事ではないからな。それに、お前が殺そうとした彼女は、その場所を浄化が出来ないのかやる気になっているからな。」
ヴァンシルは優しい目でアイシアを振り返る。
”助けてって言えばよかったのに…”
言えば助けてくれたのか?
そんなことで良かったのか?
あれほど長い時間、悩み、研究し、他国へ弱みを見せることなく必死で守ろうとして来たのに…
たったそれだけでよかったと…?
「私は…お前を殺そうとした…。」
「ええ。あなたの事は許しません。たくさんの関係のない民が死んだのよ。どれほどの命があなたのせいで失われたか…。それはあなたが償わなければならない。この先貴方は大切な者を奪われた者達から許されることはないわ。でも、それとノルン帝国の民には関係のないことよ。」
強い光…
このまっすぐな瞳が嫌だと思った。
それはきっと私には…眩しすぎたのだ。
「…すべて話す…。」
震える声が出た。
信じていいのか?わからない。
でも、この美しい宝石の様な瞳に嘘はなかった…。
どうせ、このまま死ぬのなら、最後に願うだけしてもいいかもしれない…。
ゴーレムは静かに話し出した。




