願い
「先のウィルスもノルン帝国の策略だったか…。」
ヴァンシルの言葉に、セラフィーヌ王女は唇を噛み締めた。
「…許せません…。一体どれほどの民の命が消えて行ったと思うの…っ。」
怒りで手が震える。
一度目の時は、薬もなく、感染が広がり、フェイレイ王国の聖魔法士達の尽力がなければ、壊滅の危機だったと言われている。王族や貴族も亡くなった者もいたし、壊滅した町や村もたくさんあった。
セラフィーヌは、母国の母に、フェイレイ王国へ向かう報告に行った時のことを思った。
”私の事はいいから…、あなたはこの国の王女として正しい選択をしなさい。
私は最後で良いから、この国の民を、守って…。”
母は素晴しい王妃だ。
幼い時から憧れて、尊敬している慈愛に満ちた王妃である母は、親としても、とても愛情深い人だ。
王である父も、母の前でだけはとても気を許した優しい空気になる。
王妃としての公務以外に、暇さえあれば市井へ出向き、民の声を聞き、慈善事業に力を入れる母のようになりたいと、私はよく一緒について回った。
明るい民たちの笑顔を見ると、この国がよき国であるのだと思って誇らしかった。
そんな私の大事な国を…民達を…お母さまを…!!
握りしめた手の爪が食い込んでいることも気付かず、怒りに震えていたセラフィーヌの手を、大きな手が包み込むように重ねられた。
「大丈夫だ。きっと上手くいく。ガルシア帝国は、君の母上は助かる。」
優しい琥珀色に輝く瞳をまっすぐに向けて力強く頷くヴァンシルに、涙が零れた。
「はい…っ。」
何度も頷くたびにポロポロと零れる涙に、横からそっとハンカチを差し出された。
「アイシア様…。ありがとうございます…。」
ニコリと笑うアイシアを見て、ふと、この二人は婚約者同士だったのだと思い出した。
いいな…。
こんなふうに頼りになって優しい素敵な王子様とずっと一緒にいられるなんて…。
アイシア様はとても魅力的でお優しい方だから…とてもお似合いだわ…。
チクンと胸を刺す痛みに頭を振る。
「シア、額の傷はいつついたの?」
急に割って入った冷えた声にビクッとセラフィーヌは体を揺らした。
「額の傷?」
ヴァンシルがアイシアに視線を向けると、困ったように笑う。
「もう、しつこいいですよ、ルーファス様。もう治癒魔法で治ったでしょう?」
既に傷はなくなっているが、血が流れたのか、こめかみの淡い金髪に血がこびりついたままになっている。
ヴァンシルが体を乗り出してその髪に触れると、水魔法でその血を洗い流した。
「怪我はないと言っただろう?アイシア嬢。」
すこし心配を含んだ不機嫌な声に、重ねるようにルーファスが声を上げる。
「治癒魔法をかけて治ったから怪我してないことにはならないよ、シア。傷を負わせたのはあそこで転がってた男達?ちゃんと、守護魔法が発動しなかったのか…?」
二人から詰められ、呆れたようにため息を吐く。
「もう、心配はありがたいですけど、ちょっとした擦り傷ですよ。あれは、攻撃されたのではなく、クロエ様が投げたカップが掠っただけです。その破片のおかげで手の拘束を解くことが出来たので、結果良しですよ。」
ね?と少し得意げなアイシアの表情に、ヴァンシルもルーファスも大きなため息を吐いた。
「ね?じゃないよ。シア。」
「全くだ!今回は仕方なかったとはいえ、本当に無茶はしないでくれ。」
「はい、はい。」
と気のない返事を返すアイシアの様子に、セラフィーヌはフフッと声を漏らした。
笑い声を漏らしたセラフィーヌに、三人が視線を向ける。
「…あ、ごめんなさい…。なんだか気が抜けて…。」
フフッと涙も乾かないまま、笑うセラフィーヌに、気まずそうにヴァンシルは目を逸らし、アイシアはほら、あなた達のせいですよと言わんばかりに、二人に向かって顎を揺らし、それを見たルーファスが不機嫌そうにため息をつく。
「仲がよろしいのですね…。羨ましいです。」
クスクス笑うセラフィーヌに、アイシアはガバッと顔を向けた。
「だったら、私とお友達になって下さいませんか?私、友達が少なくて…。世間では引きこもり令嬢と言われているみたいなんです。」
正確には深層の令嬢、光の聖女様と言われているとは思ってもいないのだろう…。
ヴァンシルは愛おしさの籠った優しい瞳でセラフィーㇴと話すアイシアを見つめる。
本当に無事でよかった…。
ああいうときに、すぐに駆け付けられるルーファスが羨ましい…。
アイシア嬢を守る力が欲しい。
どうしてもいの一番に駆け付けられない自分の立場がもどかしい。
勉強も、魔法も、剣術も、王太子としての公務も、手を抜いたことはない。
自分の出来ることは全て真面目に真摯に取り組んできたつもりだ。
だけど足りないのだ。
この人の傍にいたいと思うなら、きっと…。




