クロエの闇
シュカに近付いた時に、シュカの下の床が割れた…ように見えた。
そこからは時間がゆっくりになったように、静かにその床に吸い込まれるように引きずりこまれた。
嫌な空気がまとわりつく。
闇魔法の空間移動。
ハッと気づくと、そこは地下室のような室内だった。
共に移動したシュカとミリーは直ぐに立ち上がると、頭を下げた。
下げた先はアイシアの後ろ。
振り向くと、そこには意外な顔があった。
「…クロエ様…。」
そこには薄く笑うクロエが座っていた。
「久しぶりね、アイシア様。」
「クロエ様…なぜ…?」
アイシアの言葉に片方の眉を上げると、ニッコリと笑う。
「なぜ?わからない?みんな、あなたを疎ましく思っているの。あなたが現れるまでは、なにも問題はなかったのよ。あなたがヴァンシル殿下の前に現れてから、おかしなことばかり起きているわ。聖魔法士の行方不明事件も、あなたが関わっているのではないかとエリザベート様がおっしゃっていたわ。
聖魔法士として行動するあなたは、聖魔法士の存在を把握しているから。」
「…それは…王妃殿下がおっしゃったの…?」
「そもそもローズ様に取り入ったのも、ヴァンシル殿下が目的でしょう?大人しく魔法の事だけ考えて引きこもってればよかったのに。第二王子に関わったのも、殿下に近付くためかしら?あんな、庶子の卑しい血が混じった王子なんて、ヴァンシル殿下の存在の足元にも及ばない。さっさと死んでいればよかったのに、あなたのせいで図々しくも第二王子として表舞台に出てきた。」
「…それも、王妃殿下がおっしゃったのでしょう…?」
冷めた目でクロエを見つめるアイシアの瞳は静かな怒りを湛えている。
「ずっと小さなころから、ヴァンシル殿下の妃となるのは私と決まっているの。急に出てきてヴァンシル殿下を振り回して!!エリザベート様はとても心を痛めていたわ。あなたのせいでヴァンシル殿下が危険に巻き込まれていると。マグノリア教会でも殿下を危険な目に遭わせたそうね。あの方はこの国の国王となる方なのよ。この国の為にはあなたは必要ない。」
正義面をしながら、酔った様に話すクロエの様子に、アイシアは苛立ちを感じる。
「…あなたは何もわかっていないのですね。そもそも自分で何一つ考えてないということが今の言葉でわかったわ。ただ、言われたままに自分もそう思っていると感じているだけ。この国のため?馬鹿なこと言わないで。この国の為を考えるなら、今私がここにいることがどれほど危険な事か…。
今、私に何かあれば、ガルシア帝国も、そしていずれはこのフェイレイ王国も侵略される可能性があるのよ。」
静かに諭すように伝えるアイシアの言葉に、クロエは目を見開いた。
「は?侵略?何を言っているの?」
何も調べることもなく、何も考えず、ただ、王妃に言われたことを真に受けて動いているのね。
「クロエ様、この私を攫った移動はどうやって?」
「…何よ、さっきから。これは移動魔法よ。新しい魔法よ。」
「…これは闇魔法の空間移動です…。そもそもこの国に闇魔法使いはほとんど存在しません。その闇魔法を使って私を攫ったということは、クロエ様は他国にこの王国を売ったという事です。」
強く光るエメラルドの瞳がクロエをまっすぐに捉える。
自分のしていることさえ理解しいていない。
王妃がここまでするなんて。
私やルーファス様への攻撃だけじゃない。
今回のガルシア帝国への支援の妨害だわ。
「さっきから、何を言っているかわからない!!私はあなたが嫌いなのよ!!お願いだから消えて!!ミリー、シュカ、この女を拘束して!!」
その声に素早く侍女の二人が動き、アイシアを後ろ手に拘束した。
「…クロエ様…。ここはあなたの屋敷ですか?」
ギリッと強く拘束され、痛みに顔が歪みそうになるのを耐え、アイシアはクロエから目を背けない。
「まだ喋るの?そうよ。ここは我がヘリオット公爵家が所有する別邸の一つよ。もしかして助けが来るとでも思っているの?フフ…、バカね。あなたを攫った場所からどれほど離れていると思っているの?それにこの移動魔法は跡を追えないようになっているわ。
もう、あなたは死ぬしかないの。わざわざ私がここで待ってて上げたのは、あなたの苦しむ姿を見て差し上げたかったからよ。」
ヘリオット家の別邸…
公爵家であるヘリオット家には国内にいくつか別邸を持っている。
王妃の実家だからと、念のため、頭の中に地図は入っている。
ヘリオット家の別邸は王都にある本邸の屋敷以外に、確か狩りを楽しむための北のノースファレン王国にほど近い森と、南の自領にある邸宅、南東にある山岳地帯に近い場所にもあったはず。
地下の為外の景色はわからないけど、ここの空気は澄んでいるけど、冷たくはない。
私を攫った場所から遠い…ならば闇魔法で攫われた聖魔法士が行方不明になった場所は主に南と西側に集中していた。だとすると、闇魔法で繋がりやすいのは南のヘリオット公爵領の邸宅…かしら。
この王国内にどれだけのゲートを作られているのかわからない。
でも、こんな公爵家の一室にゲートが作られるなんて、これがどれほどこの国にとって脅威になるかわかっていないか。
こんな無知な令嬢が王妃となってはこの国は破滅だわ。
「クロエ様…、あなたは王太子妃に相応しくないわ…。この国の為に奔走するヴァンシル殿下の足を引っ張っていることにも気づかないあなたは、あの方に相応しくない。」
「はぁ…???何を…!」
思わずそこにあったカップを掴むと、思い切りアイシアに向かって投げつけた。
額を掠って床で派手に割れたカップはアイシアの周りで粉々になった。
ギロリと睨みつけるその顔は初めて会った時の、恋に夢中になっているあどけない純粋な令嬢の顔ではなかった。欲と自己陶酔に浸った醜い顔だ。
「もういいわ。あなた達、この女を殺して!」
そう言うと、ドアが開き、男が数名入ってきた。
後ろに控えていたミリーとシュカがクロエの前に移動する。
「殺す前に好きにしていいわよ。そのお高くとまった美しい顔をグチャグチャにしてやって。でも、そのエメラルドの綺麗な目玉だけは傷つけないでね。第二王子に送るから。」
薄ら笑いをするクロエのその表情に、アイシアはこれほどの残虐性を秘めていたのかと驚いた。
下卑た笑いを湛えた男たちが、アイシアへ近づく。




