策略
「ん…?休憩地点に着くには早いですね…?」
エリオットが立ち上がり、扉に近づく。
「申し訳ございません、後方の馬車から静止の合図がありました。」
護衛の者がエリオットに返事をする。
「どうしたのかしら…?」
「確認してまいります。」
エリオットが馬車を降りていく。
しばらく待っていると、エリオットが戻ってきた。
「アイシア嬢、申し訳ございません。侍女のうち、一人の方が、腹痛を訴え、急に倒れたそうです。いま、魔術師団の聖魔法士が対応に向かいました。」
「私が行くわ。」
アイシアは直ぐに立ち上がる。
「ダメだ、アイシア嬢。聖魔法士がいるなら君が行く必要はない。」
「いえ、あの方は毒に特化した聖魔法士です。通常の病なら私の方が適任です。」
聖魔法士にも得手不得手がある。
今回は解毒が主な対応になるため、今回選ばれた聖魔法士は解毒の得意な魔術師だ。もちろん、通常の病も癒せるが、確かにアイシアが対応した方が早いだろう。
アイシアは心配そうなヴァンシルに頷くと、馬車を降りてエリオットについていく。
「シア?」
馬から降りて待機していたルーファスがアイシアに気付き、走り寄ってくる。
「大丈夫です。侍女が体調不良で倒れたそうで、様子を見に行くだけです。」
ルーファスはそのままアイシアについていく。
近くにあった小屋に運び込まれた侍女はシュカであった。
聖魔法士が対応しているが、なぜか治療を拒んでいるようだ。
「どうしたのです?」
アイシアが小屋を覗くと、共にいた侍女のミリーが駆け寄ってくる。
「申し訳ございません。シュカは男性に触れられるのが苦手で…アイシア様、申し訳ございませんが、シュカを診て頂けませんか?」
「そうなのね、わかったわ。」
「皆さま、出て頂けませんか?私がアイシア様にはついておりますので。」
ミリーがアイシアを小屋に促すと、男性を追い出しドアを閉めようとした。
閉まりかけたドアをルーファスが手で押さえると、氷の様な冷たい目でミリーを睨んだ。
「俺たちを締め出すつもりか?状況がわかっているのか?なんのために護衛についていると思っている?」
「…申し訳ございません…ですが…女性には…男性には見られたくないものもございます…。」
ルーファスの瞳に、怯えた様に震えながら、ミリーが目をそらす。
「ルーファス第二王子殿下…、周りにはこれほどの護衛がいるのです。今は女性だけにしてあげましょう。」
エリオットがルーファスの腕に手を置き、制す。
ギリッと歯を噛み締める音を出して、ルーファスはドアから手を離した。
「し…失礼します…。」
ペコリを頭を下げたまま扉が閉められ、ルーファスは閉まった扉を睨みつける。
何だ…
この不安は…。
この小屋の周りにはおそらく王国でも指折りの騎士や魔術師が揃っている。
なのに…なぜ…
ユージィンも様子を見るため小屋の裏手に回ってくれている。
それからしばらくたつが、中から音がしない。
「おい、開けるぞ。」
「いや、お待ちください、ルーファス第二王子殿下!」
エリオットが焦って静止するが、ルーファスは無表情でドアに手をかける。
「もう待てない。」
ガンッと勢いよく扉を開けると、中はもぬけの殻だった。
「は…?」
近くの護衛が呆然としている。
「シア!!」
中にズカズカと入っていくルーファスの様子に気付いたアーサーも様子を見に来る。
「シア!!シア!!!どこだ、シア!!」
焦ったように狭い小屋の中を探し回るルーファスに、アーサーがその肩に手を置いて止めた。
「魔法の残骸が残っている…。」
アーサーのつぶやきにルーファスがクシャッと顔を歪ませた。
「ああ…闇魔法だ…。」
ゲートがあったのか、ここに。
偶然?こんな偶然はおかしいだろ…。
そもそもついていた侍女は誰だ?初めて見る者達だった。
「ジョゼット侯爵、あの侍女達は誰だ?」
「あれはヴァンシル殿下がつけてくれた手練れの侍女だと聞いたぞ。」
アーサーの返事に、「え?」と後ろから声が聞こえた。
遅いからと様子を見に馬車を降りたヴァンシルが険しい顔をしている。
「私がつけた侍女?どういうことだ?アイシア嬢は?」
「殿下がつけた侍女ではないと?昨晩、エリオット様より伝言で、安全のために訓練された侍女をつけるから、シアの侍女は帰すようにおっしゃったのでは?」
アーサーの険しい顔にヴァンシルが訳が分からないという表情を向ける。
その後ろで呆然とした顔をしたエリオットを、ルーファスが睨みつけた。
「貴様…シアをどこにやった?」
「わ…私は何も知らない…!侍女の話も…。何をいっているんだ…!」
顔を蒼白に色を変え、小さく首を振るエリオットに、ルーファスは掴みかかった。
「知らないはずないだろう。ジョゼット侯爵が娘の侍女の変更を、安易に受けるはずがない。信頼する王太子の側近のお前の言葉だから信じたのだろう!」
「本当に私は知らないのです!!何の話だか…!!」
「お前達…、アイシア嬢はどこだ?」
怖いくらい冷静な声で、ヴァンシルが聞く。
「…申し訳ございません…どこかに連れ去られたようです…。」
護衛の言葉にヴァンシルは愕然とする。
「…貴様、何か知っているだろう?」
ルーファスが更にエリオットの首元をつかみあげる。
その時、ルーファスはあることに気付く。
そしてその腕を話すとエリオットを後ろに押し飛ばした。
「…お前…かけられたな…?」
訳が分からないような顔で見上げるエリオットに、ルーファスが顔を歪めた。
「闇魔法だ。お前、操られたな。解呪の必要はないと思っていたが…油断した…。今回はちゃんと、闇魔法をかけられたんだ。」
その言葉に、エリオットはぐらりと体を揺らした。
「ルーファス…説明しろ。」
温厚な王太子のヴァンシルからは想像がつかない程の鬼気迫った顔で、命じられた言葉に、ルーファスはゆっくり振り向いた。




