母と息子
「失礼します。」
「まぁ、帰っても顔も見せなかった息子がようやく会いに来たわね。」
ソファーに座り、ニッコリと笑うその笑顔は、愛情籠った母親の顔だ。
久しぶりに感じる王妃エリザベートの様子に、ヴァンシルは胸にチクンとしたとげが刺さったような何とも言えない感情に息を吐いた。
「ご挨拶が遅れ申し訳ございません。帰城して早々、ガルシア帝国からの使者が参られていたため、その対応に追われておりました。」
「フン…、図々しいあの国の姫はまだ帰ってないようね。礼を欠いた来訪など、王族にあるまじきこと、さっさと帰したらよいのです。」
不機嫌さを隠しもせず、眉を寄せたその美しい母親の顔を、ヴァンシルは見つめた。
「いえ…。放ってなどおけません。かの国の現状をご存じですか?いずれ、わが国にも起こりうる危険な状況です。私はこの国の王太子として、協定を反故にするわけにはいきません。これよりかの国を救うため、ガルシア帝国へ使者を向かわせます。むろん、私もそのために自分に出来ることはします。」
「使者…?それは誰なの?」
眉を上げてヴァンシルを見つめる琥珀の瞳はヴァンシルのその目とよく似ている。
「ジョゼット魔術師団長、その娘のアイシア嬢、ルーファス第二王子です。」
それを聞くと、どこか皮肉気にフッと笑う。
「また、あの者達なの…?勝手に行けばよい。ただし、病原菌を持ち帰っては大変ですから、わが国には戻ってくることは許しません。」
「何をおっしゃるのですか、母上。協定国を助けるのも協力するのも我が国の務め。かの者達は私の命令でガルシア帝国に向かうのです。それに…この国に起きている聖魔法士の行方不明事件と今回の事、繋がっているようです。」
眉をピクリと動かしたのを素早く気づいたヴァンシルは畳みかけるように、王妃に訴えた。
「母上、ノルン帝国から使者が来たそうですね。その対応は母上がなさったとの事。一体、何を話したのすか?共に対応したジークフリートにも席を外させた時間があったと伺いました。あなたは一体、何をしようとしているのです?」
「まぁ…母を尋問するの?ノルン帝国とは国交を結ぶようお願いされ、和やかに話し合っただけ。決めるのは王です。王には全てお話しております。お前は王には話を聞いたの?」
「はぐらかさないで下さい。王は…父上は今ルースファレン王国との会合で時間が取れないことは母上が知っているでしょう。ノルンはフェイレイ王国にとって、友好国にはなりえない。かの国は侵略を目的とした研究をしている蛮国だ。」
「…私とてノルンに弱みを見せるつもりはありません。我が国にとってノルンが脅威になりうることはわかっております。ですが、国交の話を無下にすることもこの国にとっては脅威。出来るなら、友好的な関係を築くことは最善と言えます。」
「では、なぜ、ノルンに我が国の聖魔法士の情報を与えたのですか?」
「…何を言うの。そんなことはしてません。」
「私は、マグノリア教会でアイシア嬢の命を狙う闇魔法使いに会いました。あの者は確実に我が国の聖魔法使い達の存在を知っていました。我が国の聖魔法使いのリストは国家の機密事項だ。王族以外が、その情報を漏らすことは出来ないはずだ!」
「その者が、ノルンの者だとはわからないでしょう…。それに……お前は母を疑っているの…?」
悲しそうに琥珀の瞳を揺らす王妃の様子に、ヴァンシルは疑いを向ける自分が間違っているのではと、罪悪感がよぎる。
「私はこの国の医療を変えるため、様々な改革をした当人です。聖魔法使いの存在の大切さがわからないわけないでしょう。出て行きなさい。ヴァンシル。私は疲れたわ。お前は、あの令嬢に変な入れ知恵でもされたのね…。やはりあの者はお前に相応しくないようね・」
「私は…彼女以外を妻に娶るつもりはありません…。」
ピクリと反応すると、ギリッと王妃はヴァンシルを睨みつけた。
「馬鹿な…。私は許しません。お前があの令嬢を気に入って婚約者にしたいと言い出した時から嫌な予感がしていたのよ。恋心など一時の熱病のようなもの。お前に相応しいのは社交も出来る、常識のある令嬢です。クロエのように、国を支えるお前を第一に考え補助できる公爵家の令嬢を選びなさい。あの女以外の3人ならだれでも良いわ。でも、あの子だけは許しません。」
「話が変わっております。母上、ノルン帝国との話を聞かせてください。」
「出て行きなさい。しばらくお前の顔など見たくないわ。」
護衛を呼ぶとヴァンシルは王妃の私室から追い出されるように外に出された。
クソッ。
何も情報を得られなかった。
でも…母上はうそをつくときに眉が動くのだ。
間違いなく…ノルンに聖魔法士のリストを渡したのは母上だ…。
でも一体なぜだ。
そんなことをすればこの国もノルンの脅威にさらされる…。
母は王妃だ。
この国を大切に思う気持ちは、本物だとずっと思っていたのに…。
母がわからない。
閉じられた扉の前に佇んだまま、ヴァンシルは苦悩して母を思った。
拳をギュッと握る。
私はこの国の王太子だ。
間違ってはならない…。
王太子として正しいと思うことを…私はするだけだ…。
息を吐くと、ヴァンシルは身を翻し、そこから離れた。




