ソレンタールの花
「お茶をお入れしますね。」
案内された部屋のソファーに腰を下ろすと、侍女がお茶の用意を始めた。
「あ、大丈夫よ。ありがとう。しばらく休みたいので一人にして貰えるかしら。」
「かしこまりました。」
侍女が出ていくとアイシアはフウッと息を吐いた。
ソファーの背にもたれて頭を預けると目をつぶる。
様々なことが起きている…。
ヴァンシル殿下の婚約者候補になって、いつかは解消されて、他の貴族の元へ嫁ぐよう命令されるか、または殺されるのか…。あの日、覚悟した。
そのままヴァンシル殿下と結婚する未来は想像していなかった…。
ヴァンシル殿下は素敵な方だ。
婚約者候補として出会ってから数年。この方が王太子でよかったと思う事ばかりだ。
魅力溢れる方で、正義感があって公正で優しく、誰に対しても誠実だ。
自分の間違いを認める勇気と、正す強さを持っている。
そんな人、なかなかいない。
皆弱く、自分に対してどうしても甘くなる。私だってそうだ。
でも、殿下はいつだって正しくあろうと努力を惜しまない。
だからこそ、側近の令息達も殿下に心酔し、支えたいと思うのだろう。
殿下には心から幸せになって欲しいと思う。
それでも…同じ気持ちは返せない…。
私の気持ちはこの先ずっと変わらない。
それに、殿下が私を婚約者にしたいと思っていても、きっと王妃殿下は認めないだろう。
もしかするとこれからはもっと危険になる可能性がある。
今回、マグノリア教会で出会ったあの男。
ゴーレム…。
魔力量がすごかった。エリオット様と同じくらいかしら…。
襲って来た男たちは空間から突然現れた。2名は捕まえたと聞いたが、話は聞けるのかしら…。きっと口止めの魔法がかけられているでしょうね…。
とにかく…今はガルシア帝国の状況も気になる。
ルーファス様のもう一つの故郷…。
先ほどお会いしたセラフィーヌ王女…。
お母さまや国を心配していてもたってもいられずにフェイレイ王国に助けを求めに来たとおっしゃっていたわ。あれほどか弱そうな方なのに、王女として国を思う心は素晴らしいわ。
噂で聞いていたよりももっと、可愛らしい方だったわ…。早く…彼女のお母さまを…ガルシアの王妃を助けないと……。
そのままアイシアはウトウトと微睡んでいたようで、コンコンというドアのノックで目が覚めた。
「アイシア様、失礼します。」
先ほどの侍女が入室し、アイシアは姿勢を正す。
「お疲れのところ、申し訳ございません。ジョゼット侯爵家の方がお見えです。」
そういうと、その後ろから、アンの姿が見えた。
「アン!!」
「お嬢様!良かった、ご無事で…。危険な目に遭ったと連絡を受けて、皆本当に心配しておりました…。第二王子殿下が早急に連絡をくださっていたため、ご無事であることはわかってはいたのですが、どうしても顔を見るまでは安心できず、代表で私が参った次第でございます。」
すこし早口な言葉が、どれほど心配をかけたのか伝わり、アイシアは申し訳ない気持ちになる。
「お嬢様のお世話は私が致します…。案内していただき、ありがとうございます。」
アンがお礼を伝えると、侍女は笑顔でお茶を準備してから、出て行った。
「本当に良かったです…。執事のバーニー様から伝言もあります。出発前にお嬢様がおっしゃっていた王妃様より出されたお茶の花の事です。」
「ああ…、あの、魔力を帯びた花ね。」
「はい。ソレンタール…。ガルシア帝国の南西部の山岳地帯から、ノルン帝国の南の山岳地帯にのみ咲く菫色の美しい花だそうで、花には聖魔法の効果があるそうです。」
聖魔法の効果…?
「花自体に魔法がかかっているという事?」
アンは小さく頷くと、ですが…と口を濁した。
「花に聖魔法の効果があるのは、花が咲くまでの過程で、その種も、芽も、茎も葉も全てに強力な毒があるからだそうです。ただ、花が咲く過程で、その自身の毒を解毒するために聖魔法効果が生まれるのだそうです。ですので、花には聖魔法と同じような魔力があるそうです。」
それはつまり、自分の毒をなくすために、自身で聖魔法をかける花という事。
「それは…すごいわね…。」
アイシアが驚いて言葉をなくしていると、アンが小さく笑う。
「はい。最初毒があると聞いた時はなんてものをお嬢様に飲ませたのだと怒り心頭でしたが、花には聖魔法の効果があるとのことで、安心いたしました。ただ、花が咲かなかったソレンタールは毒性の強い植物のままだそうですので触れることさえ危険だそうです。」
「その花、ガルシア帝国でも咲いているのね?」
「はい、そのはずです。」
ノルン帝国からもらったソレンタールの花のお茶。
毒性があるのに、自身の聖魔法で毒を浄化する不思議な花。
もしかして…。
調べてみる価値はあるわ…。
「アン、ありがとう。とても助かったわ。」




