ヴァンシル殿下の気持ち
「エリオット様、あなたは…、あなたには闇魔法がかけられています…。」
その言葉に、エリオットは、一瞬何を言われたのか理解できなかった。
「どういうことですか?」
ジュリアスの言葉に、エリオットを見つめたまま、アイシアは答える。
「エリオット様の魔力に、他人の魔力が混じっています…。」
ルーファスはアイシアが魔力を可視化出来ることを知っていたが、他のものは違う。
意味が分からず、皆がポカンとアイシアを見つめている。
「私は…魔力を目で見ることが出来ます。皆様の魔力も、その強さや大きさも見えるのでわかります。エリオット様は初めてご挨拶した時も、エリオット様以外の魔力が混じっていました。ずっとではないのです。普段はエリオット様の魔力だけなのに、ルーファス様と関わった時に、禍々しいような…黒が混じります。」
「…意味がわからない…。」
エリオットが眉間を寄せ、首を振る。
「あの…、僕の魔力も見えてますか?」
ジュリアスの言葉に、アイシアはコクッと頷いた。
「ジュリアス様は魔力量がそれほど多くない。属性まではわかりませんが、魔法での戦いには向いていないのではないでしょうか…。」
「…当たりです…。僕は魔法が得意ではないし、魔力量も多くない。だから知識を身につけた。」
呆然としていたヴァンシルも、私は?と、アイシアを促す。
「ヴァンシル殿下は研ぎ澄まされた清廉な魔力で、魔力量も多い。剣だけでもお強いですが、魔法剣士として向いているのではないでしょうか…。でも、それ以上に、エリオット様は殿下よりも魔力量が多い。側近をされておられますが、実は魔術師としての才能溢れる方ではないでしょうか…?」
「…その通りだ…。子供の頃からエリオットとは一緒に学んできたが、彼は相当な魔力量を持っている。子供の頃、何度も魔術師として魔法を磨いてはどうかと周りが声をかけてきたが、エリオットは私の側近となることを決めていた…。」
アイシアの言葉を裏付けるようにな内容に、みんながアイシアが目で魔力を見ることが出来るということを理解した。
「あの…、アイシア嬢、私が闇魔法にかかっているというのは…本当ですか?」
険しい顔でエリオットがアイシアに一歩踏み出した。
真剣な表情でアイシアがエリオットに頷くと、エリオットは周りを、そしてヴァンシルを見た。
「いつ…、どこで、私が闇魔法に…?ではこの感情も操作されている可能性があると…?」
「今はエリオット様だけの魔力です。たぶんですが、ルーファス様と関わるときだけ発動するような闇魔法ではないでしょうか…?」
「では…!!やはり第二王子が私に…!!」
「違います。その闇魔法は、ルーファス様への悪感情を誘導しているように思えます…。たぶんですが、エリオットさまは魔力が強いため、意図せず闇魔法にかかったのではないでしょうか…。」
「意図せず…というのは…?」
ジークフリートがアイシアに疑問を投げかけると、ルーファスがアイシアの前に立った。
「先日の夜会でも感じたがおそらく…いや、十中八九、この王城に闇魔法使いがいます。」
それからしばらく考える時間をとるということで、休憩がはいった。
セラフィーヌ王女一行は一旦あてがわれた私室に戻ることとなり、ジークフリートとジュリアス、エリオットは執務室へ下がった。ヴァンシルはルーファスを別室に案内するように侍女に指示を出すと、アイシアと共に応接室に残っていた。
「アイシア嬢…、帰って早々こんなことに巻き込んですまない…。でも、無事でよかった…。」
座ってお茶を飲んでいたアイシアに優しい声をかける。
「いえ…、殿下こそ大変でしたね…。ガルシア帝国に毒をバラまいているのは…ノルンでしょうか…?」
その言葉に、眉を寄せるとため息をつく。
「…正直、あのノルン帝国から我が国に国交の申し出があったことさえ戻ってくるまで知らなかった。ルーファスの手紙で確認して初めて知った。王太子である私に知らされてなかったことが気にかかる。国家が関わることなら、父ならきっと私と情報は共用するはずだ。意図的に母が情報を操作していた可能性が高い。ルーファスにも言われたが…本当は母を…疑っている…。何か陰謀に巻き込まれているのか…それとも良からぬことを企んでいるのか…。どちらにしても早急に調べる必要がある…。母は私にとっては素晴らしい母だ。でも、ルーファスにした仕打ちを考えると、母の側面しか見えていなかったのだろう…。私は…きっと愚かだったのだ。もう二度と、母に誰も傷つけてほしくない…。」
ギュッと握りしめたヴァンシルの手にアイシアは手を重ねた。
顔を上げるとアイシアが目の前に座り込んで真剣な眼差しで見つめている。
小さな白い手は温かく、ジンワリとヴァンシルの手に体温が伝わってくる。
「私は王妃殿下が何を考えているのかわかりません。今回、私が辺境へ行くことになったのは確かに王妃殿下に言われたからです。でも、私が殺されそうになったのは、王妃殿下の指示ではありません。きっと予期せぬことだったと思っています。殿下が信じる王妃殿下は、きっと信じている通りの方だと思います。人は誰でも心に違う自分が存在しています。でも、どの自分も本当の自分で、きっと殿下が知っている王妃殿下も間違いなく本当の王妃殿下です。」
自分をまっすぐに見つめるエメラルドの瞳は強い光を放っていて眩しいくらいだ。
この少女は、いつもまっすぐに自分を見つめる。
飾り立てる言葉もなく、嘘もない。
初めて逢った時に印象に残ったのはこの美しい顔ではない。
このまっすぐに輝く強い瞳に惹かれたのだ。
だからこの少女が求めてくれるような、恥ずかしくない自分になりたいと思った。
この瞳に、同じようにまっすぐに見つめ返すことが出来る自分でいたいと。
「アイシア嬢…。戻ってきたら結婚を申し込むと言ったこと、覚えているか?」
「…!!」
急に変わった話に驚いたように目を見張り、徐々に赤く顔を染めるアイシアに、ヴァンシルは愛おしそうにその頬に手を伸ばした。
「…あ…の…。殿下…。」
少し距離をとるように腰を引いたアイシアを逃がさないというように、グイッと引き寄せて抱きしめる。
突然抱きしめられたその腕の中で、アイシアは目をパチパチと瞬かせる。
ギュウッと力が入るその腕の中は広くて温かい。
「アイシア嬢…私はあなたが好きだ…。君のまっすぐで嘘のない所も、好きな魔法の話をしている時の楽しそうな笑顔も、人のために平気で無理をする所も全部…全部好きだ。この先もずっと傍にいて欲しいと思っている。でも、今は、この国のために、そして協定国のガルシア帝国のためにも、一日も早くこの問題を解決しないといけない。だから…。」
そっと腕を解いて至近距離で見つめる琥珀の瞳は美しく輝いている。
「すべてが解決したら、もう一度キチンとプロポーズする。それまで、待っててくれないか?」
甘く愛おしそうに見つめるヴァンシルの表情はとても真剣で、アイシアは胸がツキンと痛んだ。
この方の…思いに応えたい。
同じ思いを返せればいいのに…。
「私は…殿下の婚約者候補です…。殿下のお心が決まるまで、もちろん待っております…。」
「…うん…。ありがとう…。」
もう一度ギュッと抱きしめると、腕を解いてフワッと笑う。
「では、今後の事について、少し詰めてくる。
アイシア嬢も部屋を用意しているから少し休んで。」
部屋を出る時アイシアの背中を見送るヴァンシルの顔は、強い決意を秘めた真剣な表情をしていた。




