謎のウイルス
到着してすぐに迎えられたアイシアはエリオットに連れられて、王城にある医務室へ案内された。
「アイシア嬢が診てくださった神父の体調がかなり悪いのです。顔にまで青紫の痣の様な斑点が広がり、呼吸もままならない様子です。城に常駐している医師では、治療不可能とのでした。」
中に入ると、結界魔法で隔離された神父様が寝かされたベッドの上で、ヒューヒューとか細い呼吸を繰り返している。
「出来れば、回復したら、話を聞くことが出来たのですが…。
今、ヴァンシル殿下が対応しているのですが、ガルシア帝国から使者が…セラフィーヌ王女が来ておりまして…。またしてもガルシア帝国で謎のウイルスが広がっているようです…。」
「謎のウイルス?前にガルシア帝国を壊滅の危機に追いやった…?」
「いえ、それとはまた違うもので…。症状がこの神父と似通っているのです。」
エリオットから症状について説明を聞くと、アイシアは目の前の神父様に目を向けた。
顔は前に見た首元にあった斑点と同じものが広がっている。
こんな症状見たことがない。
この熱や呼吸不全、そのうち起こるかもしれない痙攣と吐血。
吐血から移るなんてウイルス以外考えられないのに、症状は毒をくらった時のものに似ているわ。
「ジュリアスは人的に作られたウイルスではないかと言っておりました。」
「人的…そうですね…。一連の流れを考えてもその可能性はありますね。もし、神父様とガルシア帝国に広がっているウイルスが同じものなら、この王国も危険ですよね。」
アイシアは神父様に近づくと、手を翳す。
弱々しくなった魔力がゆらりと揺れている。
神父様の魔力はきっともとは透き通った水色ではないかしら…。今は濁っているけれど…。
濁っている…?
病気で魔力が弱々しくなることは往々にしてあることだわ。
でも濁るなんてあるかしら?
癒しの魔法をかけるが、神父様の症状は変わらない。
何かが邪魔しているような…効き目のない様子に、アイシアは手を握りしめる。
「法を破りますが、ご理解下さい。」
エリオットを振り返り、伝えると、ハッとしたようにエリオット目を見つめながらゆっくり頷いた。
アイシアも頷くと神父様に向けて浄化の魔法をかける。今までかけたものとは違う、癒しの魔法とは少し種類の違うもので、魔力量を思い切り込めたものだ。
瞬間キラキラとした光が神父様の体を包み込み、徐々に顔に会った痣が薄くなっていく。
「!!」
声もなくエリオットが凝視していると、アイシアはさらに力を込めるように重ねるように魔法をかける。
しばらくアイシアが魔力を注ぎ続けると、神父様の顔色が戻り、体中に広がっていた斑点が消えた。
フラッとアイシアが足をふらつかせたのをみて、エリオットが慌てて後ろから抱き留めた。
「申し訳…ありません…。すこし魔力を一気に使いすぎてしまって…。」
エリオットはその細い肩を支えながら、アイシアの顔を覗き込んだ。
顔色が真っ白だ。
触れた肌の温度が低い。
”法を破りますが…”
その言葉で気付いた。
聖魔法士となるには、決まりごとがあるのだ。
治療は聖魔法士の魔力量や資質によって効き方が全く違う。同じケガの治療をしても、血を止めて傷だけ塞ぐ程度の治療しかできない者と、傷跡も綺麗に消してけがをする前の状態まで完治させることが出来る者。
アイシア嬢は後者だ。
外傷に関しては決まりは特になく、聖魔法士の資質によってその治療具合はことなる。だが、病に関してはここまでしか治療してはいけないという上限の決まりがある。
病に侵された時、聖魔法で完全に治療してしまうと、自分で治ろうとする抵抗力がなくなってしまうのだ。そのため、力の強い聖魔法士には制限の法がある。
だが、ほとんどの聖魔法士がその法を犯す心配のない力の為、知っている者も少ないのだ。
聖魔法が効かないウイルスというわけではないのか。
力の強い聖魔法士の治療は効くのだ。
それだけで光明が差した。
「神父は…完治したのでしょうか?」
「…そう…ですね…。たぶん…。少し気付いたことがあるのですが…すみません…それは後で…。」
そういうと、ガクッと力が抜けて、アイシア嬢が崩れ落ちた。
エリオットが急いで抱き上げると、すぐ隣のベッドへ寝かせる。
真っ白の顔色で死んだように意識を失ったアイシアの顔を見つめる。
この方は…本当に素晴らしい力を持っているのだな…。そしてその力を人のためにためらいなく使うことが出来るのか。自分の魔力の限界まで…。
ヴァンシル殿下が夢中になるのがわかる。
子供の頃からヴァンシル殿下を見てきた。
この方のために生きたいと、心から思うほど敬愛している。
次期国王に相応しい人柄と才能に溢れた殿下は、この命に代えても守りたいと思っていた。
だから妹が婚約者候補にあがった時、この妹で本当に大丈夫なのかと心配になった。
淑女として素晴らしい娘だが、王妃となるには熱意が足りない。頭は悪くないし、矜持もあるが、殿下の傍で支える者として唯一無二かと言われたら疑問だった。
殿下がこの令嬢を無意識に探す様子に気付いてから、本当に相応しいのか、見極めようと思っていたが…。
杞憂だったな。
フッと口元を緩めると、エリオットは扉の外で待機していたエレナを呼び、傍についているように命じると、セラフィーヌ王女と共にいるヴァンシルの元へ向かった。




