ヴァンシルの不安
母上は何を考えているのだ!
王妃にアイシア嬢を追うと伝えてから、急ぎの仕事を回された。
少しでも早く出たいのに、王太子としての責任を放棄するわけにもいかず、大急ぎで処理をしていると、ジュリアスも共にさばき始めた。
「王妃殿下は…何を考えていらっしゃるのか。聖魔法士の不在は確かに民の不安にもなりますが、何も殿下の婚約者をこんな危険な時に派遣するなんて…。」
「…母上は…王妃はアイシア嬢を最初から婚約者とみとめていない。」
手を動かしながら、ヴァンシルが淡々と答える。
「は?だって…この婚約の話は王妃からの打診では…?」
「…お前には話しておく。エリオットには言うなよ。あいつは私至上主義だからな…、私のためにしか動かない男だからな…。」
「それは…僕を信用しているのかしていないのか…微妙ですね…。」
ジュリアスはポカンとしてから皮肉気に笑う。
「お前は、あの天才モルディール公爵が育てた天才だからな。感情にとらわれず冷静に私が間違った時は間違っていると指摘してくれると信用している…。そういう者が近くにいないと、王にはなれない。
とにかく…。お前は第二王子、ルーファスについてどこまで知っている?」
人間性を信用していると言われたようで、思わずにやけそうになる顔を引き締めて会話に戻る。
「第二王子ですか?先日の夜会でお会いしましたが…。母親が隣国ガルシア帝国の王の庶子で、ここフェイレイ王国の国王、ランベルク様の側妃の産んだ王子です。幼い時から魔力が強すぎて体も弱く寝たきりと聞いておりましたが、今は回復されて、魔術師団に所属されています。」
一般的に知られている内容だ。
ヴァンシルは頷くとそれで?と促す。
「そうですね…。王妃殿下は側妃のアイリーン姫を、ルーファス王子の誕生と共に北の塔へ隔離され、疎んじておられた。側妃様が亡くなり、そのお子である第二王子の事も…。きっと回復されたことを快く思われていないでしょう…。」
「そうだ。その前に、アイシア嬢が会った5年前のルーファスの状況を伝える。アイシア嬢が初めて会った時、ルーファスは長い間与えられ続けた毒で体も小さく呼吸をするのもしんどい状態だったそうだ。魔力量が多すぎて制御も出来ず、人と会話できる環境でもなかった。」
ジュリアスはヴァンシルから語られるルーファス第二王子殿下の壮絶な過去をじっと黙って聞いていた。
そうか。毒…。王妃殿下ならヴァンシル殿下の将来に影を与えそうなものは全て排除してもおかしくない。そして回復されたのはアイシア嬢の聖魔法か…。
それを気に入らない王妃殿下が、第二王子への当てつけにアイシア嬢をヴァンシル殿下の婚約者にしたのか…。
ジュリアスは頭の中で、不明だった第二王子の過去を整理する。
「それにしても、なぜ、それほど長く毒を与えられ続けて、第二王子殿下は生きていらしたのでしょう…?その毒は特定できているのですか?」
「いや、この国のものではなかったそうだ。」
「…王妃殿下はいったい、どこでその毒を手に入れたのでしょう?」
ジュリアスは冷静に考えを巡らせる。
アイシア嬢ほどの方が解毒に半年もかかるほどの毒。
でも、すぐに死なない毒薬。
その入手経路が気になる。
もしもそんな毒が、他国にあるというのなら、それこそ危険だ。
「毒薬が気になるのはわかるが、そちらは私も探っている。それよりもアイシア嬢の今の状況だ。
母上は魔術師としての才能が認められたことにより、ルーファスに手が出せなくなった。
だから、アイシア嬢を使って、ルーファスを攻撃しようとしているかもしれない。アイシア嬢自体も、きっと母上はルーファスを助けたのが彼女だとわかっているはずだ。恨んでいると思う。」
「でも、ヴァンシル殿下はアイシア嬢がお好きですよね。我が子の好きな令嬢の命を流石に脅かしたりはしないでしょう…。」
「わからない。最近…母上がわからないんだ。この婚約の話は実は私が母上に頼んだのだ。気になる令嬢がいるから、婚約者の打診をして欲しいと。母は既に選んでいた3名の令嬢から選べと言ったが、私が無理を言ったのだ。名前を聞かれ、伝えたときに母が笑った。笑ったんだ…。」
ギュッと険しく眉間にしわをよせ、ヴァンシルは両手を額に当て、合わせるように握りしめた。
あの笑顔…
「あの時の笑顔は…幼い頃、もう、間もなく第二王子は死ぬだろうと笑った母上の顔と同じだった…。」
”気になる令嬢がいる。母上から婚約の打診をお願いできないか?”
そう、頼んだのだ。そして名前を聞かれ伝えた時に、母の美しい金色の瞳がゆらりと影が差したように見えた。…そう、あの子…。あの子ならいいわね。
そう言われて、話がトントンと進み、こうしてアイシア嬢と関りを持つことが出来た。
会えば会うほど、アイシア嬢は変わっていて、高貴な令嬢らしくなく、お人好しで素直で正直で、気持ちの良いくらい、まっすぐな心が眩しい綺麗な女の子で…本当に…恋に、落ちたのだ…。
「今回のこと、母上が何か企んでいるのは間違いない。」
「…王国の近衛騎士を付けたとおっしゃっていたので調べましたが、バーンズワース子爵家のご子息と、ピコット男爵家の子息です。二人とも、腕は悪くないそうですが、家はそこまで力があるわけでないため、万が一アイシア嬢に何かあっても責任を擦り付けて処罰しても問題のない家です…。」
「クソッ!」
バンッと乱暴に机を叩くとヴァンシルはおもむろに立ち上がった。
「ジュリアス。やはり今からすぐに出る。馬の用意を。私の騎士と、私で行く。」
「いや、僕も行きます。殿下に何かあったら大変ですから…。」
「お前は天才だが剣はイマイチだろう。それより、今、別部署へ使いに出してるエリオットが戻ったら、悪いが共に後の処理を頼めるか。私でないと駄目なものは終わらせた。」
「御意…。あとはお任せください。すぐに準備を整えます。ただ、気を付けてくださいね…。」
それから半刻もせずに、ヴァンシルはアイシアを追うために南のマグノリア教会へ出発した。




