不穏な気配
「アイシア様、まもなく到着します。」
御者の声で、うとうとしていたアイシアは、ハッと目を覚ました。
「お疲れでしょう?この3日間、ずっと馬車の移動ですし、道も悪いですから…。」
エレナが気遣いながら、顔を覗き込む。
「ごめんなさい、寝てしまったわ。エレナも疲れたでしょう?ちょっと待ってね。」
そういうと、アイシアはエレナの手を握る。
「え?いや、だめですよ!貴重な魔力を私になんて…!」
エレナの静止の声も間に合わず、アイシアは癒しの魔法を唱える。
エレナの体がフワッと軽くなり、重だるかった体がスッキリとする。
「フフッ。もう何回も言ってるでしょう?私の魔力量は結構すごいの。だから気にしないで。」
可愛らしい笑顔に、エレナは焦りも忘れてうっとりとまたもや見とれてしまう。
本当にこの方は…。なんて素敵な令嬢なのかしら。
付いてきた近衛騎士の2人なんて、最初は遠慮していたのに、今は我先にと、当たり前のように魔法をかけてもらえることを待っているくらいだ。犬が餌を待つみたいで見ていて情けなくもなった。
この国の近衛騎士というのはこんなものなのかとガッカリしたくらいだ。侍女として来ているため、手合わせすることも出来ず、強さもわからない。
役に立つのかしら?
この3日間で近衛騎士の2人も御者も、みんなアイシア様に傾倒してしまった。もちろん私は最初から尊敬するあこがれの方だったけど、今は心の底から命をかけて守りたいと思っている。
視察についたこともあるが、貴族の令嬢というのはほとんどが、長い移動を嫌がり、休みたいやら、予定より長く休憩してから移動する事も頻繁で、イライラして当たり散らす方もいるため、なかなか予定通りに進まない。
でもアイシア様はこの3日間、常に微笑みながら、周りを気遣い、更に疲れを癒す魔法までかけてくれたのだ。
私は疲れたら自分にも魔法をかけるから基本的に元気なのよと、笑っていらっしゃるが、それでも、不満や疲れが溜まることもあるはずだ。
御者から到着の声がかかり、馬車が止まった。
扉が開かれると、レンブラントがアイシアに手を差し出した。
アイシアはその手を借りて、馬車を降りると、辺りを見まわした。
大きな教会だわ。
きっとここはこの周辺の村の方が集まる貴重な治療院でもあるのね。
綺麗に修繕された建物は、何度も手を加えて大事にされてきたことがわかる。
中から祭服を着た男性が出てきて、笑顔で迎えられる。
「このような遠い所までよく来て下さいました。大変な時期に、こうして足を運んで下さるなんて、なんと有難いことでしょう。
どうぞ、中へ。」
レンブラント、アイシア、エレナ、シーザーの順に案内の男性に続いて入る。
御者は一旦、荷物を降ろすと、村で馬を休ませるために宿へ向かった。
「お疲れでしょうから、まずは狭いですが、お部屋にご案内致します。あ、こちらが休憩室を兼ねたお部屋ですので、お荷物の整理が終わられたら、こちらにお越し下さい。お茶とお菓子を準備しておりますので。」
ニコニコと笑う愛想の良い男性は、神父ではなさそうだ。
「あの、神父様は?」
「ああ、申し訳ございません。神父様は今、少し出ております。お孫さんの結婚式だとかで、隣の村へ行っておりまして、2日ほど留守を頼まれました。」
「まぁ、そうなのですね。素晴らしいことですね。あなたは…?」
「申し遅れました。私は、ゴーレムと申します。このマグノリア教会の神官でございます。この教会の管理は私と神父様の二人で担っておりまして、定期的に村の者が手伝いに来てくれます。隣には孤児院も併設されておりますので、そこには子供たちのお世話をする女性が3人おります。」
孤児院が併設されてる割に、子供たちの声が聞こえないわね…。
窓の外を見やったアイシアに気付き、ゴーレムは言葉を重ねた。
「今は子供たちは薬草を取りに教会の裏に広がる森へ入っております。何、魔物のいない平和な森なので、女性と子供たちだけで入れる安全なところです。」
ゴーレムが足を止めると、いくつか並んだ扉を開く。
「このお部屋と、隣の部屋は1人用の部屋になっております。普段は聖魔法士の方が来られた時にお泊りになるお部屋となっております。左側の部屋は2人部屋となっております。普段は使われていなくて、体調の悪い方などが休むお部屋となっております。個室は女性の方が良いでしょう。騎士の方はどうぞ、狭くて申し訳ありませんが、2人部屋をお使い下さい。」
ゴーレムがごゆっくり、と、言葉を残して離れると、アイシアとエレナは揃って中を覗いた。個室は清潔な布団が準備されたベッドと、テーブルと2人掛けのソファーがあり、小さなクローゼットもある。奥は洗面と清浄魔法の魔道具がある。
町の宿屋の雰囲気だ。二人部屋も覗くと、両サイドの壁にベッドが二つあり、ベッドを挟んだ真ん中にテーブルと一人掛けの椅子が4つ。
「アイシア様、一人部屋は危険ではないでしょうか…。」
エレナが不安そうに呟く。
「私達は交代で夜も警備にあたるので問題はないかと…。必ずお守りいたしますのでご安心ください。」
シーザーが声を上げる。
レンブラントも頷きながら、部屋の配置を確認する。
一人部屋の奥にある窓を確認して、そこから外を確認する。
「そうですね。この部屋には窓がありますが、窓は人が通れる大きさではないし、開くような窓ではないので、大丈夫です。今日の夕刻には村の者が2名、外の警備にあたってくれるとのことなので。
お一人部屋の方がゆっくりお休みできるでしょう。」
なおもエレナが不安そうなので、アイシアがエレナに笑顔を向ける。
「ありがとう、エレナ。大丈夫よ。私も気を付けるし、まずはこのところずっと治療が出来ていないというし、一刻も早く患者さんを見たいわ。王妃殿下にお願いされたのは1週間なの。時間も限りあるし荷物を片付けたらすぐに出来るように伝えてくれる?」
「…かしこまりました…。」
それから交代で荷物を片付け、ゴーレムを呼んで、治療を開始する旨を伝えた。
治療を始めると告知してから、村からはたくさんの人が訪れた。
比較的、軽度の症状の者には明日は朝から診るからといったん帰ってもらい、急を要する患者さんだけ、治療にあたった。
「アイシア様の聖魔法は格が違いますね…。」
治療の間、じっと見ていたゴーレムが、呟く。
「そりゃそうですよ。なんといっても、この国の次期王妃となる方ですから!」
自分の事のように自慢げに言い張るレンブラントに、
「それはそれは…。あなたがこの国の王妃様になればこの国は安泰ですね。」と笑う。
エレナはジッとその様子を見ながら、胸になにかもやもやとしたものを感じた。
なんだろう…
この男の笑い方、気持ち悪い。
初めて迎えられた時から気持ちが悪かった。
蛇のような…なにかに巻き込まれていく感じ…。
この男は危険だ。
自分の中で警報が鳴っている。
アイシア様の状況は聞いいた以上に危ないではないだろうか…。
アイシアとエレナが一緒にアイシアの部屋に戻る。
「アイシア様…あの…。」
「大丈夫。わかっているわ。ゴーレムでしょう?」
「!!」
静かにアイシアは話し出す。
「エレナも感じたのね。あの男は…ただの神官じゃない。聖魔法を使う私をじっと見てた。品定めしてるかのようだった。それで…、エレナにお願いがあるの。この教会のどこかにいる、神父様を探してほしい。」
「…神父様を…?」
小さく頷くとアイシアはその瞳を鋭く扉に向けた。
「ゴーレムは、神父様はお孫さんの結婚式に出席してると言ったわ。でも、神父様は結婚していないし子供もいないわ。私はいつも向かう前に必ず向かう先の場所や、そこにいる人の情報を先に確認するの。それに…2日間の留守番を頼まれたと言ったわ。つまり、彼が何かを起そうとしているのなら、きっとこの2日間で仕掛けてくる。それまでに神父様を見つけたい。ご無事だといいけれど…。」
「でも、私は少しでもアイシア様と離れるのは不安です。」
真剣な瞳でアイシアを見つめるエレナのまっすぐな瞳に、フッと笑う。
「少し考えがあるの…。」




