ヴァンシルの決意
指を机でトントンと鳴らす音。
繰り返されるため息。
王太子の執務室で、書類を確認している自分の主である、ヴァンシルの様子に、ジュリアスは呆れたようにため息を吐いた。
「いい加減にしてください。そんなに会いたいなら、会いに行ってはどうですか?」
いきなりの言葉に、ヴァンシルはその美しい琥珀の瞳を、自分の側近であるジュリアスへ向けた。
何を言われたのかわかっていないように、ポカンとした表情のヴァンシルに、ジュリアスはもう一度同じ言葉を繰り返した。
「そんなに、会いたいなら、会いに行っでは、どうですか?」
いちいち区切るような言い方に、ヴァンシルは眉を顰めた。
「いや…何のことだ?」
「ここのところずっと、仕事に身が入ってません。いえ、仕事内容に文句はありませんが、あまりにも落ち着きがありません。会いたいのでしょう?ジョゼット侯爵令嬢に。」
「な…。。。」
言葉をなくし、少しづつ赤くなっていくその耳元を見つめて、ジュリアスは困ったように首を傾けた。
「頻繁に会いに行っていたのに、第二王子殿下がしばらくいないとなると、急に遠慮して会いに行けなくなるなんて。小心者ですか?むしろチャンスですよ。
この機会にぐっと距離を近づける努力をなされば良いじゃないですか。」
「な…何を…。いや、別に私は…。」
視線をうろうろさせる様子に、ほんとに可愛い人だなと、ジュリアスは思う。
公正で、冷静沈着、賢く、正義感のある、美貌の王太子。
この方の評価はそんなところだ。
実際、ヴァンシル殿下はこの方にお仕えできる日々が幸せだと思うほど、誠実で素晴らしい方だと思う。王太子としての誇りと責任を持ち、日々、この国のために、努力を惜しまないこの美丈夫は、文句のつけようのない方であると思う。
でも、色々考えすぎて、自分自身の気持ちに疎い。
自分の気持ちを後回しにしてしまうきらいがあるのだ。
「正直、殿下に一途な僕の姉上を選んでいただけると、弟としてはとても喜ばしいと思いますが、そこは私情を捨てましょう。殿下はジョゼット侯爵令嬢が好きですよね?」
「は…?いや、そんなことは…。ただ、婚約者候補の一人として、大切にせねばならないとは考えている…。」
しどろもどろとした言い方にため息をつく。
「正直、僕の感想を述べさせていただきますと、ジョゼット侯爵令嬢が婚約者候補になる前から、殿下はローズベリー殿下の元へ訪れていた、かの方を、よく見つめていましたよ。確かにお綺麗な令嬢ですからね。」
「いや!アイシア嬢は外見だけじゃないんだ!」
思わず、言い返してしまってから、ヴァンシルはしまったという様にジュリアスを見つめた。
ニッコリと笑うジュリアスに、ヴァンシルも諦めたように、ため息をついて顔を背けた。
「なんとゆうか…。アイシア嬢は私を王太子と思ってないんだ。」
「は?…それは不敬だと言う事でしょうか…?」
「いや、そうじゃない。きっとアイシア嬢は、お前にも私にも態度が変わらない。相手が誰でも礼儀正しいが率直でまっすぐで、何も裏がない。」
ああ…そういう事…。
確かに姉上に聞いたジョゼット侯爵令嬢は裏表のない、なんとも掴みどころのない方だと…。
ライバルが増えた、しかも自分より位も下。どうしても攻撃的な感情になって、キツく当たったそうだが、どんなに理不尽な対応をしてもまるで気にしていないように、ニコニコと笑っているという。嫌がる指摘をしても、教えて下さりありがとうございますと、逆に喜んでいるように見えるのだと。
そのうち、バカらしくなり、今では普通に会話をするようになったと。
父親であるジョゼット侯爵も、権力欲がないが実力は未知数の、飄々とした人の良い人物だ。
「殿下。落ち着くためにも、今からローズベリー王女殿下のもとへ行きましょう。」
「なぜ、ローズ?」
「この時間ならジョゼット侯爵令嬢がいるでしょうから。」
「………わかった…。」
10日前からルーファスが、今、問題になっている聖魔法師の行方不明事件の調査に出ている。
正直、魔術師団で解決出来なければ、お手上げ状態だ。
一体、誰が、なんの為に、聖魔法師を攫うのか。
早く解決したいところだ。アイシア嬢も聖魔法の使い手だから、しばらく慈善活動はしないように伝えないと。そうだ。そのために彼女に会わないといけない。
そう考えて、足を進める。
ローズの部屋の前に着くと、ジュリアスが、目で早くと、促す。
ノックをすると、部屋の扉が開く。
ローズの専属侍女がヴァンシルに気づくと、どうぞ、とすぐに中に招き入れた。
「お兄様!どうなさったの?ちょうど時間をもてあましてたの。」
嬉しそうにこっちに向かって走ってくるローズを優しく抱きしめると、髪を撫でた。
「ローズ。今日は魔法の授業はないのか?」
「ええ。しばらくないのよ。つまらないわ。アイシア様からお手紙が来たの。
お母様の指示で、マグノリア教会へ行くそうよ。」
「は?」
「え?」
ヴァンシルとジュリアスが同時に声をだすと、顔を見合わせた。
「どうゆう事でしょうか?今、王国内は聖魔法師が個別で動くのは危険ですよ。」
不安そうにジュリアスが小さく呟く。
「なぜだ?母上は何を考えているんだ…。」
眉間を寄せながらローズに手紙を見せてもらう。
出されたのは2日前だ。
マグノリア教会まで馬車で3日。明日には到着する頃か。
「ジュリアス、母上に会う。確認しろ。」
「は。」
それから数時間、ヴァンシルは王妃と対面していた。
「どういう事ですか?母上。」
「いきなり挨拶もなく、何です?ヴァン。」
うっそりと微笑みながら、王妃はわざとらしく首を傾けた。
「アイシア嬢の事ですよ!なぜこの危険な時期に南の教会などへ、行かせたのですか!?話して下さい!私には理解出来ない。」
「まぁ、その事ね…。そうね、あなたは心配でしょうね。でも大丈夫よ。近衛騎士を2名、つけてるから。」
「近衛騎士⁈あんなの、私の方がよっぽど助けになりますよ!」
「まぁ、なんて酷い事を言うの。だって仕方ないでしょう?今、聖魔法師がいなくなって、国内の医療が滞っているの。誰かが行かないと行けないわ。アイシア嬢は、聖魔法の使い手でしょう。彼女以外に適任はいないわ。」
ヴァンシルは母に似た美しい琥珀の目で、力強く見つめると、きっぱりと言った。
「母上、私にはアイシア嬢を守る責任があります。彼女は私の婚約者です。ですから、彼女を追います。」




