マグノリア教会へ
王妃のお茶会から屋敷に戻り、執事のバーニーと侍女のアンに王妃との話を伝えると、二人は絶対に行くべきではないと、止めた。
「危険です、お嬢様。」
「私もそう思います。絶対に行ってはだめですよ、お嬢様。」
泣きそうに顔を歪めてアイシアに詰め寄るアンに、アイシアは困った様にため息をついた。
「私も、聖魔法士が行方不明になっているというのに、そこへ聖魔法士として行くだなんて危険だと思う。でも、王妃直々にお願いされて、行かない選択肢はないわ。ただ、念のため、お父様にこのことを急ぎで伝えてほしい。お父様が今どこにいるかわかる?」
「調査で王国内の色んな場所を移動されるとのことでしたので、師団本部へ連絡をとって確認します。ルーファス様には、お嬢様にいつもと違う事があれば、いえ、なくても必ず連絡するように申し付かっております。」
バーニーの言葉にアイシアはフッと笑った。
「ルーファス様は心配性だから…。お父様は聖魔法士の行方不明の調査に行っているのよね。いつから、どれくらいの人が被害に遭っているのかわかる?」
「いえ、正確には聞いておりません。ですが、そういうことなら、ジークフリート様に連絡をとって、詳しい内容を聞いてみます。」
父の友人で宰相補佐のジークフリート様なら、詳しく知っているはずだわ。
王妃は、私を同じように行方不明にしてしまうつもりかしら?
でも、王妃の指示で侯爵家の令嬢が行方不明になるなど、王妃の沽券に関わるわ。
この国の医療を憂いて、この聖魔法士の派遣のシステムを作ったのは王妃自身。
そんな人が聖魔法士の行方不明事件に関りがあるとは思えない。
その時、ふと、頭ある言葉がよぎった。
「ソレンタール…。」
アンが不思議そうにソレンタール?と繰り返す。
「ソレンタールって花、知ってる?」
アンもバーニーも眉を寄せて首を振る。
「ソレンタールという花のお茶を、今日、王妃から勧められて飲んだの。ノルン帝国から取り寄せた、雪山に咲く菫色の花だそうなの。」
「ノルン帝国ですか?あの国は長く閉じられた国ではなかったでしょうか?」
バーニーも私と同じように疑問を持つ。
「ええ。なのに、急にノルン帝国がこの王国に国交を申し出てきたそうよ。いま、協定を結ぶための準備
をしているとおっしゃっていたわ。バーニーの様子を見る限り、お父様も知らない話よね。」
眉間にしわをよせてバーニーが難しい顔をする。
「お嬢様はそのお茶を口にされたのですね。なんともなかったのでしょうか?」
「ええ…。毒が入っていれば私の聖魔法で解毒しようと思って、少しだけ口にしたわ。菫色のお茶で甘い味がしたわ。毒は入ってなかった。」
「そうですか。良かった…。しかしなにか気になりますね。ノルン帝国は独自の研究を繰り返す独立国家ですし、なぜ、今になってこのフェイレイ王国と国交を結ぼうなどと思ったのでしょうか。協定を結ぶとなれば、有能な宰相であるモルディール公爵様がその辺はしっかりと調べられているとは思いますが…。」
「そうね…。そういえばあのお茶、少し気になることがあって…。」
アイシアはお茶を飲んだ時に感じた甘さとは別に感じた違和感があったのだ。
「あのお茶…、魔力を帯びていたの…。」
バーニーとアンが目を見開く。
この世界の命あるものには、多少なりとも魔力がある。
その魔力の量や強さはそれぞれ違うものの、鳥や動物、そして魔物には必ず強い魔力がある。
でも、植物にはほとんど魔力がない。
微量の魔力を含む植物はもちろんあるが、摘み取った時点でその魔力は消えてしまう。
けれども、あのお茶には魔力が残っていた。
人ではない、お茶の材料となったその植物の魔力が。
「その植物についても、調べられるかしら?私は、マグノリア教会へ向かうための準備をするわ。
出発は3日後、王妃からは近衛騎士を護衛につけると言われたわ。」
「はい。では、その花についてもお調べします。」
バーニーは頭でそのための動きを確認しながら、危惧の念を抱いた。
近衛騎士…、アイシアお嬢様やルーファス様を可愛がっておられるユージィン様が所属する騎士団とは全く異なり、王族を護衛するために存在する近衛騎士。
素性は貴族階級の出の者がほとんどで、基本的に自分の家を継がない次男、三男のなどが近衛騎士を目指す者が多い。騎士の中でも花形である。だが、実践に乏しく、騎士団のようにならず者を常日頃から相手にすることがないため、実力でいえば、どうしても騎士団に劣る。
うちのお嬢様を王妃が手配した近衛騎士に任せるなど、不安しかない。
この件も含めて、ジークフリート様に相談しようと、バーニーは決意した。
翌日、至急の伝令を送った師団本部からの返答は早かった。
旦那様が何かあればすぐに連絡がつくように、師団本部に、位置特定魔法で確認できるように準備してくれていたのだろう。
今はモルディモア国に隣接するゴート辺境伯の領地を調査中で、まだ数日はそこから移動しないだろうということだ。
そこは、お嬢様がこれから向かう王国の、南に位置するマグノリア教会からは馬車で1日ほどの距離だ。
その距離にすこしだけ安堵し、バーニーは急ぎで手紙を送った。
手紙が届くころにはお嬢様はすでに教会へ出発していることだろう。ここからマグノリア教会まで、馬車で3日かかるのだ。風魔法で送られる手紙は、馬車で行く時間の1/3の時間で着くのだが、この風魔法を使った手紙の魔法は、ルーファス様が作った魔法の一つだ。
あの方の魔法の才能は本当に素晴らしい。
ただ、あの方の努力の向かう先にいるのはたった一人、アイシアお嬢様だけなのだ。
旦那様、ルーファス様、お嬢様をお願いします…。
「お迎えに参りました、ジョゼット侯爵令嬢様。私はバーンズワース子爵家のレンブラントと申します。こっちは、ピコット男爵家のシーザーです。これから、あなたを護衛させていただく近衛騎士です。」
「レンブラント様に、シーザー様。アイシア・ジョゼットです。よろしくお願いします。こちらは私の侍女のエレナです。」
「お嬢様のお世話は私が全て致しますので、護衛をどうぞ、よろしくお願いします。」
アイシアの横で挨拶をするエレナは、実は侍女ではない。
バーニーがジークフリート様に相談して、ジークフリート様が、騎士団の副団長を務めるユージィン様に急ぎ、連絡をして、アイシアにつけて下さった、れっきとした女性騎士なのだ。平民階級の出のため、近衛騎士には顔がわからないから安心しろと、ユージィン様がエレナを紹介してくれたのだ。
見た目は年上のスッキリした美人のお姉さんという雰囲気だが、このエレナ、実は騎士団の中で特殊部隊となる、影の護衛に特化した戦闘のプロなのだ。
ユージィン様が、剣では余裕で勝っても、いろんな意味で勝てないと愚痴るくらいに強い方だそうだ。
そんな方がアイシアについて来てくれるというのだ。とても心強い。
それに私にはこれがある。
アイシアは服の中に隠した、ルーファスから貰ったアメジストのネックレスをギュッと握りしめる。
今朝、バーニーにはローズベリー殿下と、ペネロペ様へ、しばらく王宮へはいけない旨を書いた手紙を託けてある。
「ではお手をどうぞ。」
レンブラントがアイシアに向かって気取った態度で手を差し出すと、アイシアはしばらくその手を見てから、ゆっくり手を乗せると、馬車に乗り込んだ。
近衛騎士の二人は、馬車の両サイドを守るように、馬で並走する。
向かいに座るエレナにアイシアはお礼を伝えた。
「あなたの仕事でもないのに、こんなこと、お願いしてごめんなさい。ユージィン様に頼まれて断れなかったのではない?」
すると、エレナはフフッと優しく笑うと、小さく首を振った。
「いいえ。実はずっとアイシア様に会いたかったのです。
私は平民の出で、下に5人いる妹や弟がまだ小さく、生活は豊かではありませんでした。私の父親が6年前に仕事中に大怪我を負ったのですが、聖魔法の治療の中でも高ランクの魔法を使える方でないと、元の体に戻らないと言われました。もちろん、そんなお金もなくて途方に暮れていた時、ちょうど、近くの教会に慈善活動で来て下さっていたアイシア様に治療していただいたのです。まだ、幼い少女であったのに、素晴らしい魔法で、父の動けなくなった体を元の状態に戻してくださいました。あの時から、この方にいつかご恩を返したいと思っていたのです。」
嬉しそうに笑うエレナの笑顔に、アイシアは胸が温かくなった。
「まぁ…そうだったのね。お父様はその後、体は大丈夫なのでしょうか?」
「はい。呆れるほどに元気ですよ。父もアイシア様にとても感謝してます。あの時は本当にありがとうございました。」
そう言って、頭を下げるエレナに、アイシアは顔を上げてとお願いする。
「私こそ、そんな風に思ってもらえたこと、とても嬉しいわ。出来ることの少なさに落ち込むこともあるけれど、誰かの力になれたのだと思うと、とても自分を誇らしく思えるわ。これからもあなたに恥ずかしくない自分でいられるように頑張るわ。」
どこから見ても美しい、アイシアのその温かい笑顔に、エレナは胸を詰まらせた。
貴族というのは、偉そうで傲慢な方ばかりだと思うこともあるが、アイシア様はそんな方たちとは違う。
6年前に教会で会った時の、その心配げにこちらを見つめていたエメラルドの美しい瞳はそのままに、さらに美しく成長された…。
表面の美しさだけでなく、その内面も、素晴らしいお方だわ。
「私がこの命にかけても、アイシア様を守ります。」
エレナが心をこめて誓うと、キョトンと目を見開いた。
「ダメよ。命はかけないで、自分の命をまず1番に守ること。そのかわり、私が私自身を1番に守るわ。だから、私を守るのは2番目にしてね。」
それを聞いて、フッとエレナが噴き出した。
「アイシア様は、ユージィン様に聞いていた通りのまっすぐなお方ですね。そして、ユージィン様と同じことをおっしゃるなんて。仲良しなのですね。」
ユージィンの話題になったとたんに、エレナの瞳に宿る愛おし気な優しさに気付き、アイシアは内心でにんまりと笑う。
ユージィン様、もしかすると、春も近いかもですわよ。
今後の二人が楽しみだなと、危機感も失いつつ、話に花を咲かせて、マグノリア教会へ足を進めた。




