調査
南西にある教会
モルディモア国にほど近いこの教会は、辺境伯で、国内屈指の武人としても有名なゴート伯が治める領地にある。
「ここは数年前までは諍いが多く、けが人も多いため、12名の聖魔法士が常駐しておりました。
第二王子殿下にサルム山へ結界を張って頂いて以降は、常駐を5名に減らし、他の7名はこの領内に設置している治療院を定期的に回っておりましたが、常駐を除く他7名が忽然と姿を消しました。」
ゴート伯は10年前の戦いで息子の1人を亡くし、その時に受けた頬の大きな傷を治療しないままその記憶として残したため、見る者を怯えさせるほどの厳つい形相をしている。
その顔を歪ませ、大きく息を吐くと、調査に訪れたジョゼット侯爵を見やった。
「いなくなった聖魔法士は皆、家族がいません。治療院側も、定期的に訪れる聖魔法士が、はっきりと、いつ来るのかは把握していないため、実際に姿を消したのがいつだったのか、どこでいなくなったのか、はっきりしないのです…。」
「最後に確認されたのがいつなのか、それぞれわかっているのか?」
「はい、こちらです。3名が二週間前、4名は一か月前までは、治療院で治療にあたっておりました。それぞれ、聖魔法のランクも違うため、行動は個別に動いておりますが、領内の自警団が持ち回りで警護についておりました。だが…彼らはおかしな状況で見つかりました。」
「おかしな状況…?」
「はい。それぞれで警護についていた自警団の者達は皆、普通に自宅に戻っているのです。ただ、聖魔法士の警護に当たった記憶もなくなり、それについて問うと、皆放心したように意味不明なことをブツブツと話し出すのです。」
ジョゼット侯爵の後ろで話を聞いていたルーファスはゴート伯に領内の地図と、その警備についていた者達を集めるように指示を出す。
「なにかわかったのですか?」
「確認してみないとわからない…が、おそらく僕の考えが間違っていなければ…。」
集められた自警団の者達は、一見すると、正常に見える。
「あなたが第二王子殿下ですか。この度は、結界を張っていただきありがとうございました。みんな、とても感謝しております。」
「噂は聞いてましたが、殿下はとても綺麗なお顔をされているのですねぇ…。」
集められた辺境伯の広間で、目を輝かせて挨拶をする自警団の者達は、なぜ、自分たちが呼ばれたのかわかっていないようだ。
「お前たち、自分がなぜここに呼ばれたのかわからないのか?」
魔術師団の者が、厳しい顔で問うと、面食らったように首を振った。
本当に何も知らないように見える。
ルーファスは聖魔法士について問う様に、合図をすると、団員が集められた者たちに向かって質問を始めた。
「お前たちは治療院を訪れる、聖魔法士たちを知っているな。」
「はい、もちろんです。」
「お前たちは普段は何をしている?」
「私は野菜を作っています。」
「私は鍛冶屋で武器を磨いたり調整したりする仕事をしてます。」
「私はパンを売っています。」
皆、それぞれ自分の普段の仕事を答える。
その様子に何も違和感はない。
「では、自警団としての仕事について聞く。自警団とはどんな事をしている?」
「盗人を捕まえたり、火事を消したり、…治療院に来てくれる先生を警護したりしてます。」
「では最後に治療院の先生を警護したのはいつだ?」
「先生の警護したのは…」
その瞬間、全員が目の光を失ったように虚ろになり、カクンと膝の力が抜けて座り込む。
ブツブツとそれぞれが意味不明なことをつぶやき始める。
「なんだ、これは…。」
魔術師団の者達もジョゼット侯爵も呆然となる。
ゴート伯はルーファス達を振り向くと諦めたように首を振った。
ルーファスは注意深くそれぞれが呟いている声に耳を澄ます。
…せ…まほ…ついて… れても…
…きおく…きえ…
なんだ…?今、何か聞こえた…。
ルーファスは聴覚以外の感覚を塞ぐと、集中する。
けいご…み…なみ…まぐ…り…つ…れて
そこ…いる…こ…かみ… わた…す…
…びょ…き… し…ぬ…
「ルーファス殿下?」
ゴート伯が心配げに声をかける
ルーファスは目を開くと、その者たちをまっすぐに見つめた
僕はアイシアみたいに目で見ることが出来ない
でも、感じることは出来る
ユラッと溢れる魔力が濁っている…。
やはりな…。
「…これは、闇魔法だ…。闇魔法には精神干渉することが出来る術がいくつかある。ここにいるものは皆、魔力に濁りがある。術をかけられたのだろう。
地図を持ってきてくれ。」
「は。ここに。」
バサッと地図を開くと、ルーファスはしるしをつけていく。
「今、この辺境伯の領地で聖魔法士が消えたのがここで7人。たぶん、連れ去ったのはこの自警団の者達だ。」
「そんな、彼らがまさか!?」
「いや、正確には連れ去るように操作されていたのだろう。ここから南の教会へ死にかけているものが居るとでも言って。普段から交流のある自警団の者達に聖魔法士は警戒しない。案内されるがままに連れていかれてそのまま誰かに引き渡されたのだろう。」
ゴート伯は顔を真っ青にして、食い入るように地図を見つめた。
ルーファスからジョゼット侯爵がペンを受け取ると、そのまま王国内で行方不明になった聖魔法士の位置を同じようにバツをつけていく。
全体的に南の方に集中している。
一番多いのがこのゴート伯の領地の南東側にある教会付近だ。
「ここは?」
「ここは…この辺では一番大きなマグノリア教会です。」
みなみ…まぐ…り…
”南のマグノリア教会”へ連れて行くように命令されたのか
いつ、この者達は術をかけられたんだ?
いや、それは解呪すればわかる。
「この者達を解呪します。それから詳しく聞きましょう。」
「解呪できるのですか?」
「たぶん…。僕より魔力の弱い者がかけた術なら解けるはずだ。」
闇魔法を解除するのはかけた者か、かけた者以上の力のある闇魔法士しか出来ない。
解呪には相当の集中力がいる。
ルーファスはブツブツと放心したようにつぶやく者の一人に近づくと、そっと手を翳して呪文を唱える。
「…」
編み込まれるように本人の魔力に闇魔法が混ざっている。
ゆっくり丁寧にほどくように解呪していくと、あと少しで解呪となる瞬間、その者が袖から一瞬でナイフを出すと自分の首へ当て、スッと引いたのだ。
ドッと血が噴き出し、倒れていく。
室内は騒然となり、皆、呆然とその光景を見つめた。
「は…!な…!!これは…!?」
大量の血を吹いて倒れたその男はそのまま動かなくなる。
さっきまで、自分はパン屋だと、今度食べに来て下さいと笑っていたのに…。
「クソッ!解呪しようとすると、自死するように二重の術をかけられている!」
ルーファスが倒れた者の首を抑えながら唇を噛み締める。
ジョゼット侯爵が他の自警団の者の身体検査と手足を縛り、舌を嚙まないように口に布を詰めるように指示を出す。
「くっ…。なんてことだ。ルーファス様、私が抑えます。もう一度解呪をお願いします。」
ゴート伯に言われ、ルーファスはフウッと気持ちを抑えながら、もう一度すぐ傍にいた男に手を翳し、解呪を始める。
二重でかけられた術は後で追加された自死の術を先に解除した方がよいだろう。
もっと早く気づいていれば…。
「…」
呪文を唱えるとじっくり解析しながら術をほどく様に解除していく。
数時間たち、全員の解除が終わった。何があるかわからないため、まだ、手足は縛ったままになっている。
数名が目を覚まし、驚いたように周りを確認している。
亡くなった自警団の一人は直ぐに別の場所へ移動された。
ルーファスの魔法により室内には血の気配はなくなったが、ルーファスの頭から目の前で首を切った男の顔が離れない。
自分の持つ闇魔法の怖さを実感する。
自分も同じことが出来る力を持っているのだ。
「ルーファス殿下。目が覚めたものに確認しましょう。」
ジョゼット侯爵はルーファスの気持ちなどわかっているかのように、肩をポンとたたく。
「そうだな…。」
それから確認した結果、自警団に接触をしたのは旅人を模した若い男だったそうだ。
ケガをしていたため、治療院へ案内し、その時に聖魔法士が何人いて、どういう形で対応しているのかなど、聞かれるままに話したそうだ。
その男の顔や服装に至るまで、誰も覚えていない事に驚いた。
ただ、若い男だったという事だけだ。
それも、植え替えられた記憶の可能性もある。
そのあとは術をかけられ、その男に指定された場所に聖魔法士を連れて行ったのだろう。
その時、バタバタとゴート辺境伯家の騎士が室内に駆け入る。
「ジョゼット侯爵、急ぎの手紙が届いております。」
「私に?どこから…。」
「ジョゼット侯爵家からの急ぎの手紙です。」
それを聞いてルーファスの体がピクッと揺れる。
ジョゼット侯爵が急ぎ、手紙を開くと、しばらくして、シア…とつぶやいた。
ルーファスがその手から手紙をひったくるように奪い、内容を確認する。
「そんな…。」
そこには今、聖魔法士がさらわれた場所であるマグノリア教会へ、アイシアが向かったということが書かれていた…。




