王妃のお茶会
王太子妃教育が終わり、この後、ローズベリー殿下の元へ行く予定になっている。
アイシアが手早く片付けていると、王宮の侍女に呼ばれた。
「アイシア・ジョゼット侯爵令嬢様、ご伝言を預かっております。」
「伝言?」
濃紺の髪を一つに結んだ見覚えのある侍女が髪と同じ濃紺の瞳を伏せて、手紙をアイシアへ渡す。
「王妃殿下からでございます。」
王妃から…?
胸がドクンと小さくなったが、アイシアは侍女にお礼を言って手紙を受け取る。
薔薇の透かし模様の美しい便箋には、王妃の美しい字が並んでいる。
「…まぁ、お茶会への招待だわ。」
初めてだわ。王妃から誘われるのは…。
ローズベリー殿下の予定を変えて、この後はお茶会に来るようにと書いているわ。
「ローズベリー殿下もいらっしゃるのでしょうか?」
アイシアが侍女に問うと、侍女は淡々と答える。。
「それは伺っておりません。ご案内いたしますので準備が出来ましたらお声がけください。」
扉の前で控えるその侍女は確か王妃の傍にいつも控えている侍女だ。
アイシアはそっと伺うようにその侍女を見つめた。
何だろう…。魔力量は多くない。なんだか凪いだように静かな魔力で、髪や瞳と同じ濃紺の魔力。
揺らぎのない魔力は珍しい。
人は感情の起伏など、基本的に魔力が揺れ動いたりする。
仕事の出来る侍女というのはこんな感じなのかしら?
手早く準備を済ませると、アイシアは侍女に声をかけた。
「では、ご案内いたします。」
アイシアの少し前を歩く濃紺の髪を見つめながら、ふと気になってアイシアは尋ねた。
「ペネロペ様やジャスミン様、クロエ様もいらっしゃるのかしら?」
「いえ。私がご伝言を賜ったのはアイシア侯爵令嬢様だけでございます。」
「そう…。あの…、あなたは王妃殿下の専属侍女の方ですよね。お名前伺ってもいいかしら?」
「…カミラと申します。」
「カミラさんは、王妃殿下の元で長いのですか?」
長い廊下を歩きながら、アイシアが何となく問いかける。
すると、ピタッと足を止めてカミラはこちらを振り返った。
「私が気になりますか?」
「え??」
「いえ、私のようなただの侍女に名前を聞いたり、こんな風に話しかける方は初めてなので。」
無表情ではあるが、どこか怪訝そうにこちらを見やるカミラに、アイシアは困った様に笑った。
「いえ、ごめんなさい。気を悪くしたかしら。あなたのその髪と瞳の色、この国では珍しいから…。ご家族にこの国ではない方がいらっしゃるのかしら。とても深い海のような色で綺麗なのね。以前からお見掛けするたびに、綺麗だなと思っていたの。」
「…ありがとうございます…。母が隣国の出です。王妃殿下がご結婚された時から侍女を務めさせていただいております。」
「まぁ、そんなに長く?カミラさんは優秀なのね。」
小さく頭を下げると、カミラは再び歩き始めた。
アイシアがまだ入ったことのない王妃殿下の私室のある王宮の奥へ進むと、外へつながる扉を開いた。
また陽が傾く前のため、外は明るい。
そのまま進むと秘密基地のような木々に囲まれた美しい白いガゼボが見えた。
「こちらは王族専用の庭園でございます。まもなく王妃殿下が来られますのでこちらでお待ちください。」
綺麗に整えられたテーブルには果物やお菓子が準備されている。
6人ほどが座れるテーブルなのに、どう見てもテーブルの準備がされているのは2席だけだ。
まさか王妃と二人なの…?
アイシアは無意識にドレスの中に隠したアメジストのネックレスをギュッと握る。
どうぞ、と椅子をひかれ、アイシアは席に着く。
「このままお待ちください。」
カミラが下がり、アイシアが一人になる。
なにかしら…。
王妃は何を考えているの?
お父様とルーファス様がいなくなっていきなり王妃と二人になるなんて。
美味しそうなお菓子だけど、口にするのは怖いわね…・
「ごきげんよう。」
カミラと共に王妃エリザベートがゆったりとした足取りでアイシアの元へ歩いてくる。
口元には笑みを浮かべながら、美しい琥珀の瞳を細めた。
アイシアが立ち上がり、挨拶をすると、軽く頷くと、王妃も席に着いた。
「こうして二人でお話するのは初めてね。前からあなたとはゆっくりお話したかったのよ。」
艶やかに光る唇が弧を描くと、ジッとアイシアを見つめた。
「お誘い頂きまして光栄です。」
差しさわりのない返事を返すと、ジッとこちらを見つめる王妃を見つめ返した。
美しい方だわ…。ヴァンシル殿下と同じ亜麻色の髪に琥珀の瞳、シミ一つない艶やかな肌に大人の色気を醸し出して、確か陛下の6才下だから、40近いはずなのに…。
ローズベリー殿下も陛下ではなく王妃に似てらっしゃるのね。
ローズベリー殿下は12才。これからもっとお美しく成長されるのでしょうね。
「ローズが迷惑かけてないかしら。あの子はあなたがとても好きみたいね。あなたの魔力操作はわかりやすいと褒めていたわ。」
「…それは…ありがとうございます…。ローズベリー王女殿下はとても優秀な方です。少しお教えするだけで、すぐにご理解されます。とても素直で愛らしく、いつか王妃殿下のように立派な淑女になるのだと頑張っておられます。」
「そう。」
フッと一瞬、優しい笑顔を見せた後、侍女の入れた紅茶を口にした。
ゆっくりとカップを置くと、周りに咲く美しい金色に輝く薔薇を見つめた。
「ここに咲く薔薇は珍しい品種なの。この王国ではここでしか咲いていない。陛下が私のために改良して作った品種なのよ。」
「とても美しいです。王妃殿下の瞳に似た、美しい黄金に輝く薔薇ですね。陛下はとても、王妃殿下を愛されていらっしゃるのですね。」
「…どうかしら…。ところで…あなたはご存じ?最近、聖魔法士が何人も行方不明になっていること。」
憂いを含んだ琥珀の瞳がふいにこちらを向いた。
「はい。聞いております。もしかして、父が…魔術師団が調査に出たのはその件でしょうか。」
「そうね。ジョゼット侯爵からは何も聞いていないのかしら。あなたも聖魔法を使うから心配でしょう。」
労わるようなその優し気な口調は、アイシアが予想していた様子とは違って、温かいものだ。
「今、この王国内にいる聖魔法を使える者が、何人も姿を消しているそうよ。そのため、私が行った聖魔法士の派遣が足りていないの。今日はあなたにお願いがあって呼んだのよ。」
「それは…聖魔法士としての私へのお願いという事でしょうか?」
「ええ、そうよ。王太子妃教育はしばらくお休みして、あなたに南のマグノリア教会へ行ってほしいのよ。今、あの協会は治療が全く行えない環境になっていて、魔物も多く出没している。第二王子が張った結界があるから、マグノリア教会には被害がないそうだから、王国近衛騎士を護衛につけるから行ってほしいの。」
感情の読めない金色の目がジッとアイシアの瞳の奥を見つめている。
これはお願いではない。
命令だ。
父やルーファス様のいないこのタイミングで…。
断れない状況でのお願い。
「…かしこまりました…。責任をもってお受けい致します。」
アイシアが頷くと、王妃は満面の笑みをその美しい顔に張り付けた。
フワッと溢れる王妃からの赤黒い魔力がジワリと広がる。
アイシアは視線を逸らすことなく、ニッコリと笑い返す。
「ありがとう。これからあなたの事はアイシアと呼んで良いかしら?息子の婚約者ですもの。これから仲良くしたいわ。」
「光栄でございます。なんとでもお呼びください。ただ、私は婚約者候補でしかありません。殿下には公爵家の素晴らしいご令嬢方がいらっしゃいます。ヴァンシル殿下は素晴らしい君主となる方。私では役不足ですわ。」
「フフ…。あなたは欲がないのね。アイシア、お茶をどうぞ。このお茶も隣国から仕入れた珍しいお茶なの。ヴァンからあなたが珍しいお茶が好きだと聞いたものだから、あなたのためご用意したのよ。」
侍女のカミラが用意したお茶を勧められ、アイシアは数秒逡巡した。王妃の用意したものは不用意に口にしたくはないが、あなたのために用意したと言われれば、飲まないわけにはいかない。
「いただきます…。隣国とは、ルースファレン王国でしょうか?」
北の友好国、ルースファレン王国は豊かな農業国だ。アイシアもルースファレン王国のお茶が好きでよく購入している。
「…いえ、違うわ。ノルン帝国よ。」
「ノルン…ですか?あの南の大国は、他国とは国交がほとんどないと聞いてますが…。」
「ええ。そうね。ノルンは長く閉鎖した独立国家でしたけど、最近、この国にも国交の申し出があってね。独自の技術で新しい道具や、食品を生み出してるようで、今、この国もノルン帝国との協定を詰めてる最中なの。ノルンとの協定が結ばれたら、モルディモア国以外の周辺国はわが王国の脅威ではなくなる。」
フフッと妖艶に笑う王妃はどうぞと、もう一度お茶を勧めた。
アイシアは目の前の紅茶に口をつける。
万が一毒を入れられていても、解毒すればいい。
口に含むと甘い香りがする。
「どうかしら?」
片眉を綺麗に上げて、首を傾ける様子は可愛らしくも見える。
「…美味しいです。甘い香りがしますね。」
「そうなのよ。これは寒い雪山にしか咲かない花で作られたお茶よ。厳しい環境で、自身を甘く綺麗に咲かせる力を持つ花。」
「なんという名前の花ですか?」
「ソレンタールというそうよ。一度は見てみたいわね。綺麗な菫色の花だそうよ。」
「そうなんですね。だから、このお茶も綺麗な菫色なんですね…。」
ルーファス様の瞳と同じ色…
それから3日後、アイシアは南のマグノリア教会へと向かうこととなった。




