それぞれの思い
サッととアイシアを連れて、近くのバルコニーに出ると、ルーファスは振り向き、顔を覗きこむ。
「怪我は?」
心配そうに眉をひそめて、見つめるルーファスの様子に、アイシアは驚いていた。
「大丈夫です…!私には何も起きてません。」
力をこめて伝えると、強張ったままのルーファスの体から力が抜けた。
「良かった…。あれがワインで良かった。あれが万が一武器だったりしたら…。」
想像しただけで、吐き気を感じる。
アイシアへ渡したネックレスには、中央のアメジストの周りに魔石を配置しいくつかの魔法を付与している。
悪意のある攻撃からの結界。
今いる場所がわかる位置確定の魔法、
魔法攻撃からの回避。
先ほどは悪意ある攻撃からの回避という形で結界が発動した。
ワインはかからなかったが、付与した魔法の発動には限りがある。こんなことで魔法がたびたび発動して、肝心な時に使えなくなってしまったら…。
保護魔法も完ぺきではない。魔法攻撃には強くても、全ての物理攻撃には対応しきれない。
いっそ、自分だけを狙ってくれる方がどれほど良いか…。
不安げに瞳を揺らすルーファスに、アイシアは安心させるように微笑んだ。
「大丈夫ですよ、ルーファス様。さっきのは、ルーファス様の魔法で守られたのですよね。
ありがとうございます。でも、私は平気です。心配しないで…。」
先ほどの令嬢は、大方嫉妬や、私の悪女とやらの噂に翻弄されたうえでの行動なのではと思う。
それにしても先ほどのルーファスの様子は、いつもの優しくて穏やかな普段の様子と全く違った。
空気が張り詰めたように凍り付いて、刺すように冷たい声と瞳。
少し騒ぎもあったし、王妃は、今日は動かないだろうと直感した。
王妃が期待をよせるヴァンシル殿下の、婚約者候補のデビュタントの日に、なにかあれば殿下の顔に泥を塗ることになりかねない。王妃は狡猾ではあるが、愛情深い母親でもあると、アイシアは常々感じていた。
事実、ヴァンシル殿下や、ローズベリー王女殿下を見てもわかる。
二人ともとても真っすぐで公正で優しくそして常に正しくあろうとする。
国民のためを思い、国民に尽し、王国に住む人々の模範となれるようにと日々努力を重ねている。
それほど真っすぐに育つのは、ひとえに愛情深く王妃が子供たちを教え、導いてきたからだろう。
ローズベリー王女殿下も、母親である王妃を慕っていて、尊敬しているのだと嬉しそうに話してくれる。
聡明で美しい王妃、エリザベート。
違和感があるのだ。
これほどしっかりと子供を育てることが出来るような方が、なぜ同じ子供を蔑ろに出来るのか。
もちろん、自分の血を分けた子供は違うのだろうが、それでも、母親である以上、子供を持つ母の気持ちも、命の重みもわかるはずなのに。
王妃の周りを覆う赤黒い禍々しい魔力は、元はこんな色ではなかったのではないかと思う。
あの方が王妃になってから、この王国の医療が発達した。
教会での聖魔法での活動はもともとあったのだが、それは主に貴族専用であって、下級の者や平民には到底手を伸ばすことは難しいほど高額であった。
この国は聖魔法を使える者が比較的多く生まれる傾向にあるが、魔力があっても使い方がわからないまま何もできずに終わる者も多かった。
それを、王妃は聖魔法が使える者たちを平民からも集め、無償で教育したあと、生活の保障をする代わりに、平民が多く住む下町や辺境の村へ派遣したのだ。
教会には平民は格安で診てもらえるよう制度を整えたおかげで、いまでは貧しい者も医療を受けることが出来るようになった。
もちろん聖魔法も、使い手によってその効果は様々なため、ひどい怪我や病気には魔力が高く聖魔法の力の強い者でないと対応できない事もあるため、アイシアは定期的に様々な教会へ赴き、活動している。
王妃はもともとは善良な方だったはずなのだ。
「ルーファス様、戻りましょう。今日はあなたの初の公式の場。様々な方とお会いして、見聞を広めましょう。あなた自身を守るためにも、ジョゼット侯爵家以外にも味方は必要です。」
「…ああ。そうだな。でも、気を付けてね、シア。」
優しげにアイシアを見つめ、小さく笑うと、会場に戻る。
父であるジョゼット侯爵が会場に戻るとすぐ近くに待機してくれていて、安心させるようにこちらを見て微笑んだ。
ルーファスとアイシアはジョゼット侯爵と合流して、交流をはかった。
ジョゼット侯爵がそばにいると流石なもので、この国の重鎮達と顔を合わせることになる。
しばらくすると先ほどのジークフリートが宰相を連れて挨拶へ来た。
「ルーファス第二王子殿下、お初にお目かかります。宰相を担っております、ゲイリー・モルディールと申します。」
茶色の髪に若草色の瞳が、ジャスミン様とよく似ておられるわ…。
アイシアが隣で頭を下げつつそっと観察する。
婚約者候補の一人であるジャスミン様の父上であるモルディール公爵だ。
かなりの切れ者として有名で、国内4大公爵家の一人である。
ジャスミン様と同じで、魔力は少ないが、知識量はその右に出る者はいないと言われる天才だ。
「あなたが、天才、モルディール公爵ですね。」
ルーファスは表情を動かすことなく、宰相を見つめた。
「いや、お恥ずかしい。噂とは中身を伴わないものが多いものですよ。殿下こそ、この度はサルム山への広範囲の結界魔法、誠に素晴らしく、感謝しております。あの結界のおかげで、このフェイレイ王国は西の脅威がなくなり、どれほど助かったかしれません。この国は強国に囲まれた小さな国です。あなたの魔法が今後どれほどこの国を発展させ、平和に貢献するか楽しみでございます。」
微笑みながらも、鋭く観察しているかのように、目が笑っていない。
お互いに相手がどういう存在になりえるのか、探り合っているようだ。
モルディール公爵家は、代々宰相を務める家門であるが、幼いときから英才教育が徹底していると聞く。
ジャスミン様にはアイシアと同じ年の弟がいらっしゃると聞くが、幼い時から天才と言われ、まだ16歳という若さで、ヴァンシル殿下の側近としてひかえられている。
ヴァンシル殿下からも何度か話を聞いたことがある。
「たしかご子息はジュリアス殿でしたか。公爵に似て優秀だそうですね。」
ルーファスの言葉に公爵は愛好を崩した。
「ありがとうございます。まだまだ、若輩者ですが、ヴァンシル殿下に側に置いて頂き、、勉強中でございます。」
そう、ジュリアス様だわ。
何度か遠目に見たことがある。
ペネロペ様のお兄様のエリオット様と、ヴァンシル殿下、そしてジュリアス様がよく一緒にいらっしゃる。
黄色に近い茶色の髪、目はアイスブルーで、お母様であるモルディール公爵夫人に似ているそうだ。
優しげな顔で、線の細い方だか、若いのに落ち着いた雰囲気を醸し出していらっしゃる。
ヴァンシル殿下が頼りにしている側近の1人だそうだ。
「ルーファス第二王子殿下は、王太子殿下とは良い関係だと伺っておりますが…。あなたが複雑な生い立ちであることは理解しております。実際はどのようにお考えでしょうか?」
アイシアはハッと公爵を見つめた。
直球なのね。
公爵はルーファス様がこの先の未来、どうなりたいと考えていらっしゃるか、確認したいのだわ。
「それは…。どう答えればご満足でしょうか。実は恨んでいて、王太子の立場を奪うつもりだとでも言えばよろしいのですか?」
淡々と返すルーファス様は相変わらず無表情だ。
「いえ…、失礼を承知でお伺い致します。
貴方はこの国の味方であるのか、敵となりうるのか、私が危惧しているのはそれだけです。」
真摯にルーファスを見つめるゲイリーは、この国の宰相としての威厳が見える。
しばらくゲイリーの目を見つめて、ルーファスは小さく息を吐いた。
「私は隣国ガルシア帝国の王家の血をひいてますが、かの国に対する愛国心はありません。私の今までを知ってらっしゃるであろうあなたにはわかっていると思いますが、この国にも何の感情も持っていません。愛国心も、その逆もない。ただ…自分が大切だと思う人達の大事なものは守りたいと思う。私が今までにしたことは、ただ、そのためだけにあります。」
「国というものに興味がないと…。あなたは第二王子という立場にございます。」
ゲイリーがルーファスを見据える。
「ないですね。もちろん、王位にも興味はないので、その辺の諍いを心配されるなら必要ない。いまさら第二王子という立場を私に求めないでください。第二王子という扱いをされたことがないので、その立場だけを求められてもお答えできかねます。ただ、兄上は…良き王となると思う。兄上が作る王国は見てみたい。それが見れる立場ではありたいと思う。」
「そう…ですか…。」
ゲイリーの険し気な表情が一変して、穏やかに笑みを浮かべた。
「あなたの能力は未知数であるため、あなたという存在を危惧する者も少なくない。でも、私はあなたを信じましょう。」




