魔法で守られてます
演奏が終わり、ダンスを終えると、ヴァンシルはアイシアをルーファスのいる場所へ送り届けてくれた。
「デビュタント、おめでとう、アイシア嬢。この後も楽しんで。」
フッと優しく笑うと、ルーファスに後は頼むと伝え、傍にいたペネロペに声をかける。
「すまない、王妃より厳命で、次はクロエ嬢と踊らないといけないんだ。」
「わかっております。ヘリオット公爵家を敵に回すほど愚かではありませんから。」
安心させるようにニッコリとヴァンシルへ微笑むペネロペは、まるで長年支えている妻のようだ。
「助かるよ。エリオットも後で。」
ヴァンシルはホッとしたように笑うと、そのままクロエ嬢をエスコートしにその場を離れた。
「シア、何か飲む?」
「はい。実は緊張していたので、喉がカラカラなのです。」
「何か取ってくるから、待っていて。」
そういうと、ルーファスはグラスが並んだテーブルへ向かう。
手渡しで渡される飲み物は受け取らないと、はじめに決めていた。
「アイシア様はダンスがとても上手でいらっしゃるのね。みんなうっとりとご覧になっていましたわ。」
ペネロペに褒められ、アイシアは嬉しそうに笑う。
「ありがとうございます。でも、実はちゃんと踊ったのは今日が初めてなのです。ヴァンシル殿下が上手にリードしてくださって何とか踊り切りましたわ。今日はかかとの高い靴を履いたので、もうすでに足が痛いです。」
「ではもう、踊られないのですか?せっかくお誘いしようと楽しみにしていたのですが。」
エリオットが残念そうに声をかけてきたため、アイシアはまぁ、そんな…。と恐縮する。
エリオットは次期公爵で、王太子の側近だ。
見た目も整っていて、令嬢に大人気であるため、ここでエリオット様とも踊ったりなんてしたら、また、変な噂が広がりそうだ。
「お気遣い、ありがとうございます。でも、私は社交もダンスも苦手ですし、今日はもう失態をおかさないよう、大人しくしております。」
茶目っ気たっぷりに答えると、アイシアはテーブルで飲み物を貰って戻るルーファスを見やった。
ちょうどその時、数人の令嬢が、ルーファスに話しかけているところで、頬を染めて一生懸命に話す令嬢達の様子に、胸の中がキュッとなる。
対するルーファスはいつも以上の無表情で、何事かを答えるとすぐにこちらを向いた。
少し離れたところでアメジストの瞳と視線が合う。
瞬間、ルーファスの目が見開いた。
「シア!後ろっ…!!」
え…
ゆっくりと振り向いたアイシアの目にこちらに向けられたワイングラスが自分に向かって傾いてくる様子がスローモーションのように映った。
あ…かかるっ…
思わず目を瞑った瞬間
「キャァッ!!」
自分ではない、悲鳴が聞こえた。
目を開けると、目の前に焦げ茶色の肩で切りそろえられた髪を揺らした令嬢がワインを被って美しいピンクのドレスを赤く濡らしていて、
その横に立つ長いオレンジの髪の巻き毛の令嬢が空っぽになったワイングラスを持ったまま呆然としている。
あれ、私に向かっていたはず…
アイシアが驚いて瞬くと、オレンジの髪の令嬢がアイシアとワインをかぶった令嬢の間で視線をさ迷わせて、嘘…とつぶやいた。
「大丈夫ですか?大変、ドレスがっ…。」
アイシアは急いで、ワインをかぶった令嬢にハンカチを差し出した。
まだ始まったばかりなのに、このドレスじゃ…
呆然としたまま、泣きそうになっている令嬢に近づくと、アイシアはドレスにそっと手をかざした。
ほんの少しだけ水魔法が使えるアイシアは雨で濡れたときに乾かす時の様に、小さく呪文と唱えながら、ドレスから水分を浮かび上がらせる。
ダメだわ。水分は浮かばせられてもワインの赤が残ってしまう…
「シア。これ、持ってて。」
真横から聞こえた声に顔を向けるとすぐ真横に飲み物を持ったルーファスがいて、グラスをこちらに差し出した。
思わずそのグラスを受け取ると、ルーファスが手をその令嬢にかざした。
するとワインのシミが浮き上がり、パンッと空気中に消えた。
周りで様子を見ていた貴族たちが歓声を上げる。
ドレスのシミが消えてホッとしたように、ピンクのドレスの令嬢がルーファスに向けて頬を染めた。
「ありがとうございます。ルーファス第二王子殿下…。」
我に返ったように、オレンジの髪の令嬢もルーファスに向かって感激したようにお礼を言う。
「まぁ、なんて素晴らしい魔法でしょう!ふらついて友人を汚してしまってどうしましょうと、おろおろしていましたが、ルーファス第二王子殿下のおかげで助かりました。どうか、お礼をさせてください。」
二人に口々にお礼を言われているのに、ルーファスは無表情だ。
アイシアが心配そうに見ていると、いつもは優しい声のルーファスから、底冷えするような冷たい声が聞こえた。
「いま、アイシアにむけてワインをかけようとしていたね。」
ギロッと睨まれ、令嬢達が声を失った。
「アイシアがかからなかったことが不思議でしょう。バレないと思ったの?
僕はずっと見てたよ。これ以上、何かするつもりなら、正式にご両親へ抗議をいれさせてもらう。」
「も…申し訳…ございません…。」
ガタガタと怯える様に謝る二人に踵をかえし、ルーファスはそのままアイシアの肩をつかむとその場を離れた。
へぇ… 保護魔法か…。
よほど大事なのだろう…。
よほど…。
エリオットは間近で見ていたその様子思い出し、うっすらと笑った。




