弱点
なんとか挨拶は済んだ。
今日が何事もなく終わればいい…。
アイシアは祈るようにルーファスの腕に添えた手に力を入れた。
「大丈夫だよ、シア。僕が守る。それに、さすがにこんな大勢の場で何かが起きることはないだろう。」
「そうですよね…。」
王と王妃への挨拶の列が続く中、デビュタントの女性が集まり始める。
白地のドレスを纏った令嬢達が緊張の混じった様子で、共に踊る予定の男性にエスコートされながら中央に集まり、ダンスの始まりを待つ。
「アイシア嬢。」
よくとおる声がして、アイシアが振り向くと、ヴァンシル殿下が微笑んでいる。
「いこうか。ルーファス、アイシア嬢のエスコートをありがとう。君もダンスを楽しんだら良いよ。令嬢達が熱い眼差しを君に送っているのがわかるだろう?」
悪戯っぽく笑うと、周りを見渡す。
赤く頬を染めながら、期待に目を輝かせる令嬢達がキャーッと歓声をあげる。
「いえ、僕は…ダンスは踊りません。シア、ここで待ってる。」
心配げにアイシアを見つめるルーファスに、安心させるように笑いかける。
せっかくの夜会、ルーファス様にも楽しんでもらいたいなとも思う。
「アイシア嬢。お手を。どうかこの私に貴方とご一緒する喜びと最大の名誉を与えてください。どうか私と最初のダンスを踊っていただけますか?」
「はい、喜んで。」
演奏が始まり、みんなの視線が集まる中、ヴァンシルとアイシアは踊り始めた。
練習以外でダンスを踊るのは初めてで、少し緊張していたが、、殿下はとても上手で全てアイシアに合わせてくれている。そのお陰で間違うこともなく、とても楽しく踊れている。
「私、こんなに上手に踊れたのは初めてです。」
「それは良かった。楽しい?」
「ええ、とっても。殿下はダンスがとても上手なのですね。今日はみんなに殿下の足を踏まない様にと散々言われましたのよ。でも今日は大丈夫そう。」
「ハハッ。アイシア嬢が踏んでも軽いから大丈夫だよ。」
「あら、今日のヒールの高さを見てからおっしゃって下さい。」
するとわざと怯えた表情を見せるヴァンシルに、アイシアはフフフッと声を出して笑った。
くるり、くるりと華麗に踊る2人を、会場中が見つめている。
王妃エリザベートは楽しそうに踊る2人を見つめる、ルーファスを食い入る様に見ていた。
表情を消したまま、2人を見ているルーファスの目によぎる寂しげな光を見てとると、ゆっくりと口角を上げた。
今日の夜会にあの女の息子が来ると聞いて、どれほど叫び出したい程の思いをしたか。
確実に疑われることなく、あの子供を苦しませて始末するつもりだった。生まれてきたことを後悔するほど、長く苦しませて自ら早く死にたいと思うほどに、ゆっくり、ジワジワと弱らせ孤独に。
幸運な事に、魔力量が多すぎて生まれた時から周りに人が近寄れなくて、これ幸いと、幽閉してやった。
あの女も一緒にゆっくり苦しませて殺してやるつもりだったのに、あっけなくあの女は死んでしまった。
憎しみは消化されず、その怒りはあの女の子供へそのまま向かった。
他国から手に入れた、この王国では未知の毒を食事に混ぜ、ゆっくりと確実に弱らせ死に至るはずだったのだ。
それを…。
あの少女が…
愛する息子と踊るあの生意気な少女が全てを台無しにしたのだ。
許さない。
何度か送った刺客はルーファスには通じなかった。
余計なことをするジョゼット侯爵もまたしかり。
そもそも王国最強と呼ばれるほどの魔法と剣の才があるあの侯爵にかなう刺客がいるはずもなく、目標を変えざるをえなかった。
あの生意気なアイシア嬢をヴァンシルの婚約者にしたのはただ、あの女の子供から引き離したかったからだ。
でもそれは正解だったようだ。
ルーファスの最大の弱点はあの少女だ。
苦しませ、死にたくなるほどの地獄を与えてやる。
ようやく手に入れた大事なものを奪われる恐怖を、地獄を、お前にも与えてやる。




