兄弟 2
あれからルーファス様はいつも通りの様子で、気になりながらも、アイシアは何も言えないまま、当日を迎えた。
昼を過ぎてしばらくすると師団本部からルーファスがもどり、アイシアと一緒に軽く昼食をとる。
その間も、いつも通り口数は少ないものの、アイシアへ向ける優しい笑顔はそのままだ。
しばらくして、屋敷の前に紋章のない馬車が到着し、執事のバーニーが王太子様の来訪を告げた。
来客室へ通されたヴァンシルは緊張感を感じさせる生真面目な表情でアイシアとルーファスが入室する様子をじっと見つめていた。
自宅にいるせいか、いつもより幼く見えるアイシアの後、ゆっくり入室してきた、月の光のような銀髪に、深いアメジストの美しい瞳の儚げな美少年に目を見張る。
これは…。
美姫として名高い隣国ガルシア帝国のアイリーン姫は、父であるらんべるくあ国王が一目で恋に落ちたというほど、儚げで妖精のように美しい姫だったというが、母に似た容姿だと聞いてはいたが…。
「王太子殿下、ようこそお越しくださいました。」
アイシアが挨拶をすると、後ろでルーファスが頭をさげた。
「いや…、こちらこそ、今日は時間を貰ってすまない…。
君がルーファスか。顔を上げてくれ。私はヴァンシル。君の…兄だ。」
兄だと言うときに声が震えた。
ゆっくりと顔を上げて、長い前髪の間からまっすぐにルーファスは初めて会う兄のヴァンシルを見つめた。
背が高く、健康的で鍛えているとわかる、ほどよく筋肉がついた体。亜麻色の髪に金色に近い琥珀の瞳。精悍さと17歳の少年っぽさが混在した美しいまさに王子という見た目だ。
絶世の美女だと謳われる王妃に一番似ていると言われているだけあって、誰がどこから見ても堂々とした貫録のある美丈夫だ。
「…ルーファスです。兄弟なのに、お会いしたのは初めてですね。」
「…っ…。ああ。そうだな…。」
そのあとプツリと会話が途切れ、何とも言えない空気が漂う。
アイシアは空気を変えるように明るく声を上げた。
「お二人とも座りませんか?美味しい紅茶が手に入ったのです。すぐにご用意しますね。」
合図をすると、すぐにメイドがティーセットを乗せたカート押して入室し、準備を始める。
すぐに紅茶のいい香りが広がった。
「メイナ、ありがとう。あとは私がするわ。」
アイシアがメイドを退出させて、王太子を奥のソファーへ、テーブルを挟んだ向かいの一人掛けの椅子へルーファスを案内すると、アイシアはルーファスの横へ座った。
「どうぞ。北のルースファレン王国から取り寄せた、お茶なのですが、柑橘の爽やかな香りがして、すっきりするので最近のお気に入りなのです。」
アイシアが勧めると、
「ありがとう、頂く。」
ヴァンシルは素直にカップに口をつける。
「美味いな。ルースファレン王国は色んな新しい茶葉を品種改良していると聞くが、これは初めて飲む。香りも好みだ。」
ホッとしたようにフワリと笑うと、アイシアは隣で静かに座っているルーファスに目線を移した。
「ルーファス様も。前に勧めたドリレの実のお茶は苦手だっておっしゃってましたが、こちらは大丈夫ですよ。」
フフッと思い出すように笑うとルーファスはバツが悪そうにカップを持つ。
「ドリレの実って?あの苦い果物か?」
ヴァンシルに問われ、ルーファスがその味を思い出すように苦い顔を見せた。
「ええ。体に良くて、疲れが取れると言われているんですが、私はその苦みが意外とはまるのですが、ルーファス様はダメだったようで…吹いちゃいました。」
クスクス思い出して笑うアイシアにヴァンシルはフッと笑顔を見せた。
「そうか…。私もあの果物は苦手だ。今日のお茶がそれでなくてよかったよ。」
「さすがに王太子殿下にいきなりは出しませんよ。」
「いきなりじゃなかったら出すのか…。」
少し怯えたような顔をしたヴァンシルにアイシアはニッコリと笑った。
その様子を見つめながらルーファスは静かにカップをソーサーに戻した。
「その…今日はどうして僕に会いに来られたのでしょうか?」
ヴァンシルを見つめる瞳はとても静かで、感情の揺らぎも見えない。
ただ、淡々とした問いかけだった。
アイシアと談笑していたヴァンシルはルーファスに視線を向けると小さく息を吐いた。
「あぁ。そうだな。本当は自分から会いに行くつもりはなかったんだ。だけど…、以前婚約の顔合わせの時にアイシア嬢に言われたことがずっと心に引っかかっていた。」
まっすぐにルーファスを見つめる金色の瞳は強い光をたたえている。
「アイシアはなんと?」
「…。なぜ、今まで弟である君と会ったことがないのか。会わないことをなぜ不思議に思わなかったのか、と。正直、君は私にとって弟という存在ではなかった。ただ、物語の話を聞くように、その存在を知っていただけだ。そう、思わされていたのだと初めてその瞬間気づいたんだ…。
私は生まれた時から王太子として、この国のために、様々な教育を受けてきた。努力を怠ったことはないし、自分でも真面目に取り組んでいるつもりだった。公正に、人の甘言に惑わされることなく自分の目でしっかりと見て、考えて…そう出来ていると思っていた。」
ルーファスからアイシアへと視線を移すとヴァンシルは皮肉気に笑った。
「とんだ思い上がりだった。アイシア嬢、君に言われて自分がいかに狭い世界で生きているのかと恥じた。この1か月、ずっとそれが心に残ったままうまく呼吸が出来ないような不思議な感覚があって、ちゃんとルーファスと会って話したいと思った。」
「そうですか…。」
感情の見えない平坦な声だ。
「それで会った感想はどうでしたか?兄上。」
ヴァンシルは一度ギュッと唇と閉じると、フウっと小さく息を吐いた。
「正直、弟だという実感はまだない。父にも似てないしな。でも、魔力の波長が合うのか不思議と穏やかな気持ちだ。反対に聞きたい。ルーファス、君は私を恨んでいるか…?」
はっきりとした口調に、アイシアはヒュッとなる。
一瞬、驚いたように目を見開いたが、ゆっくり静かにルーファスは口を開いた。
「いいえ。あなたに対して何かを願ったことも期待したことも、もちろん恨んだこともありません。ぼくは、ただ、不要で不快な存在として誰からも必要とされない厄介な存在としてそこにあるのだと思って生きていただけです。」
「…今は…?」
「今は…そうですね…。僕を大切にしてくれる人達を…僕が大切に思う人達を守る力が欲しいです。そのためにする努力は楽しい。」
そういうと、ルーファスはアイシアを瞳に映した。
アイシアはルーファスをまっすぐに見つめるとキュッと唇を嚙み締めた。
それがどれほど難しく、大変なことかわかっている…。
「……ずっと聞きたかった。ルーファス、君は体が病弱で寝たきりだと聞いていた。それがなぜ急に回復しいたのだ?アイシア嬢と初めて会ったのはいつだ?」




