兄弟
ヴァンシル殿下がルーファスに会いたいと言ってくれるなんて…。
エリザベート王妃の指示で動くような方ではないと思うので、本当にご自身で思ったのだろう。
「わかりました。今日、帰ったらルーファス様に聞いてみます。
王太子殿下のご予定はいつ頃がよろしいですか?」
「アイシア嬢とルーファスの時間があいていれば、出来れば5日後の午後に侯爵家へ伺いたい。申し訳ないが、今回は事前の連絡はなしで…その日は内密で会いたいのだが…。母上には知られたくない。」
決意を秘めたように見える強い琥珀の瞳が揺れている。
やっぱり、似てるなぁ、なんてぼんやり思いながらアイシアはまた明日、お返事しますと言ってそのまま退出した。
ルーファス様はなんて言うだろう…。
どこか、ヴァンシル殿下を気にされてるような言動が多いし、今まで一度も会ったことがないから、兄上がどのような方は知らない。だから、気を付けてと、婚約者候補に決まってからはことあるごとに心配されている。
この一か月の間、王太子殿下に会って話したのは数えるほどだが、噂通り、清廉で正義感と責任感の強い真面目な方だと感じた。
一度会えば、ルーファス様も殿下も、お互いのことがわかって、もしかしたら仲良くなれたりするかもしれない。でも、逆に相容れなかったら…。
帰りの馬車でずっと考えに耽っていたようで、御者から声をかけられて初めて屋敷に着いていたことに気付く。
迎えに出てくれていた執事のバーニーの手を借りて降りると、庭の木の下にルーファス様が立っているのが見えた。
何をしているのかしら…?
屋敷を見上げながら、手を上げて何か魔法をかけたのがわかった。
キラキラ虹色の魔力が一気に屋敷全体を包むように広がり、そのまま吸い込むように消えていく。
アイシアがジッと見ていると、バーニーが同じようにルーファス様を見ながら教えてくれた。
「ルーファス殿下はこの屋敷に結界を張るとおっしゃってました。なんでも、屋敷の中の者に害をなそうとする者を入れないようにする結界だとかで、帰ってから何度も試されてます。一度目はなぜか男性だけが入れないようになってしまって、私もはじかれました。」
フフッと笑う執事のバーニーはどこか微笑まし気にルーファス様を見ている。
この屋敷の者は皆、枯れ木のような細い体でここに連れられてきた第二王子を、とても大事に思っている。
バーニーはどこか孫を見るような優しさでいつも傍に付き従ってくれていて、ルーファス様がアイシアとアーサーの次に心を許したのがこの執事だ。
ふと、ルーファス様がこちらに気付いて走り寄ってくる。
「おかえり、シア。」
優しい笑顔で迎えてくれるルーファスに嬉しくなり、アイシアも精いっぱいの笑顔で答える。
「ただいま戻りました。ルーファス様。今のは?」
「たぶん、成功したよ。屋敷全体に結界を張ったんだ。害を為すために近づくと結界が発動する。まぁ、実際にそんな者が来てみないことには成功かは確認できないんだけど。」
「すごいわ。そんな結界聞いたことがない。魔獣に対する結界は、魔獣の中にある魔石に反応して発動するようになっているからなんとなく原理はわかるけど、、人の感情に対する結界だなんて、どうやって…。」
ワクワクと目に見えて好奇心いっぱいな様子に、バーニーもルーファスも苦笑いをする。
「精神に干渉できる闇魔法なら出来ないかと、色々試してみてたんだ。普通の結界に闇魔法を加えて術式を展開してみたんだ。まぁ、まだ絶対かはわからないんだけど。」
屋敷に歩きながら、盛り上がる二人に付き従いながら、バーニーはこの穏やかな風景が続くことを願った。
夕食後、いつものように、お茶を飲みながら、アイシアは思案していた。
どんな反応をするだろう…。
「シア?どうした?疲れたの?」
いつもより静かなアイシアに心配そうに顔を覗き込まれ、思わずビクッとしてしまった。
「あ…、違うんです…。ルーファス様、その…お話があります。」
アイシアは姿勢を正すとまっすぐにルーファスを見つめた。
「ヴァンシル王太子殿下が、ルーファス様に会いたいとの事です。」
深いアメジストの瞳を見開いたまま、ルーファスは動きを止めた。
…
「ルーファス様?大丈夫ですか?」
見つめたまま、心配そうにアイシアはルーファスの手に自身の手をのせる。
「…ああ…。大丈夫だ。」
手のひらを逆にむけて、アイシアの手を握る。
「シアが言ったの…?」
「え?」
「兄上に、僕と会うように、シアが言ったの?」
「あぁ…、違います。いえ、初めての顔合わせの日に、確かに言ったかもしれません。でも、今日、王太子殿下が私のところに来られて、私に立ち会って貰って会う時間を作って欲しいとおっしゃられました。王妃様にも内密でとの事でした。」
「そうか…。」
しばらく沈黙が続いたあと、わかった、と小さく答えた。
いつもはわかりやすいのに、今はルーファス様の感情が見えない。
やっぱり、不安だろうか。
自分に毒を盛り、亡き者にしようと生まれた時から幽閉してきた王妃の息子で、半分血の繋がった兄だもの。
生まれて16年、一度も会ったことのない兄に会うのはどれほど精神的に負担がかかるのだろう…。
「5日後の午後にこちらへいらっしゃるとの事でしたが、ルーファス様、お時間大丈夫ですか?私はその日は王宮へ行くのはお休みですので、大丈夫ですが…。」
いまだに握られたままの手にギュッと力が入る。
「大丈夫。作るよ、時間。侯爵に伝えて、その日は僕も昼には戻るようにする。」
どこか考えが読めない表情でこちらを見ると、そっと立ち上がり、今日はもう休むねと、そのまま出て行ってしまった。
残されたアイシアは不安と心配を胸に、しばらくルーファスが出て行った扉を見つめていた。




