19
「無理やり暴かれるのと、自ら晒すのと、お前はどちらを選ぶ」
ユーシェが隠したがっているものは、分かっていた。いくら貴族でないとはいえ、女は、それを隠したがるものだろう。見られることを嫌がるのは当然だ。
酷な選択を迫った自覚はある。ユーシェは、寝台の上で目を丸くして固まっていた。何も知らない娘が、寝台の上であんな酷い言葉を投げかけられればそうなるだろう。
だが、そうでもしなければ、ユーシェは決められないと思った。ただでさえ、身分や些細な事を気にしている。けれど、一番気にしているのは、この手で隠している肩なのだろう。
「ユーシェ」
もう一度ユーシェの左手に俺の左手を重ねると、ユーシェの身体はびくんと震えた。ゆっくりと瞬きをし、再び俺と目が合う。
「…わ…、私…が…」
ユーシェの頬を涙が伝った。俺が手を離すと、ユーシェは震える手でゆっくりとガウンを開き、身につけていた夜着の右肩の部分をずらした。
顔を背け、ぎゅっと目を閉じカタカタと震えるユーシェをすぐに抱きしめたいと思ったが、グッと我慢をし、露わになった右肩に目をやる。
そこにあったのは、引き攣ったような皮膚の盛り上がり。古い、矢傷の跡だ。
そっとそこに指を沿わせると、ユーシェは更に身体に力を入れた。
「これは、俺がお前を守れなかった跡だ。お前が気に病むものではない」
10年前、ユーシェは絶命した母親の身体の下で、右肩に矢を受けていた。矢は、俺の目の前でユーシェに射られた。それを阻む事は、できなかった。
「そんなっ!私は陛下に命を救われました。守っていただきました!」
驚きに満ちた目でユーシェはもう一度俺に視線を合わせた。
「だが、お前は傷ついた。その傷跡は、今もお前を苦しめているのだろう?」
「それは…っ、ですが…」
「別れてから、一人で寂しくなかったか。傷は、すぐに治ったか。夜、魘されなかったか」
10年前、ユーシェの傷が治る前に、俺たちは別れざるを得なかった。進軍しなければ、国は守れなかったのだ。あの時、ユーシェのために数日駐留したことは、軍にとっても国にとっても大いに意味があった。けれど、あれ以上留まることはできなかった。ユーシェの体調が落ち着き次第、孤児院に移動するよう手配をするのが、精一杯だった。
けれど、気になっていた。
夜毎うなされていたあの少女は、一人で眠れているだろうか。熱は、もう出ていないだろうか。声は出るようになっただろうか。
戦後処理の忙しさで思い出すことは減っていたが、ずっと心の中に引っかかっていた。けれど、どこの孤児院にいるのか、探すことはしなかった。あの時、少女に自分の身分を明かすことはしなかった。今更それを明かしたところで、どうすることもできないことは分かっていた。少女の身請をできるわけではない。王宮に孤児を入れることで窮屈な思いをさせるくらいなら、孤児院の待遇を変えて、外の世界で生きて行く方がいいだろうと思った。
そして、少しずつ、忘れていった。
「さみし…かったです…。お別れしてからしばらくは、寂しくて、泣いていました…」
ユーシェの黒い瞳に涙が浮かんでいた。
「ですが、それまでは陛下がずっと一緒にいてくださったから…。魘された夜はずっと背中をさすってくださって、熱の下がらない日は額に冷えたタオルを当ててくださったり、汗を拭いてくださったり、お食事を食べさせてくださったり、一緒に食べてくださったり。大切な時間を頂いて…、大丈夫だって何度も言って頂いたので、別れてからは魘されませんでした。陛下のご無事を祈るのに必死だったので、嫌なことを考えずにいられたのだと思います」
泣き笑いのような困った顔をして、ユーシェは俺を見上げていた。
「そう…か…」
「これは…私が…陛下に守っていただいた…証…です…。傷を見た人が、悲しそうな、辛そうな顔をするので、隠していた方がいいと思っていたんです。だから、私は…この傷のせいで苦しいと思ったことはないです。陛下と私を繋ぐ唯一のものだったので…、私は…大切に思っていました…。女なのに、おかしいですよね…」
「そんなことはない」
女は、無垢であることが好まれる。清らかで、美しいことが良しとされるのが実情だ。だから、消えない傷を持つ女は、嫁ぎ先に苦労する。
傷を大切だと言う女は、そうそういない。
「陛下は…これを見て悲しくなりませんか…?」
ユーシェが不安そうに俺を見上げていた。
あぁ、そうか。傷が醜いから隠して見せないのではなく、傷を見た者に嫌な思いをさせたくないから隠していたのだな。こんな傷を負って尚、思うのは他の人間のことなのだ。これは、弱くなどない。想像以上に強い娘だ。
「お前が悲しくないのならば、俺も悲しくはない。だが、それを大切だと思われるのは悔しくもある。何か、お前に持たせてやれば良かったと、そう思う」
全てを失った時の傷をそんな風に思い続けるのなら、宝石でも装飾品でも何かを持たせてやれば良かった。残るものを持たせるのは良くないだろうと軽く考えていた事が悔やまれる。
「私が…勝手に覚えていただけなのです。勝手に、思っていただけなのです…」
「ユーシェ…」
「ですから、陛下が気に病むことなどな…きゃっ」
笑って言葉を紡ぐユーシェを遮り、肩の傷に唇を落とす。ピクンと体を震わせ、驚きの声をあげたユーシェは、ぎゅっと目をつぶっていた。そして、ゆっくりと目を開け、驚きの顔で俺を見た。
「な、何…を…」
「お前は、かわいいな」
「え…、あの…」
「お前はいちいち全てがかわいい。だから、傍に置いておきたい。俺は、お前が好きだ、ユーシェ」
「へ…いか…?」
「ユーシェ、お前が好きなんだ。分かるか」
「…っ」
ユーシェはじわじわと顔を赤くし、両手で頬を押さえた。それすら愛しく思えてくるんだからしょうもない。
ユーシェの両手を頬から剥がしてシーツにゆっくりと握り、唇をそっと重ねた。
「俺のものに…なってくれ」
私の頭が…暴走気味です…




