20
何度も、何度も何度も会いたいと思った。寂しい夜は何度も思い出し、夢を見ては涙を流した。私の心の半分は、きっとあそこに置いてけぼりになったのだと、諦めてさえいた。そうしなければ、涙を止められなかったから。
夢にまで見たその人は、当然ながら10年分歳を重ねていて、私の記憶の中の人よりも更に大人になっていて。こんなガリガリの小娘など相手にされることもないだろうと、勝手に憂いていたのに。
それなのに、夢なんじゃないかと、今自分の身に起きている事は私の長年の願望の現れなんじゃないかと思うたび、しっかりと身体に甘い刺激が走る。痛みと、熱が、現実なのだと知らしめてくれる。
手を伸ばせばしっかりと掴まれ、涙を零せば何度も口づけを落とされ、夢が叶ったのだと、何度も何度も思い知る。
「へい…か…っ」
「アレクと…呼べ」
「アレク…様…っ」
10年の時を経て、ようやく聞くことのできた名前を。呼ぶことを許された名前を。何度も何度も繰り返す。
止まらない涙は、嬉し涙だから。ぬくもりを抱きしめながら涙を止められないことを、今夜だけは…許して下さい…。
窓から差し込む朝日の光でゆっくりと目を開けると、半身を起こしたアレク様とバッチリ目が合った。
「あれ…く…様…」
「起きたか」
「はい…。おはよう…ございます…」
「無理に起きなくていい。身体は平気か」
「え…あ……、だい…じょうぶ…です」
一瞬何の事か分からず、身体を起こそうとして気だるさに襲われた。アレク様の言葉の意味が分かった瞬間頬がカッと熱を持ったが、もごもごしながらなんとか返事をすると、そのもごもごぶりがおかしかったのか、アレク様が少し笑った。
「今日はゆっくりしていろ。ただし、食事だけはしっかり摂れ。夕食は、一緒に摂る」
「え…?」
掛布を体に巻きつけながら軽く体を起こして、アレク様を見上げた。
今まで昼食やお茶を一緒にする事はあっても、夕食を一緒にした事はなかったから。思わず、首を傾げてしまった。
「共に夕食を摂るという事は、その後も共に過ごすという事だ。だから、今までは共にできなかった。それだけだ」
「あ……」
夜を共に過ごす事の意味は、アレク様に教えてもらった。それが昨夜だけの話ではなかったのだと、今更思い知ってまた恥ずかしくなる。
「これからは、なるべく共に夕食を摂ろう。忙しくて無理な時は、その都度連絡をする。お前と過ごす時間はこれからいくらでもあるからな」
「アレク様…」
「いいな?」
「はい…。あの…アレク様、私は…どうしたら…いいですか…?」
「どう、とは?」
「その…、私は…アレク様のために…何ができますか…?」
私は孤児で、教養もなくて、棒っきれみたいな身体で、美しい顔でもなくて、できることの方が、少ない。それでも、アレク様が望んで下さるなら、頑張りたい。できないことをできるように、頑張りたい。私ができることなんてきっとちっぽけなことだけど、それでも、何かをしたいと思う。何もわからないけれど、何かを。
「お前は、そのままでいてくれればそれでいい」
「そのまま…ですか?」
返ってきた意外な答えに、キョトンとしてしまう。そんな私を、アレク様は優しい顔をして、頭を撫でた。
「お前がお前でいてくれれば、それでいいんだ。変わるなとは言わない。お前は、変わるだろう。これからお前を取り巻く環境はどんどん変わっていく。お前は、今のままではいられなくなる。周りが放っておかない」
「……」
「変わることを恐れることはない。変わるのは、当然のことだ。そして、お前を変えるのは、俺だ」
「アレク…様?」
「俺が、お前を変える。そうだろう?」
「……はい」
「これから、お前がどう変わっていくのか、楽しみにしている。そして俺はお前を信じている。お前を信じる俺の勘も含めてな」
アレク様の真摯な言葉に、視界が歪んでいく。どうしてこの方は、こんなに優しいのだろう。どうしてこんなにも私を喜ばせることばかり言ってくれるのだろう。
こんな風に言われてしまったら、頷くことしかできない。涙がこぼれるのを気にせず、何度も頷いた。そんな私を、アレク様は満足そうに頭を撫でた。
「お前の変化を、また誰かが陰謀だというかもしれない。その日が楽しみだな」
「アレク様?」
「そうなれば、またお前を調べるために共に過ごす時間ができるのだからな」
「…!」
とても楽しそうに笑って、アレク様は私を抱き寄せた。こんな風に笑う顔を見るのは、初めてだ。そして、こんな風にそばに近づくことを許されたことを嬉しく思う。まるで、10年前のようだ。毎晩寝床で魘される私を抱きしめて眠ってくれた、あの時を思い出す。
そして、私はこの先もそうすることを許されたのだ。アレク様の一番近くで過ごすことを。
なんて幸せなんだろう。こんな幸せが私に訪れるなんて、思っても見なかった。こっそり思うだけでいいと思っていたのに、それが叶ってしまうと、もっとと思ってしまう。私はこんなに貪欲だったのだろうか。
アレク様に少しでも近づくためにと伯爵の口車に乗ったのは、伯爵ではなくて私の陰謀論。もうそれはこれ以上ないくらい、素晴らしい形で叶えられた。
では、次は…?
「アレク様と過ごすためなら、私はいくらでも謀をしてもよいのですか?」
「お前にはそれを許そう」
「…っ!」
「楽しみに待っているぞ、ユーシェ。次のお前の陰謀論をな」
これで完結です。
8話くらいで終わらせようと思っていたはずなのに、倍以上かかってしまったことに驚きです。
そしてラストを書くのが何よりも苦手だったことを思い出しました。
稚拙な作品でしたが、最後まで読んでいただきありがとうございました。




