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日陰姫の陰謀論  作者: 蜜柑
本編
14/47

14

 孤児院にいた頃から考えれば贅沢でしかないけれど、何もしない時間を潰すために刺繍をしていた。貴族が嗜む刺繍というのはとても複雑で、色も鮮やかで、ティナに教えてもらいながらどんどんのめりこのんでいた。

 いつか、納得のいくものが出来上がったら、陛下は受け取ってくれるだろうか。そんな思いが浮かび、傲慢だなと打ち消した。

 そんな事をしていると、先触れなく部屋に男の人が入って来た。

 陛下と同じような格好をした、陛下と同じ髪の色をした、陛下と同じような顔をした、陛下とは違う瞳の色をした人。

 その人は陛下と同じような物言いをして、ティナにお茶の準備をさせた。

 この部屋に入って来られる男の人は、陛下だけ。でも、この人は陛下ではない。ティナはそれに気づいていない。私の頭はくるくる回って混乱状態になった。

 思わず、「どなた…なのでしょうか…」と尋ねていた。ティナが慌てるのが分かったけれど、私には目の前にいる人が陛下には見えない。声も、雰囲気も、何もかもが違う。この人は、陛下ではない。

 そう言うと、その人はディルと名乗った。陛下の側近で、私を試したのだと。

 試されるのは仕方のない事だと思う。私は。疑われるべき存在なのだから。けれど、その人は更に私に向かって陛下は怖くないのかと聞いて来た。そんなわけ、ないのに。


 私は、10年前に陛下に助けられた話をした。それだけではその人は納得できなかったのか、不満だったのか、つまらなそうな顔をした。この人は何を求めているのだろう。そう思ったけれど、それを読み取ることはできなかった。

 助けてもらった事を陛下が覚えているとでも思っているのかと言われ、即座に否定した。

 だって知っている。

 助けることがどれだけ辛いことだったのか。あの地獄のような戦場で、それがどれだけ大変で、疲弊することだったのか。助けられたからこそ知っている。

 だから、覚えている必要はないのだと、そう言った。覚えていて欲しいとも、思っていなかったから。私だけが覚えていればいい。

 そこで、陛下がやって来た。剣を、その人に突きつけて。

 陛下が指示したことではなかったんだなと、ぼーっと思っていた。この人は本当に陛下のことを思っていて、私のところに来たのだなと。

 剣をしまった陛下は、私の反応を見て怯えていると思った様だった。陛下に触れられて、驚いてしまっただけだったのだけれど。

 陛下を怖いと思ったことは、一度もない。優しい、優しい人なのだから。

 私は10年越しのお礼をようやく言った。ずっと伝えたくて、でも叶わないと思っていたことだった。けれど、ドルガ伯爵の養女となってここにいる事を思えば、言ってはいけない事だと思った。歯痒かったけれど、自分の胸の奥にしまっておこうと思っていた。

 けれど、知られてしまったのだから、もう言ってもいいだろうと思った。そう思った矢先、陛下が私の前髪に触れた。思わず身体が震えた。

 まさか、陛下が私を覚えている?

 そんな甘い期待を覚えながら、ずっと言いたかった言葉を告げた。言葉にしたら足りないくらいの、感謝の気持ちを。


「…あの時救われたのは、俺も同じだ」


 どこか切なそうな笑顔でそう返して来た陛下に、思わず涙がこぼれた。


 ずっと私の心を支えてきた記憶。まさか覚えているなんて思っていなかった。陛下と似た顔をしたあの人が言ったように、私は陛下に助けられたうちのたった一人でしかなく、助けた命を一人一人覚えているわけがない。そんな事をしていたら、立ち回れなくなる。だって、無傷で助けられる命なんて、そう…ないのだから。


「まさかこんな所で会うことになるとは思わなかった。…お前は…あの時から変わらないな」

「あの……、さすがに6歳の頃よりは…色々成長していると思うのですが…」


 目を細めて言った陛下の言葉に、さすがにどうかと思って反論してしまう。大人とまでは言えないが、一応…成長はしている。


「そうだな。後宮にその身を置く程、だからな」

「……どうお返事をしていいのか分かりかねます」


 陛下に肩を押され、再び椅子に座る。次いで陛下も椅子に座った。ディルと名乗った人はいつの間にか壁際に控えていて、ティナは手早くテーブルの上を片付け、新しいお茶を準備してくれていた。


「あの時の小娘が、夜伽をするほどの年齢に成長したのかということだ」

「!」


 ポンっと頬が熱くなった。陛下は私がそういう話が得意ではないと知っていてわざとしている。現に、口元がニヤリとしているもの。


「陛下がその様にお戯れになるだなんて、存じ上げませんでした」

「俺もお前がそんな風に話せるなんて知らなかったよ」

「……そう…でしたね…」


 陛下の目が真剣なものになった。あの時の私は、色々なショックから、うまく話すことができなかったのだ。別れる、その時になっても。


「孤児院で、良くしていただきました。陛下が、整備をしてくださったおかげです。ありがとうございます」


 孤児院に預けられたばかりの頃は、戦後の混乱もあり、食事が少なかったり、街で施しを受けなければならないこともあった。けれど、少しして孤児院への国からの援助が強化された。食事の心配はなくなり、安心して日々を過ごせる様になった。

 私を助けてくれた人が皇帝陛下で、孤児院への予算分配を決めたのも皇帝陛下その人だと知った時は、胸が熱くなった。


「戦後は孤児が増える。孤児院への援助は、街の治安を整えるために必要だった」


 分かっている。私のためではない。国のための政策だ。自惚れてはいないのだと示したくて、陛下に向かって微笑んだ。


「お前は変わっていない。何も求めず、俺の邪魔をしない様に、そして何か返すことはできないかと、いつも考えていたな。俺を怖がらず、笑っていた」

「…怖く…なかったので……」

「そう言い切れる者は、この国にそうはいない。…はぁ、もっと早くにお前に気づいていたら、回りくどいことなんてしなくてよかったのにな」

「回りくどいこと…ですか?」

「お前を試していた。気付かなかったか?」


 試す…とはどういうことだろう。ディルと呼ばれた人もそう言っていた。けれどあれは、陛下と変装したあの人に気付けるかどうかだったはず。では、陛下は何を試していたというのだろう。全く見当がつかない。


「私を疑っていたのでは…なかったのですか?ドルガ伯爵とどう通じているのかを、見極めていたのでは…?」

「あれとのことは、お前が話した通りの単純な話だったと調べはついている。お前のことはいくら調べても塵1つおかしなことは出てこなかった」

「では、何を…」

「お前が、俺の妃になり得る存在かどうか、だ」

「え……?」


 妃…?私が…??

 聞き間違いかと陛下を見れば、真っ直ぐな瞳で射抜かれ、動けなくなった。


「俺はお前を気に入っていると言っただろう。夜伽に呼ぶならお前だと。その意味が分からなかったか」

「あの…その…」


 更にはテーブルの上で左手を握られ、さらに胸のドキドキが騒がしくなった。空いている右手で熱くなった頬を抑える。


「普通の女は、俺が気があると分かれば、宝石や新しいドレスを強請る。それが通ると分かれば、次は待遇だ。後宮での自分の立場や、実家の地位の向上を強請る。俺はそういう事に時間や金を割く気はない」

「私は…陛下からたくさん贈り物をしていただきました」

「お前は、強請らなかっただろう」

「それは…そう…ですが…」

「お前は、俺が物を与えても喜ぶどころか、もったいないと言って仕舞い込もうとする位だ。夜伽も強請らない。…俺は、お前を試していたんだ。物を与えられたお前が、どう変わっていくのか、試していたんだ」


 私の手を握る陛下の手に力が篭る。私は、頬に当てていた手を、ゆっくり下ろした。


「私は…変わりましたか…?」


 恐る恐る問いかけると、陛下はふっと笑った。


「言っただろう。お前は10年前から何も変わっていない。ここで俺と過ごしてからも、何も変わっていない。お前はお前だ」


 いい事を…言われているのだろうか。変わらないことは、いい事だったのだろうか。分からなくてちらっと陛下を見上げると、パッと目があった。


「変わったのは、肉付きくらいか」


 握っていた手を離し、今度はむにっとほっぺを掴まれた。

 これはいい意味だ。それは分かるけれど、少し痛い。


「陛下のおかげです」

「餌付けをした甲斐があったな」

「ペットみたいです」

「ペットとは夜伽ができん」

「なっ…!」


 真面目な顔をして恥ずかしい事を言う陛下に、またも顔が熱くなった。頬を掴む手が離れたのをいい事に、今度は両手で顔を抑えた。

 恥ずかしいものは恥ずかしいのです。


「ディル、お前がその格好でここにいたということは、変装を見抜かれたんだな」

「出会って1秒で見抜かれました」

「…決定だな」


 視線を感じてそっと顔を上げると、やはり陛下と目が合った。威圧的な、絶対的支配者の瞳に、目が離せない。


「ユーシェ、お前を俺の妃にする」







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