第6話 最下位の教室へ
研究班の割り振りは、入学から十日目に貼り出された。
王立アルデン学園では、生徒は七つの研究班のどこかに属する。班ごとに課題が出て、学年末に発表がある。第一班は上位、第七班は下位。名目上は適性で分けることになっているが、実際にどう分けているかは誰でも知っている。
掲示板の前は、初日より人が多かった。
「第一班! やった!」
「第三か……まあ、いいほうだよね」
わたしは名簿を上から順に見ていった。姉の名前は第二班にあった。妥当なところだ。自分の名前は、いちばん下の欄にあった。第七研究班。エルシャ・ヴァレンティ。
名簿は五人。ニナ・ボードワン、ルカ・アンベール、あと二人。どれも、あの日の掲示で見た名前ではなかった。
わたしは自分の名前をもう一度見た。四題満点の付き人が第七班に入る理由を、この掲示板は説明していない。説明する必要がないから、していない。
「不服そうな顔をしているね」
声がして振り返った。監督生の腕章をつけた上級生が立っていた。背が高く、外套の襟をきちんと立てている。手には名簿の写しを持っていた。
「いえ」
「いや、していた。表情ではなく、立ち方で分かる」
その人は名簿の写しを開いた。
「第七研究班の監督は僕だ。マリウス・オルコット。三年、首席」
周りにいた生徒が、少し距離を取ったのが分かった。
「よろしくお願いいたします」
「よろしくされる前に、ひとつ確認しておきたい」
マリウス様は名簿から目を上げた。
「君は、抜き打ちの四題目で満点を取った。翌日の再試験でも正答より先まで書いた。それは事実だね」
「はい」
「では、なぜ第七班なのか、分かるかい」
わたしは答えなかった。
「僕は分かる。二つある。ひとつは、公爵家がそう望んだから」
人が、聞こえない振りをしながら聞いている。
「もうひとつは、君の答案が、点をつけにくいからだ」
それは思っていなかった言葉だった。
「点をつけにくい、とは」
「模範解答に無いことが書いてある。教官は困る。困った答案は、正しくても評価から外される。学園というのはそういう場所だ」
マリウス様は名簿を閉じた。
「ついでに、もうひとつだけ」
その人は一歩近づいて、声を落とした。
「君の答案の字には、他人の癖が残っている」
わたしは動かなかった。動かないようにするのに、全身を使った。
「僕は登録簿を見る立場にある。君の見本と、提出された答案。似ているが、同じではない。癖を抜いたあとの字というのは、抜いた跡が残るんだ」
「……何をおっしゃっているのか、分かりかねます」
「今日は分からなくていい。次の提出物で確かめる」
マリウス様は、それだけ言って行ってしまった。わたしは掲示板の前に立っていた。名簿の紙が、風で少し波打っていた。第七研究班の教室は、東棟の一階のいちばん奥にあった。
もとは物置だったところに机を入れたのだと、すぐ分かった。天井が低く、窓がひとつしかない。壁の棚に古い教材が積まれたままになっている。
五人のうち三人が既に来ていた。
「あ」
いちばん手前の席の子が、慌てて答案用紙を伏せた。伏せ方が急すぎて、机から滑り落ちた。床に落ちた紙を、わたしは拾った。拾ってしまってから、まずかったと思った。
紙の全面が、インクの染みだった。字が書いてある。書いてはあるのだけれど、線が二重に走り、途中で折れ、同じ字が二度重なって、判読できるところが半分もない。
その子は、耳まで赤くしていた。小柄で、髪をきつく結っている。
「返してください」
「……失礼いたしました」
わたしが差し出すと、その子は両手で受け取った。片手ではなく、両手だった。
「わたし」
その子は、泣かなかった。顔を上げて、まっすぐ言った。
「頭は悪くないんです。手が悪いんです」
教室のうしろで、誰かが小さく笑った。笑ったのは意地悪ではなく、たぶん、何度も聞いた台詞だからだ。
「ニナ、その言い方だと分かんないって」
「分かる人には分かります」
ニナ・ボードワン。名簿の一番目にあった名前だ。わたしは、床に落ちていたもう一枚を拾い上げた。同じ手の字だった。
――線が二重になっている。
ここではない場所で、わたしはその現象を毎日見ている。割れたペン先が引く線と、同じ形をしていた。けれど、この紙はきれいなペンで書かれている。二重になっているのは、インクではなく、線そのものだった。
「ボードワン様」
「はい」
「文字は、二つに見えていらっしゃいますか」
ニナ様の口が、開いたまま止まった。その日の夕方、寮の小部屋の扉を叩く音がした。開けると、第七班の男子が立っていた。名簿の二番目、ルカ・アンベール。背が低くて、指にインクの染みがある。
「これ」
差し出されたのは、母の万年筆だった。朝、教室の机に置き忘れていた。
「ペン先、割れてたから直しといた。うち、筆記具の工房なんだ。三男だから継がないけど、直すのだけはできる」
わたしは受け取って、光にかざした。継ぎ目が見えない。割れていたところが、閉じている。
「……よろしいのですか」
「いいよ。ていうかさ」
ルカ様は頭を掻いた。
「あんた、うちの班だろ。班のやつのペンは直す。それだけ」
彼が行ってしまってから、わたしは部屋の机につき、紙を一枚出した。直ったペンで、線を引いた。一本の線が、一本のまま、まっすぐ紙の端まで届いた。
二重にならない線を引いたのは、十年ぶりだった。わたしはその線を見ていた。
――このペンで書いたら、わたしの字は、どうなるのだろう。
机の隅には、姉の課題の束が、紐で括られたまま置いてある。まだ、一枚も手をつけていない。
次話、第七研究班の課題が出ます。ニナが書けない理由を、エルシャは知っています。




