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姉の答案を代筆させられた妹、王立学園で本名の首席になります――第二王子だけは筆跡を知っている  作者: 小春日こよみ


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13/19

第13話 条件は、こちらが決めます

 第七班の中間審査は、提出の四日前に潰れた。


 潰したのは、規則ではなく、一枚の告示だった。朝、教室に行くと、扉に紙が貼ってある。ルカ様が先に来ていて、腕を組んで睨んでいた。


「読んだ?」

「まだです」


 わたしは近づいて読んだ。


 ――第七研究班の中間提出物について。同班に、筆跡の同一性に疑義のある提出者が含まれるとの申し立てがあった。ついては、提出前に班員全員の実地筆記による確認を行う。


 実施は三日後。場所は大講堂。公開。


「公開って書いてある」


 ルカ様が言った。


「なんで俺らの中間審査を、二百人の前でやんだよ」


 ニナ様が、扉の紙を二度読んで、それから紙から目を離せなくなっていた。


「わたし……人前で書くんですか」

「そう書いてあるな」

「無理です」


 ニナ様の声が裏返った。


「無理です、絶対、書けません」


 わたしは告示の下の署名を見た。監督生 マリウス・オルコット。学園長認可。告示の紙は、四隅を糊で留めてあった。剥がされないようにしてある、ということだ。誰かが剥がすと分かっている人間の貼り方だった。


 教務室に行くと、若い教官は目を合わせなかった。


「わたくしどもの班に、申し立てがあったのですね」

「申し立ては、オルコット君からです」

「内容は」

「……第七班の提出物が、一人の手で作られている疑いがある、と」


 教官は書類を揃える手を止めなかった。


「彼は監督生で、三年の首席です。学園長は彼の言うことを通します」


 わたしは頭を下げて、教務室を出た。廊下の突き当たりで、マリウス様が待っていた。待っていた、と分かる立ち方をしていた。


「読んだね」

「はい」

「文句があるだろう」

「ございます」


 わたしは言った。


「なぜ、公開なのですか」


 マリウス様は壁に背を預けた。


「三つ理由がある。ひとつ、密室でやると僕が君を陥れたと言われる。ふたつ、二百人が見ていれば、結果を後から握り潰せない」


 その人は指を折っていた。


「みっつめが本当の理由だ。――君に、逃げ道を無くしたい」


 わたしは動かなかった。


「僕は君の答案を六週間読んできた。君は規則の内側を歩くのがうまい。密室なら、君はまた規則の話で返して、僕は何も証明できずに終わる」


「オルコット様。条件をうかがってもよろしいですか」

「そのつもりで待っていた」


 マリウス様は懐から紙を出した。


「ひとつ。当日、班員五人が同じ問題を同じ時間で書く。登録簿の見本と照合する」

「はい」

「ふたつ。君の見本は、入学時のものではなく、当日その場で新しく取る。前と後ろで比べる」


 わたしは、そこで顔を上げた。それは、厳しい条件だった。癖を抜いた字というのは、日によって抜け方が違う。同じ人間が同じ字を書いても、朝と夜では変わる。


「みっつ。差異が一定を超えたら、代筆と断定する。一定の幅は僕が決める」


 その人は紙を差し出した。


「文句は」


 わたしは紙を受け取って、三度読んだ。


「ひとつ、うかがいます」


「差異の幅を、いま決めていただけますか」

「なぜ」

「当日に決めるのであれば、それは条件ではなく、判定です。オルコット様が結果を見てから幅を動かせます」


 マリウス様の眉が、わずかに動いた。


「――僕がそんなことをすると思っているのか」

「思っておりません」


 わたしは正直に答えた。


「ですが、思っていないことと、できてしまうことは別でございます」


 沈黙があった。それから、マリウス様は懐からもう一枚出して、その場で書いた。壁に紙を当てて、立ったまま。


「幅は、登録簿の見本間で計った学年平均のばらつきの二倍まで。数値は教務室の記録にある」


 書き終えて、こちらへ渡した。


「僕の署名を入れた。動かせない」


 わたしは受け取った。紙はまだ、書いた人の手の熱を持っていた。


「オルコット様」

「なんだ」

「なぜ、そこまでなさるのですか」


 その人は、はじめて答えに詰まった。答えなかった。代わりに、こう言った。


「三日後だ。準備しなさい」


 その人が廊下の角を曲がるまで、わたしは条件の紙を握っていた。握っていた指の跡が、紙に薄く残った。署名の入った紙を人から受け取るのは、はじめてだった。この十年、署名の入った紙はいつも、わたしが書いて誰かに渡すものだった。


 教室に戻ると、四人がわたしを見た。


「どうだった」


 テオ様が机から起きていた。この人が起きているのを見たのは、二度目だ。


「三日後、五人で書きます」


 わたしは条件の紙を机に置いた。


「わたし、書けません」


 ニナ様が言った。


「傾ければ書けます。もう書けています」

「教室でならです。二百人の前では、無理です。手が震えます」


 わたしは、その言葉に返す言葉を持っていなかった。持っていないことに気づいた。わたしはこの子に「傾ければ書ける」としか言ってこなかった。震える手のことを、一度も勘定に入れていなかった。


 これまでわたしが人にしてきた助言は、全部そういう形をしていた。こうすれば書ける、こうすれば通る、こうすれば片づく。手順を渡せば人は動くと思っていて、動けない理由のほうを見ていなかった。


 窓の外はもう暗い。灯りをつけに来る用務員が、まだ来ていない。


「ボードワン様」


「三日、付き合っていただけますか」

 次話、当日の朝。見本の紙が、差し替えられています。

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