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皇帝失格 〜帝国最強の監察官、腐った皇族を廃位する〜  作者: セルヴォア


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継承権の危機

元老院附属継承審査室は、法廷より狭い。

その狭さが、かえって圧を生む。壁には歴代皇族の名簿が掛けられ、中央には白い円卓が置かれている。皇位継承権をめぐる審査は、剣ではなく紙と発言で行われる戦いだった。


その朝、円卓の上には一通の異議申立書が置かれていた。


申立人は、複数の元老院議員と軍務省関係者。

対象は、第一皇女アリシア・ヴァルガストの皇帝候補資格。


理由は三つあった。

軍事危機時における統帥経験の不足。

帝冠監察官への過度な依存。

皇女派貴族の自浄に伴う支持基盤の不安定化。


どれも侮辱ではない。

だからこそ厄介だった。


アリシアは審査室の扉前で、申立書の写しを読んだ。

白い手袋の下で、指先が冷える。周囲には側近、法務官、近衛が控えている。ラヴィニアはいつもより半歩近い位置に立っていた。


「殿下」


ラヴィニアが低く声をかける。


「無理にお入りになる必要は」


「あるわ」


アリシアは写しを閉じた。


「資格を疑われた皇帝候補が、扉の外で待つわけにはいかない」


扉が開く。


審査室には、グレゴリウスがいた。

元老院議長として、審査手続きの監督席に座っている。彼自身が申立人ではない。その位置取りが、彼らしい。


「第一皇女殿下」


老人は穏やかに頭を下げる。


「本日は、手続き上の確認でございます。殿下を貶める場ではありません」


「貶める場でないなら、なおさら正確に進めましょう」


アリシアは席についた。


ほどなく、セドリックが入室する。

黒い礼服に軍務省の略章を付けていた。武器はない。だが、彼が入っただけで、軍務官僚たちの背筋が伸びる。


「姉上」


「セドリック」


二人は短く礼を交わした。

血を分けた姉弟というより、別々の旗を背負った候補者同士だった。


審査官が申立内容を読み上げる。

言葉は淡々としていたが、一つ一つがアリシアの足元を削る。


「帝国は現在、皇太子失格後の不安定期にある」


「軍権、属国、聖務庁、貴族院の各領域に未処理の危機が存在する」


「この状況下で、候補者に必要な統帥能力と独立判断能力が担保されているかを審査する」


アリシアは表情を動かさなかった。

だが、独立判断能力という言葉が刺さる。レオンへの信頼が、攻撃材料にされている。


セドリックが立ち上がった。


「発言を許可願います」


グレゴリウスが頷く。


「許可します」


セドリックは円卓を見渡した。

声は大きすぎず、抑えすぎてもいない。軍人に命じる時のように、必要な距離へ届く声だった。


「私は姉上の人格を疑っていません」


その一言で、場の一部が静まる。


「兄上の失格後、姉上は自派を監察対象に含め、皇族としての責任を示されました。そこに敬意を持っています」


アリシアはセドリックを見る。

嘘ではない。彼は本当にそう思っている。


「ですが、帝国が戦場になる時、優しさでは兵を救えない」


空気が変わる。


「補給が途切れた時、民の倉を開けるか。反乱の兆しがある村を包囲するか。属国が上納を拒んだ時、交渉を待つか、軍を送るか。統治には、血を避けられない瞬間があります」


軍務官僚の何人かが頷いた。


「姉上は美しい理想を持つ。だが帝国に必要なのは、理想を守る腕だ」


その言葉は侮辱ではなかった。

だからこそ、場の一部を掴んだ。


アリシアは反論したかった。

血を流す覚悟がないわけではない。だが、ここで感情的に返せば、セドリックの思う通りになる。


レオンは壁際で聞いていた。

彼は審査の当事者ではない。だが、帝冠監察官として手続きの正当性を見ている。


審査官が証人名簿を開く。

退役軍人、地方長官経験者、軍需商会代表、皇女派から離れた下級貴族。どれも形式上は適切だ。


だが、ミラベルがレオンへ小さな紙片を渡した。

証人の滞在先、移動費、護衛費。複数の支払いが、同じ商会を経由している。


レオンの目が細くなる。


証言が始まる。


退役軍人は言う。


「第二皇子殿下は、兵の靴を見て補給状態を判断された」


地方長官経験者は言う。


「軍事危機では、法務確認を待つ時間がない」


商会代表は言う。


「戦時の物資調達には、皇女殿下の監察姿勢は慎重すぎる」


証言はすべて、少しずつアリシアを削っていく。


ラヴィニアは審査室の出口を見た。

証人の護衛に混じる男の靴が揃いすぎている。商会の護衛ではない。軍人の歩き方だ。


彼女は近衛の一人へ目で合図する。

廊下の警備線が静かに厚くなった。


最後の証人が発言しようとした時、レオンが一歩進み出た。


「発言を申請します」


審査官が戸惑う。


「帝冠監察官殿は、本審査の」


「手続き監察です」


レオンは短く言った。


「証人調整に不自然な資金移動があります」


室内が揺れた。

セドリックだけは動かない。


グレゴリウスが静かに問う。


「根拠は」


「証人四名の移動費、滞在費、護衛費が、同一商会の別口座から支払われています。さらに護衛名簿に、軍籍を抹消された者が含まれる」


ミラベルが証拠写しを円卓へ置く。


証人の一人が顔色を変えた。


「それは、便宜上」


「便宜の範囲か、証人買収かを確認します」


レオンは右手を上げた。


「皇位継承審査室を監察対象に指定する」


黒い文字が床に走った。

円卓の下、証人席の足元、書類の端に契約文字が浮かぶ。証言の背後にある金の流れが、細い光の線になって伸び始める。


アリシアは息を止めた。

自分の資格を疑う場が、今度は秤に乗せられている。


セドリックは、初めてわずかに目を細めた。


「監察官」


「何でしょう」


「姉上を守るためか」


レオンは即答する。


「帝国の審査を守るためです」


その返答に、アリシアの胸が少しだけ熱くなる。

自分を庇ったのではない。手続きを守った。その冷たさが、今の彼女には支えだった。


黒い光の線が、一つの商会印へ集まる。

審査室にいた者たちは、それを見て理解した。


この資格審査は、完全に正当なものではない。

だが、完全に虚偽でもない。

その曖昧な場所で、戦いは始まっている。


グレゴリウスは、老いた手で書類を閉じた。


「審査は継続。ただし、証人調整については帝冠監察院の調査を受ける」


彼はアリシアとセドリックを交互に見る。


「皇族の資格を問う場が、汚れていては困りますからな」


その声には、どちらの味方でもない響きがあった。

だが、どちらも利用する者の響きでもあった。


審査室を出た後、アリシアは廊下で一度立ち止まった。

資格を疑われた屈辱は消えない。けれど、逃げずに立っていた。


セドリックが横を通る。


「姉上」


「何」


「審査はまだ終わっていません」


「分かっているわ」


「私も退きません」


アリシアは弟を見る。


「私もよ」


短い言葉の応酬だった。

だが、廊下にいた者たちは、皇族内の争いがもう礼儀だけでは収まらない段階に入ったことを感じ取った。


その夜、レオンは監察記録へ新しい項目を加えた。


皇位継承審査。

証人調整。

資金移動。

軍籍抹消者の護衛混入。


黒い文字は静かに沈む。

継承権そのものが、帝冠監察の範囲に入った。

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