表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
皇帝失格 〜帝国最強の監察官、腐った皇族を廃位する〜  作者: セルヴォア


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

12/13

忠誠を失った騎士

近衛騎士団本部の訓練場は、朝から妙な静けさに包まれていた。

剣戟の音は響いている。号令も飛んでいる。だが、そのどれもが以前よりわずかに硬い。誰もが同じ動きをしながら、心だけ別々の場所を向いているような気配だった。


ラヴィニア・カルステンは訓練場の端に立ち、部下たちの組手を見ていた。

副団長として指示を出し、乱れを正し、誓約違反の疑いがある者を記録する。やるべきことは山ほどある。だが、それでも胸の奥には抜けない棘が残っていた。


自分は長く皇太子へ忠誠を誓ってきた。

その主君が、帝国に寄生した犯罪者だった。

ならば、あの忠誠は何だったのか。


組手の最中、若い騎士二人が言い争いを始める。


「副団長は帝冠監察官寄りだ」


「違法命令に従わなかっただけだ」


「皇族を敵に回して騎士団が保つか」


「なら、また禁呪を見逃せと?」


ラヴィニアが一喝するより先に、二人は互いへ拳を振り上げた。

次の瞬間、訓練用剣の柄がその間へ割って入る。


「やめろ」


レオンだった。


どちらの騎士も、反射的に動きを止める。

本部へ帝冠監察官が来るとは聞いていなかった。だが彼は平然と訓練場の中央に立ち、まるで最初からここにいるべきだったかのように周囲を見渡した。


ラヴィニアはすぐに前へ出て敬礼する。


「監察官殿」


「団内の空気が悪い」


「承知しています」


その返答の硬さに、自分でも驚く。

ラヴィニアは疲れていた。部下の分裂、上層部の政治的圧力、そして自分自身の迷いに。


レオンは彼女の顔を一瞥し、訓練場の脇へ歩く。


「来い」


命令口調だったが、妙に拒めなかった。


二人は本部裏手の回廊へ移る。

石壁に囲まれた半屋外の細道で、朝の風だけが訓練場の熱気を冷ましていた。


しばらく沈黙が続いた後、レオンが言う。


「お前は今、誰に仕えている」


ラヴィニアは答えられなかった。

即答できると思っていたのに、喉が閉じる。


皇族か。第一皇女か。近衛騎士団か。帝冠監察官か。

どれも違う気がして、どれも少しずつ正しい気もする。


「……分かりません」


悔しいほど小さな声になった。


レオンはそれを責めない。


「だろうな」


肯定とも慰めともつかない言い方だった。


「お前は長く、皇族個人への忠誠を騎士道だと思わされてきた」


ラヴィニアの拳が震える。

思わされてきた。まるで自分の意思まで否定されたようで、胸が痛む。


「違うのですか」


思わず問い返していた。


「違う」


今度は即答だった。


「近衛騎士団の誓約は、玉座と帝国臣民を守るためにある。皇族個人の私欲に捧げるためではない」


ラヴィニアは目を伏せる。

訓練の夜、入団の誓いで復唱した文言が脳裏によみがえる。あの時たしかに、誓った先は一人の主君ではなかったはずだ。


「では、私は」


喉が熱くなる。


「私は、何を取り戻せば」


言葉の途中で、涙がにじんだ。

騎士として泣くつもりはなかった。だが、自分が何を失っていたのかを言葉にされた瞬間、抑えきれなくなった。


「俺に仕えるな」


レオンの声は変わらない。


「帝国に仕えろ」


ラヴィニアは顔を上げる。

涙が頬を伝っているのに、拭うことも忘れていた。


「帝国、そのものに……」


「忠誠を個人へ預けるな。秩序へ戻せ」


回廊を風が抜ける。

その一言は、剣より深く、まっすぐラヴィニアの中心へ入ってきた。


「どうやって」


絞り出すように問う。


「どうやって、その忠誠を」


レオンは少しだけ考え、それから告げた。


「帝冠監察官の護衛になれ」


ラヴィニアの目が見開かれる。


「護衛……兼、監視だ」


「監視?」


「俺が帝国から逸れたら、お前が見ろ」


あまりにも予想外の言葉だった。

忠誠を要求するのではなく、自分を監視しろと言う。そんな権力者を、ラヴィニアは一人も知らない。


「俺を守るのは、俺個人のためじゃない」


レオンは静かに言う。


「帝国の正義が途中で折れないようにするためだ」


ラヴィニアはそこでようやく理解する。

この男のそばに立つことは、誰か一人へ従うことではない。帝国の秩序がどこへ向かうのかを、自分の目で見続けることなのだ。


「……承ります」


声は震えていた。

だが、その震えは迷いからではない。


「近衛騎士団副団長ラヴィニア・カルステン」


彼女は涙を拭いもせず、真っ直ぐに背を伸ばす。


「帝冠監察官レオン・クロウヴァイスの護衛兼監視役として、帝国に奉仕します」


レオンは短く頷いた。

儀礼的でも感動的でもない、ただ受理の頷き。

それが逆に、ラヴィニアにはありがたかった。


回廊の先で、数名の近衛騎士たちがその光景を見ていた。

副団長へ従って前へ出る者もいる。逆に顔をしかめて去る者もいる。騎士団の分裂は、これでさらに明確になるだろう。


だがラヴィニアはもう、昨日までほどそれを恐れていなかった。

失う忠誠があるのではない。取り戻す忠誠があるのだと知ったから。


同じ日の夕刻、帝都南区の貴族街では、皇太子派の生き残りが密かに集まり始めていた。

表向きは喪失した継承権を悼む小規模な夜会。だが実際は、証拠隠滅と逃走経路の相談である。


その招待名簿の一角に、グレゴリウス・バルテンの名もある。


証拠を燃やす者、売り渡す者、次の主へ差し出す者。

帝都の夜は、まだこれからさらに濁っていく。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ