イマ、イマ、イマ2
エントリーを済ませてからの数週間は、まさに地獄のような日々の連続だった。
フルマラソン完走という目標は、今の私にとって、あまりにも身の程知らずな巨像だった。初日に感じた一・二キロでの挫折感は、決して偶然や体調のせいではなく、私の積み重ねてきた三十数年間の怠惰な人生そのものが突きつけた、容赦のない審判だった。
まず襲ってきたのは、肉体の凄まじい反乱だった。
最初の数日は、ただの筋肉痛だと思っていた。しかし、走る距離が三キロ、五キロと伸びるにつれ、痛みは筋肉の表面から、もっと深い関節や骨の髄へと浸食してきた。
特に右膝の外側に走る刺すような痛みは、階段を降りるたびに私を悶絶させた。「腸脛靱帯炎」――インターネットで調べたその病名は、初心者が分不相応な距離を走った際に起こる典型的な故障だった。
最新の三万五千円の厚底シューズは、確かに驚異的な反発力を持っていた。しかし、その高反発を受け止めるだけの筋力も体幹も持たない私の体にとって、それはもはや凶器に等しかった。着地のたびに、不安定なソールが私の足首を無慈悲にねじ伏せ、その歪みが膝や腰へと連鎖していく。
足の裏には、これまでの人生で見たこともないような巨大な肉刺がいくつもでき、それが潰れては固まり、新たな層を作っていく。風呂上がり、私は真っ赤に腫れた膝を氷嚢で冷やし、傷だらけの足を眺めながら、情けなさに打ちひしがれた。
「何をやっているんだろうな、俺は」
氷の冷たさが皮膚の感覚を麻痺させていく中で、部屋の隅に置かれた十万円分のギアが、まるで私を嘲笑っているかのように見えた。
練習を終えた深夜、私は汗を吸って重くなったウェアを抱えて、近くのコインランドリーへ向かうのが日課になった。乾燥機が回るのをぼんやりと眺めながら、私はこれまでの自分がいかに「上辺」だけで生きてきたかを考えていた。
常に誰かと自分を比べ、より高価なものを持ち、よりマウントを取れる場所を探していた。けれど、この深夜の静寂の中で、膝の疼きを感じながら座っている今の私は、ただの「一人の人間」でしかなかった。肩書きも、年収も、SNSのフォロワー数も、今の足の痛みを取り除いてはくれない。皮肉なことに、肉体が壊れ始めて初めて、私は自分自身の「中身」と向き合い始めていた。
生活の景色も、少しずつ、けれど劇的に変わっていった。
以前の私なら、仕事が終われば迷わずコンビニの揚げ物コーナーへ向かい、脂ぎった弁当とストロング系の缶チューハイを買い込んでいた。それが唯一のストレス解消であり、空虚な一日を締めくくる儀式だったからだ。
しかし、本格的に走り始めると、私の体がそれを拒絶し始めた。
脂っこいものを食べれば翌朝の走りが露骨に重くなり、酒を飲めば心拍数が異常に跳ね上がる。スマートウォッチが冷徹に刻む「睡眠スコア」の低下を見るのが怖くなり、私はいつの間にか、自炊をするようになっていた。
スーパーの野菜売り場で、今まで見向きもしなかったブロッコリーや鶏胸肉、バナナをカゴに入れる。出汁から取った味噌汁の温かさが、練習で冷え切った内臓に染み渡る。それは、自分の体という「神殿」を、一から掃除し直しているような感覚だった。食事が、単なる空腹を満たすための作業から、明日の「今」を形作るための神聖な儀式へと変貌していった。
職場の人間関係からも、少しずつ意識が離れていった。
相変わらず「フルマラソン、頑張ってますね」と皮肉混じりに声をかけてくる同僚や、飲み会に誘わないことを根に持つ上司もいたが、今の私には彼らの言葉に一憂する余裕などなかった。
夕暮れ時、オフィスの窓から見える空が赤く染まり始めると、私の心はすでに河川敷へと飛んでいた。
「今日は六分三十秒のペースで、八キロ」
頭の中で今日の課題を反芻する。かつてはあんなに重要だと思っていた社内のパワーゲームや他人の評価が、今の私にとっては、風に舞う枯葉よりも軽いものに感じられた。
練習の頻度が増すにつれ、私は自分の中の「虚栄心」が剥がれ落ちていくのを自覚した。
あんなにこだわっていたウェアのブランドロゴや、最新モデルであることの優越感。それらは、走り始めて十分も経てば、噴き出す汗と苦痛の中に溶けて消えた。
必要なのは、見栄えの良い外見ではなく、この一歩を支えるための確かな筋力と、途切れない呼吸だけだ。
私はSNSのアプリをスマートフォンから削除した。他人の走った距離や、誰かからの「いいね」を確認する時間は、今の私には不要だった。他人の視線という「外側の光」ではなく、自分自身の内側に灯る「命の火」だけを頼りにするようになっていった。
本当の孤独を知ったのは、十一月の冷たい雨が降る夜だった。
河川敷のランニングコースには、人っ子一人いない。街灯が雨に煙り、アスファルトには黒い水溜まりが鏡のように光っている。
雨は容赦なく体温を奪い、高価な吸汗速乾ウェアも、水を吸えばただの冷たい重石に成り果てた。一歩踏み出すたびに、シューズの中で水がグチャリと音を立てる。
「……はぁ、……はぁ、……っ」
意識が遠のき、視界が狭まっていく。呼吸は肺を切り裂く刃のように鋭く、膝の痛みはもう限界を超えていた。
なぜ、私は走っているのか。
誰に頼まれたわけでもない。SNSの反応など、とっくに途絶えている。ここで立ち止まり、タクシーを呼んで温かいシャワーを浴びれば、すべての苦しみから解放される。
けれど、その極限の不自由さの中で、私は初めて、本当の「音」を聴いた。
(イマ、イマ、イマ……)
それは、私の思考や感情を超えたところで鳴り響く、圧倒的な生命の拍動だった。
雨音にかき消されそうなほど微かな足音。けれど、それは地球の裏側まで響き渡るほど力強い存在証明。
私が走っているのではない。
私という肉体を通して、この宇宙の「イマ」というリズムが具現化されているだけなのだ。
そう感じた瞬間、不思議なことが起きた。
それまで「敵」だと思っていた雨の冷たさや、足を引っ張る重力、そして忌まわしい膝の痛みが、すべて自分の一部として、愛おしい調和の中に溶け込んでいったのだ。
朝、暗いうちから起き出し、走り出す日が増えた。
冬の朝の空気は、磨き上げられたガラスのように澄んでいる。まだ街が眠っている時間、走っているのは私と、新聞配達のバイクと、ゴミ収集車だけだ。その静まり返った世界を独占しているような贅沢さの中で、私は「生きている」ことへの純粋な驚きを感じていた。
肺に流れ込む冷気が心地よい。街路樹の葉が落ちる音さえも、音楽のように聞こえる。
私は、独りではなかった。この雨も、この土も、この痛みも、すべてが同じ「今」という瞬間を共有し、互いに支え合っている。
練習の終盤、朦朧とする意識の中で、私の唇が微かに動いた。
「……さま、……がとう、……」
それは、言葉というよりは吐息に近かった。
喉の奥が熱くなり、目から溢れたものが雨なのか涙なのかも分からないまま、私はその断片を繰り返した。
誰かに教えられたわけではない。感謝するような幸福な状況でもない。けれど、この苦しみの中で「生かされている」という圧倒的な事実が、私の内側からこの言葉を押し出してきたのだ。
「神様、お助けいただきましてありがとうございます」
まだ、その言葉を完全に、真っ直ぐに放つことはできなかった。
私の心には、まだ「完走したい」という欲や、「他人に認められたい」というエゴが、泥のようにこびりついている。けれど、その泥の底から、澄んだ水のような祈りが湧き上がり始めたことだけは確かだった。
大会まで残り一ヶ月を切った。
私の体は、以前の締まりのない姿とは別人のように研ぎ澄まされていた。鏡に映る自分の瞳には、形だけのギアを揃えていた頃の軽薄な輝きはなく、代わりに静かで深い、湖のような光が宿っていた。
三万五千円のシューズは泥に汚れ、ソールの角は削れ、もう「最新」の美しさなどどこにもない。けれど、その傷だらけの靴は、私とともに何百回、何万回と「イマ」を刻んできた、かけがえのない戦友だった。
スマートウォッチの通知設定はすべて削除した。
今の私に必要なのは、デジタルな数字による管理ではなく、心臓の奥から響いてくるあの純粋なリズムだけだ。
(イマ、イマ、イマ……)
その音が導く先には、きっと、私がまだ見たことのない「本当の自分」が待っている。
私は、ただその予感だけを抱きしめて、冷え切った夜明けの道を走り出した。
祈りの声が、完成された一文となって天へ届く、その瞬間を待ちわびながら。
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