イマ、イマ、イマ1
その言葉がどこからやってきたのか、自分でも判然としない。
日曜日の午後、私はいつものように、重力に負けた肉体をソファに預けていた。窓の外からは、微かに街の喧騒が聞こえてくるが、それはどこか遠い世界の出来事のように感じられた。
手元のスマートフォンには、誰かのキラキラした週末の記録が並んでいる。高級なランチ、海辺のドライブ、新調したゴルフバッグ。それらを親指でスクロールしながら、私は自分の内側に溜まった「澱」のようなものを数えていた。
明日からまた、代わり映えのしない一週間が始まる。誰にでもできる仕事をこなし、適当な愛想笑いを浮かべ、夜にはコンビニの弁当で胃を満たす。私の人生は、まるで未開封のまま賞味期限を迎えようとしている食品のようだと、自嘲気味に思った。
不意に、テレビの画面に目が留まった。
そこでは市民マラソンの中継が流れていた。画面の中を埋め尽くすのは、数万人のランナーたちだ。若者も、年老いた者も、有名人も、無名の一般人も。その誰もが、一様に顔を歪め、汗を撒き散らし、必死の形相でアスファルトを蹴っていた。
実況アナウンサーが、熱っぽく声を張り上げている。
「この一歩が、彼らの人生を変えるのか! 限界を超えた先にある景色を求めて、今、多くの走者が……」
私は、手に持っていたポテトチップスの袋を置いた。指先に付いた塩気をズボンの膝で拭い、画面を凝視する。
画面越しに伝わってくるその生々しいエネルギーは、あまりにも私の部屋の静寂と対照的だった。彼らは「生きている」と感じた。その瞬間、私の頭の中に、奇妙なリズムが響き始めたのだ。
(イマ、イマ、イマ……)
それは、時計が刻む無機質な秒針の音よりも、ずっと深く、根源的な響きだった。
足が地面を叩く音。心臓が血液を送り出す音。肺が空気を取り込む音。それらすべてが渾然一体となって、「今この瞬間」が更新され続けていることを告げていた。
「……イマ、イマ、イマ」
私は無意識に、そのリズムを口に出していた。
これまで一度も、自分の人生を「今この瞬間」の集積だと捉えたことはなかった。過去の失敗に執着し、まだ見ぬ未来の不安に怯え、現在の自分を置き去りにしてきた。けれど、画面の中のランナーたちは違った。彼らには、次の一歩という「今」しか存在していなかった。
「やって、みるか」
一度口にすると、それは強固な意志へと変わった。
私はすぐに動き出した。何事も形から入るのが、私の悪い癖であり、唯一の長所でもある。
翌日の仕事帰り、私は都内でも有数の大型スポーツ専門店を訪れた。
店内に一歩足を踏み入れると、そこは色鮮やかな最新ギアの戦場だった。私は店員を呼び止め、「これからマラソンを始めたい。最高のものを揃えてほしい」と告げた。
「お客様の足の形でしたら、こちらの初心者向けのクッション性が高いモデルが膝に優しくておすすめですが……」
店員が控えめに差し出した実用的なシューズを、私は一瞥して遮った。
「いや、こっちの、一番高いカーボンプレート入りのやつを頼むよ。これが一番速いんだろう?」
三万五千円もする厚底シューズ。ソールには最新の航空宇宙工学に基づいた素材が使われているという。実際には、私の貧弱な脚力ではその反発力を使いこなすことなど不可能で、むしろ怪我のリスクを高めるだけだという店員の言葉は、右から左へ流した。
さらに、関節を強力にサポートするという一万五千円のコンプレッションタイツ、走行距離だけでなく血中酸素濃度や睡眠の質まで計測できる七万円のスマートウォッチ、ブランド物の吸汗速乾ウェア。
レジで提示された合計金額は、一か月の手取り給与の半分近くだった。だが、クレジットカードを切る瞬間のあの高揚感は、何物にも代えがたかった。
「これで、俺も彼らと同じ場所へ行ける」
大きなロゴが入ったショップバッグを提げて歩く帰り道、私はすでにフルマラソンを完走したヒーローのような気分になっていた。
その夜、私はさっそく、新品のウェアに袖を通した。
鏡に映る自分は、確かに「ランナー」に見えた。高価なギアに守られ、隙のない姿。私はスマートフォンを構え、自撮り写真を撮った。
『新しい挑戦、始動。今を刻む。 #マラソン #初心者 #挑戦』
SNSに投稿すると、すぐに数件の「いいね」がついた。まだ一歩も走っていないのに、他人の承認を得ることで、目標を達成したかのような錯覚に陥る。それが私の、浅はかな「今」だった。
投稿してから数分おきに、画面をプルダウンして更新を確認する。通知の数字が増えるたびに、脳内に微かな快楽物質が流れるのを感じた。
「すごいですね!応援してます」「フルマラソンなんて尊敬します!」
画面の中の賞賛の声は、まだ一歩も走っていない私の空虚な自尊心を、一時的に満たしてくれた。けれど、スマホの明かりを消した瞬間に訪れる部屋の暗闇は、以前よりもずっと深く、冷たく感じられた。私は、自分が買い揃えた十万円分の「覚悟」が、実はただの「現実逃避」ではないかという疑念から目を逸らした。
準備は整った。
私は新しいシューズの紐を、これ以上ないほど丁寧に締め上げた。
外は、ひんやりとした夜の空気が流れている。スマートウォッチのボタンを押すと、衛星との通信が開始され、無機質な電子音が「Ready」を告げた。
「よし、行くぞ」
最初の一歩を踏み出した。
タン、タン、タン。
最新のシューズは驚くほど軽く、反発力に満ちていた。地面を蹴るたびに、体が前方へと押し出される。
(イマ、イマ、イマ……)
脳内のリズムと、足音が重なる。
風を切る感覚。街灯の光が、サングラスの奥で流れていく。私は最高の気分だった。このままどこまでも走っていける、世界中の誰よりも速く、自由に。
しかし、その快楽は長くは続かなかった。
五分も経たないうちに、私の体は悲鳴を上げ始めた。
肺が焼けるように熱くなり、喉の奥から鉄の味が這い上がってくる。三万五千円のシューズも、最新のタイツも、私の軟弱な筋肉を助けてはくれなかった。
足取りは目に見えて重くなり、軽やかだった「イマ」のリズムは、自分を追い詰める過酷なカウントダウンへと変わった。
「はぁ、はぁ……っ、くそ……」
ついに私は立ち止まった。激しく咳き込み、膝に手をつく。
スマートウォッチを見ると、走行距離はわずか一・二キロ。平均ペースは、散歩に毛が生えたようなものだった。
通り過ぎていく熟練のランナーたちが、私の高級すぎる装備をちらりと見て、微かに苦笑したような気がした。形だけを整え、最新の機材に守られながら、私はたった数分間の「今」にすら耐えられない。その事実に、私は猛烈な羞恥心を感じた。
翌日、私の体は、これまでの不摂生への罰を受けるかのような凄まじい筋肉痛に襲われた。
ベッドから起き上がるだけで呻き声が出る。階段を降りるのも一苦労だ。
職場のデスクに座るだけでも、太ももの裏側に激痛が走った。
「あれ、どうしたんですか? その歩き方」
後輩の女子社員に怪訝な顔をされ、私は精一杯の虚勢を張って答えた。
「あぁ、昨日からフルマラソンの練習を始めてね。ちょっと追い込みすぎたかな」
追い込むどころか、たった一キロで根を上げたことなど口が裂けても言えない。自分で自分にかけた「期待」という呪縛が、じわじわと私の逃げ道を塞いでいく。
だが、不思議なことに、私の耳の奥では、あの音がまだ消えずに鳴り響いていた。
(イマ、イマ、イマ……)
それは、私の苦痛や恥を無視して、ただ淡々と、冷徹なまでに響き続けている。
その音を聞いていると、自分がどれほど「形」にこだわっていたかが浮き彫りになった。最新のシューズも、SNSの反応も、この生命のリズムの前では何の価値もない。
数日後、私は自治体が主催する「第十回市民ふれあいフルマラソン」のパンフレットを手に取っていた。
初心者歓迎。制限時間六時間。
今の私には、エベレストに登るほど遠い目標に見える。
けれど、あの「イマ、イマ、イマ」という音が、私を動かしていた。それは単なる意志ではない。このまま停滞して、自分という生命を腐らせてはいけないという、内なる声の命令だった。
私は、震える指先でエントリーの入力を進めた。
氏名、住所、生年月日、緊急連絡先。
そして最後、出場への意気込みの欄に、私はこう記した。
「一歩ずつ、今を刻む」
四十二・一九五キロ。
その距離が、私に何を教えようとしているのか。
この「イマ」の連続の果てに、どのような「声」が私を待っているのか。
私は、まだ何も知らなかった。
けれど、ただ一つ確信していたのは、私の本当の人生は、この情けない一歩から、ようやく始まったのだということだ。
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