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  作者: しゅう


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光と闇3

コンラートの持つ蝋燭の炎が、パチリと爆ぜた。

その乾いた小さな音が、静寂極まる執務室の中では、罪人を断罪し命を断つ鉄槌の響きのように重く響いた。ルカの背中を伝う汗が、氷水のように冷たい。背後に立つ審問官の気配は、もはや神の代弁者としての厳格さなど微塵もなく、光の届かぬ暗がりで獲物の喉元を狙い、その生血を啜ろうとする飢えた獣のそれであった。


「この図面が、あの大聖堂の十字架の影と一致することに気づいたか。石工の息子らしい、泥にまみれた視線が生んだ鋭い観察眼だ。あるいは、血筋という名の呪いが、お前に見せてはならぬものを見せたか」

コンラートの声には、秘密を暴かれた怒りではなく、むしろ同じ穴のむじなを見つけたかのような、背筋の凍る愉悦が混じっていた。彼は凍りついたように震えるルカの肩に、重く、粘りつくような冷たい手を置いた。その指先からは、神聖な香油の香りなど微塵もせず、常に触れているであろう古びた金貨の、金属特有の卑しい脂臭さと、乾いた鉄のような匂いが漂ってくる。


「ルカよ、お前が憧れたあの『光』……大聖堂の荘厳な美しさを維持するために、どれほどの黄金が、どれほどの生贄が必要か考えたことがあるか? 見ろ、この帳簿を。これらすべてが、我々が『光の敵』として処断した者たちの残骸だ」

コンラートは机上の重厚な台帳を乱暴に開いた。そこには、ルカが尊敬していた歴代の書記たちの美しい筆致で、没収された財産のリストが果てしなく羅列されていた。


「あの大聖堂の青いステンドグラス一石を焼くために、南仏の富商一族の全財産が溶かされた。聖母のマントを飾るラピスラズリの輝きのために、異教の疑いをかけられた未亡人の持参金が吸い上げられた。石を積み上げ、天を突く石の尖塔を築き、神の衣を宝石で飾る。それらすべてを賄うのは、清き信徒のささやかな喜捨きしゃだけではない。あの大聖堂は、神への純粋な祈りだけで建っているのではないのだよ。我々が『異端』の烙印を押し、摘発し、没収した莫大な財産――その血と涙が滲んだ金こそが、あの白銀の伽藍を底から支え、崩落を食い止めている。この世界を『正しい色』に染め上げるには、それ相応の供物が必要なのだ」


ルカは耳を疑い、目の前の景色がぐにゃりと歪むのを感じた。正義の盾、神の正義の代行者だと思っていた異端審問が、実は教会の肥大化した底なしの胃袋を満たすための、狡猾で無慈悲な「搾取の装置」に過ぎなかったというのか。文字を知ることで泥沼から救い出され、光の秩序側に立ったと思っていた自分は、その卑劣な強奪を「神の業」として清書する、ただの都合の良い記録係に選ばれただけだったのか。


「……では、バルタザール様も。あのバラ窓を焼き、街に神の光を知らしめた功労者でさえ、その金のために……?」

「あの老いぼれは、硝子に未知の色彩を与える秘術という、金にも勝る『富の源泉』を独占しようとした。教会の管理を離れ、教義の外側で生み出される技術は、それがどれほど美しかろうと、秩序を乱す『罪』なのだよ。彼を異端として葬り、その秘法を教会の、いや、私の管理下に置く。それがこの『光の都』の輝きを永劫に保つための、最も効率的な守り方だ。わかるか、ルカ。お前のペンは、そのための最後の仕上げなのだ。お前がその手で彼を『異端』と定義した瞬間、彼の技術は教会の資産へと浄化される」


コンラートが、自らの顔を深く覆っていた漆黒のカウルをゆっくりと脱ぎ捨てた。露わになったその素顔は、神職者の慈悲など欠片もなく、深い執着と飽くなき権力欲に醜く歪み、影の差さない滑らかな肌の下にどす黒い欲望を煮立たせている。その眼差しは、地下牢の囚人よりも、泥にまみれて働いていた石工の父よりも、はるかに濁り、ルカの目に醜悪に映った。ルカの中で、二十年間かけて積み上げてきた「聖なる世界」の輪郭が、今、耳を塞ぎたくなるような轟音を立てて崩落していった。


翌日。審判の最終段階として、バルタザールの死罪が宣告された。

罪状は、悪魔との契約による錬金術の行使、および神聖な聖堂の意匠への邪教的紋様の混入。それは、コンラートが自らの私欲という黒いインクで捏造した、あまりにも完璧で、反論を許さぬ「偽りの真実」であった。


ルカは、もはや一筋の光も届かない、拷問室の湿った隅にいた。

冷たい石の台の上に横たえられたバルタザールの肉体は、度重なる責め苦によって極限まで破壊し尽くされていた。かつて色硝子に魔法をかけ、天上の色彩を地上に引き降ろした誇り高い指の関節は、もはや原型を留めぬほど無惨に砕かれ、呼吸のたびに剥き出しの肋骨が悲鳴を上げている。だが、その瞳だけは、泥水に沈んだ後も輝きを失わぬ宝石のように、濁りのない静かな光を湛えていた。

彼は、自分を今すぐ火刑台へと送るための死刑執行書――その残酷な「記録」を綴らされているルカを、恨むことも、呪うことも、軽蔑することもなく、ただ静かに見つめていた。その眼差しは、我が子の過ちを包み込む慈母のように深く、温かかった。


「若き書記よ。悲しむことはない……。影が深ければ深いほど、そこには確かな『実体』がある証拠だ。硝子を焼く時……最も美しい色は、最も激しく、最も汚れた火の中から生まれるのだよ」

バルタザールは、血と泥に濡れた指を震わせ、ルカが広げた真っ白な羊皮紙の端を、愛おしむようにそっとなぞった。上質なヴェラムの上に、生々しく赤い血の跡が「相似」の文様を描く。


「コンラートは、火を恐れて熱を奪おうとする。だが、熱なき光はただの死だ。自分を光だと思い込む者は、自分の影に飲み込まれて消えるだろう。だがお前は違う。お前はそのペンで、光と闇が引き裂かれる、その残酷な境界線を歩き続けることができるはずだ……。お前のインクを、ただの冷たい記録の道具にするな。それは、人々の魂の熱を吸い込み、紙の上に永遠の灯をともすための『黒き炎』でなければならない。どちらか一方の極に染まってはならない。その両方が激しく溶け合い、せめぎ合う『相似』の真実を書き残せ。それだけが、この狂った世界に遺される、唯一の救い(よすが)となるのだ」

その瞬間、ルカの脳裏に、幼い頃に竈の灰の中に初めて文字を刻んだ時の、あの指先を焼くような激しい閃光が走った。

光が闇を焼き払い、闇が光を隠蔽するのではない。光が闇を支え、闇が光の輪郭を縁取っているのだ。

自分を泥沼のような貧困から引き上げてくれた教会は、人々の魂を糧にして肥え太る怪物に過ぎなかった。


だが、自分を地獄のような肉体労働から一時的に救い出し、同時にこの醜い世界の真実を直視させた「文字」という特権は、今や、この隠蔽された世界の深淵を唯一暴き出せる、研ぎ澄まされた刃となっている。

ルカは、震える手で羽根ペンを握り直した。

削り出されたペン先の感触が、指に食い込む。その痛みは、もはや代償ではない。それは、真実を綴る者としての覚悟の証だ。

自分が今すべきことは、コンラートが望むような、光の勝利だけを一方的に謳う「浄化の記録」を書くことではない。白き羊皮紙という「光」の上に、漆黒の鉄剥離インクという「闇」を叩きつけ、この矛盾に満ちた世界の「相似象フラクタル」を、一文字の容赦も慈悲もなく、ありのままに刻み込むことなのだ。


ルカのペン先が、呻き声を上げるように羊皮紙の表面を掻いた。

書き始められた最初の文字は、もはや神への盲目的な祈りではなく、この血を吐くような地獄の底から生まれる「中絶された真実」の響きを帯びていた。インクが紙に吸い込まれるたび、ルカの心からは、光の秩序に縋り付いていた「かつての自分」が削ぎ落とされ、光と闇の狭間に立つ、新たな記録者の魂が形成されていった。

執務室の窓から見える聖母大聖堂の尖塔が、夕闇の中に沈んでいく。その輝かしい白銀の影で、ルカは自らのペンが描き出す「黒き炎」の軌跡を見つめていた。

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