覚信尼4
登場人物紹介
覚信尼
親鸞の末娘。京都・大谷の地で、亡き父の廟堂を守る。母・恵信尼からの遺言ともいえる手紙を受け取り、一族の真実と「生命の継続」の理に触れていく。
恵信尼
親鸞の妻であり、覚信尼の母。越後の荒野で泥にまみれ、家族の「生存」を支え抜いた強靭な女性。死の間際、娘へ向けて一族の慟哭と救済を綴った手紙を遺す。
親鸞
覚信尼の父。浄土真宗の宗祖。朝廷により僧籍を剥奪され、藤井善信として越後へ流される。極限の生活の中で「他力本願」の本質を見出すが、後に息子を義絶するという苦渋の決断を下す。
善鸞
覚信尼の兄(親鸞の長男)。父の名代として東国へ向かうが、独自の教えを説き混乱を招いたとして、父から「義絶」を言い渡される。一族の「断絶」の象徴となる悲劇の息子。
夜は更け、東山の静寂はいっそう深まりを見せていた。
私の手元に残された手紙は、あと数枚。
そこには、母・恵信尼が越後の地で独り、自らの「息」を静かに引き取ろうとしていた最後の日々と、私、覚信尼に託された真の遺言が記されていた。
「覚信、私の視界は今、北国の冬の霧に包まれるようにして、次第に白く濁り始めています。ですが、不思議なことに、私の心はかつてないほどに澄み渡り、遠い昔の、あの泥にまみれた越後の日々が、宝石のように輝いて見えるのです」
母は、自らの死を「消滅」とは捉えていなかった。
それは、使い古した肉体という器を脱ぎ捨て、自らが守り抜いてきた膨大な「情報の種」を、子供たちや、その先に続く無数の生命という大地へ解き放つための、聖なる「呼吸」の転換であった。
「私は今、最後の一息を吐き出そうとしています。この吐息は、越後の風に乗り、山を越え、谷を越え、やがて京都のあなたの元へと届くでしょう。生命とは、吸うことと吐くことの無限の繰り返し。私が吐いた息を、あなたが吸い込む。あなたが吐いた息を、また誰かが吸い込む。そうして私たちは、形を変えながら、永遠にこの地上を巡り続けるのです。死とは、呼吸の場所を変えることに過ぎません。私は今、あなたという未来の肺の中へ、静かに溶け込んでいこうとしているのです」
そして、手紙の行間に、ついにその「真実」が姿を現した。
「覚信、父上が亡くなるその刹那、京都にいた門弟たちは誰も聞き取れなかったそうですが、父上はたった一言、震える唇でこう呟いたといいます。『善鸞、すまぬ……』。それは、法(教え)を全うするために息子を捨てた一人の男の、最初で最後の剥き出しの懺悔でした。父上は、聖人としてではなく、一人の父親として、地獄の業を背負う覚悟で息子を斬り捨てたのです。父上は、最期まであの地下で繋がった根を、自らの血で温めようとしていた。あの義絶状は、あの子を突き放すための冷たい刃ではなく、あの子を仏の無限の慈悲へ押し込もうとした、父上の絶望的なまでの愛の形であったのだと、私は今、確信しています」
私は、最後の一文字を読み終え、静かに手紙を畳んだ。
目から溢れた涙が、母の文字を微かに滲ませたが、それは悲しみの涙ではなかった。自分という存在が、決して孤独な粒子ではなく、果てしない生命の連鎖の中にある「一つの呼吸」であることを知った、安堵の涙であった。
父の沈黙の中にあった愛。母のひび割れた手の中にあった救い。そして、兄の過ちさえも包み込む、地下に広がる巨大な根の存在。それらすべてが、今、私という個体の中で一つに溶け合い、静かな熱を帯びていた。母が越後の荒野を耕したように、私はこの京都の地で、人々の心という大地を耕すための「根」にならねばならない。
「お母様、私は決めました」
私は暗闇に向かって、独りごとのように、しかし確かな声で呟いた。
私は、この大谷の地を、単なる墓守の場所にはしない。
ここを、誰もが立ち寄り、父と母が信じた「生命の根源」に触れ、再び自分の足で歩き出すための、光の拠点にする。血縁という狭い循環を超えて、名もなき多くの人々が「一つの根」を分かち合う場所。それが、後に「本願寺」と呼ばれることになる、新たな生命の定着点の始まりであった。私が母から受け取ったこの手紙という情報の粒子は、これから何百年、何千年の時を超えて、無数の人々の肺を満たし、凍えた心を温めるための呼気となるだろう。
窓の外では、夜明けの気配が東の空を微かに白ませ始めていた。
冷たい朝の空気を、私は深く、深く吸い込んだ。
肺の奥まで満たすその空気の中に、母が越後で吐き出した最後の呼気が、そして父が都で紡ぎ出した祈りの息吹が、確かに混ざり合っているのを感じた。
私はもう、迷わない。
たとえこの先、どれほどの荒波が押し寄せようとも、私の中には母の「ひび割れた手」の強靭さが、そして父の「高潔な理想」の輝きが、一つとなって、自由自在に、無限に継続していく「命」として脈打っているのだから。私は、母が守り抜いた「時間」を、今度は私が「永遠」へと繋いでいく。
文永元年の朝が、ゆっくりと東山を照らし出す。
私は、母への返信を書き終えた紙を、大切に文箱に収めた。
それは、死者への手紙ではない。これから生まれてくる未来の生命たちへの、私からの「情報の定着」である。
「生命は一つの根である」
その言葉が、私の唇から、静かな念仏となって溢れ出した。それは、一人の女性として、一人の娘として、そして一人の人として、この壮大な物語を引き継ぐための、始まりの呼吸であった。
母の最期の言葉が、耳の奥でリフレインする。
「覚信、泣くことはありません。私はもうすぐ、あなたの一部になるのですから。私の手はあなたの手となり、私の目はあなたの目となって、新しい世界を見つめるのです」
その予感は正しかった。今、私の胸を打つ鼓動は、母の鼓動であり、父の祈りそのものである。
東山の木立が、朝日を受けて黄金色に輝き始める。
越後からの風は、今、京都の街を優しく包み込み、新たな一日の「生命」を世界に送り届けていた。
私は筆を執り、最後の一行を書き添えた。
「生命は、自由自在に、無限に継続していく。私たちは、一度も離れたことはなかったのです。一つの根から生まれ、一つの呼吸を分け合い、一つの光へと還っていく。お母様、あなたの遺した種は、今、ここで芽吹きました」
最後までお読みいただき、誠にありがとうございました。
本作『覚信尼』は、これにて完結となります。
本作の着想は、古代の叡智である「カタカムナ第28首」に示された理から得たものでした。
この首は「息、呼吸、生き……生命は一つの根である」と解釈されています。その「イキ(生命)」の根源的な繋がりに想いを馳せていたとき、私の心の中にふと「鎌倉時代」の情景が浮かび、同時に「親鸞」という言葉が強く響きました。
親鸞聖人について深く辿るなかで、私は妻・恵信尼公と、その家族の歩みを知ることとなりました。なかでも、末娘である「覚信尼」という存在になぜか強く心を惹かれ、母から娘へ、そして過去から未来へと「呼吸」を繋ぐ物語として、この往復書簡の形をとらせていただきました。
泥にまみれて生を繋いだ母の手、法(教え)のために苦渋の決断を下した父の背中、そしてそれら全てを吸い込み、新たなる「根」として立ち上がった娘。
この一族の物語を通じて、皆様の中にも「途切れることのない生命の連鎖」を感じていただけたなら幸いです。
【読者の皆様へ】
本作を読み終えた皆様の率直な感想が、この物語を未来へと「定着」させる最後の鍵となります。以下の5段階評価、および皆様の心に残った情景をお聞かせいただけますと幸いです。
評価:★ 〜 ★★★★★
コメント: 印象に残った場面や、特に心に響いた一節などをお聞かせいただけると嬉しいです。
最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました。




