変な娘(アーネ)
久しぶりの更新ですが、キリがいいところで止めたのでちょっと短いです。
軽くなった頭を振ると、肩口で髪が揺れた。
(こんなに短くしたのは、いつ以来かしらね)
貴族令嬢として生まれたときから伸ばしていたのだから、それこそ幼少期の始めくらいだろうか。
慣れない髪型につい肩口の髪をいじるように触れてしまう。
「フード付きのマントが買えて良かったよね」
その動き見てフードに触れたと思ったのか、隣にいた黒髪の少女が微笑む。
まだ出会って三日もたっていないというのに、随分と気を許し始めたものだ。
(ほんと、変な娘)
イサーナ・モリノミィヤ
忌々しい奴隷商の屋敷の地下牢で出会った娘は、話せば話すほど奇妙な娘だった。
労働を知らない綺麗な手で、食事の所作も綺麗。それなのに、中央大陸語は話せても読み書きは出来ず、大陸貨幣の扱いも知らない。
何より可笑しかったのは、スキルを持っていながら魔力やスキルの扱いに関して碌に知らなかったことだ。
少女のスキルはアーネの予想通り転移だった。割と勝手がよくて便利なスキルだ。
スキルは本来、習得条件を知り、それを達成することで習得できるものだ。しかし、世の中には条件が不明だが、先天的にそのスキルを授かって生まれる人間もいる。
転移スキルは、その習得条件が解明されていない先天性スキルの一つだった。
持って生まれるはずのそれをつい最近得たと言い、スキルも全く使いなれていない。それどころか、魔力の存在もつい最近認識したような状態だった。
名前の響きから東の端にある島国、ヤーパン国の貴族かと思ったが、あの国では長い髪は命と等価であり、女性は平民であっても容易に髪を切りはしない。それをあっさりと切り落として金に換えた少女に、アーネは驚きを通り越して違和感を抱いた。
(馬鹿じゃないけど、驚くほど物を知らなすぎる)
そして、アーネがナイフを隠し持っていたことについても、驚きはしてもそれが自分に向けられるとは思っていないようだった。
(自分の意志は持ってるけど、考えは甘いしその場の感情に左右されやすい子ね)
考えが甘いのは、今までそれを助けてくれる誰かが当然のようにいたからだろう。愛されて、肯定されて育ったらしい無鉄砲さが眩しかった。
(これだけ愛されて育ったとわかる娘がどうしてあの教会に庇護を求めたのか、ちぐはぐな知識と状態も含めて気にならないといったら嘘になるわね。でも、人の事情はそれぞれだもの)
斯く言うアーネ自身もまた、のっぴきならない事情であの教会に行ったのだから、誰にどんな事情があってもおかしくはない。
(重要なのは、イサーナが私を裏切らないかどうか)
地下牢から抜け出した際、オーナーの部屋から宝石類以外にナイフも盗んだのは、護身用であることはもちろんのこと、イサーナがアーネを裏切った時に使うためだった。
しかし、結局移動中は使うことはなく、揺さぶるためにナイフを渡して背を向けても、怪しい動きはなかった。逆に、自分の髪も切ってほしいとナイフを渡し返された時は、呆れたものだ。無防備な寝姿を見せても何もせず自分も熟睡し、金銭も全てアーネに預けたままだ。
いっそ不審なほど無知で無防備なため、もしやシュテルンからの差し向けかとも疑ったが、であるなら逆にイサーナのあり方は違和感が強すぎる。あれでは最初から疑ってください、と相手に印象付けているようなものだ。
(イサーナにとって、今私を裏切る利点は何もない。この状況であそこまで無知を装う理由もないし、本当に何も知らないんでしょうね)
一度手酷く裏切られているだろうに、もう気を許し始めているイサーナの頭の中には、自分から裏切るという考え自体なさそうだ。アーネのように保険を作っている様子もなく、もし今ここで有り金を奪われて放り出されたどうするつもりなのか。
(でも、ただの無知というのとも、違う気がするのよね)
イサーナの言葉や所作には、節々できちんとした教育を受けたものの知性を感じられた。分からないことは質問しては覚え、アーネの指示もきちんと説明すれば理解する。これは、なんの教育も受けたことのない人間にはそう出来ることではない。
(絶対に何か面倒な事情を抱えてそうね……)
大切に育てられたのが見てとれるが、中央大陸の知識も常識もない少女。
これ以上共にいれば、面倒に巻き込まれそうな気がしてならない。
しかし、不思議とアーネには、ここでイサーナを放り出そうという気は起きなかった。
イサーナのおかげで牢屋を出られたということもあるが、何よりここでイサーナを放り出せば、それはアーネがこの世で最も嫌悪する連中と同類になることを意味していた。
(まあ、考えは甘くても根性はあるみたいだし、転移のスキルは鍛えれば利用価値はどんどん上がる。ここで私を裏切らない人間を一人作っておけば、今後も役立つかもしれないわね)
無論、本当にイサーナが今後もアーネを裏切らないかは、分からない。
しかし、そんな起こるかも分からない裏切りを恐れて一人びくびくと生きていくなんて、アーネを貶めた奴らを喜ばせるだけの展開だ。
(怯えて縮こまるなんて、そんなのは絶対嫌よ)
永遠に与えられない愛を求めて、どれだけ利用されても耐えていた愚かな娘はあの牢獄で死んだのだ。用済みになったからと視界から排除され、家族から死を望まれた。
ならば、これからはアーネというひとりの少女として、自由に好きに生きてやろう。この身がどこへ行き、何をして、どう命を終わらせるかも、アーネが決める。
(ああ、そうか。だからなのね)
どうしてイサーナと共に行こうと思ったのか、今分かった。
イサーナの目にも、アーネと同じ感情があった。
他者に自分をいいようにされてたまるかという怒りだ。
それが理解できたから、ともに逃げようと思ったのだ。
(私の行動原理も、案外単純なんだわ)
つい可笑しくなって、口端が上がった。
「アーネ? どうかした?」
「いいえ、なんでもないわ」
首を傾げるイサーナとタビの動きが同じで、ますます笑えてしまう。
(まずは、お母さまの形見を取り戻さないと)
今後イサーナがどうしたいかは知らないが、形見を取り戻すまでは当初の契約通りだ。
その後どうするかは、取り戻してからゆっくり決めようと思った。
「さあ、次はどうやってシャウへ戻るか考えるわよ」




