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報復した少女は逃亡した  作者: 夏樹


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金策

 勇那もアーネも一言も話すことなく黙々と食べていたせいか、動作はゆっくりでも比較的早く食事が終わった。


 その後、タビのために追加で銅貨を払ってシチューをもらい、部屋に戻ると二人は早々に休んだ。二人ともまだまだ疲れが残っていたことと、久しぶりに食事をとれたことで体が休息を求めたからかもしれない。


 タビは嬉しそうに皿に顔を突っ込みながらシチューを食べており、その躊躇いのなさから教会でのトラウマもないようで勇那はほっとして眠りについた。


 翌朝、久しぶりにベットでゆっくり休めたことで、勇那はすっきりとした目覚めで起き上がることができた。空っぽになっていた魔力も戻ったらしく、満たされている感覚がある。


 二人ともよほど疲れていたのか、目が覚めたのはすっかり日が昇ったところだった。風呂に入れていないため髪と肌のべたつきは感じるが、昨日より気分はすっきりしている。

 でも、現実的に懐は寂しい。


「財布の残りは銀貨一枚と銅貨三枚。これじゃもう、この宿には泊まれないよ。またあの換金所に行かないと」


 ベットに並べた硬貨を睨みながら言った勇那の言葉に、起き上がったアーネは窓の外を見て首を振った。


「いえ、昨日の今日でまた換金所に行くのはまだ早いわね」

「じゃあ……どこか日雇いで働いて稼ぐとか?」

「そう都合よくいかないわよ。それに、この町にはまだ奴隷商の人間もいるかもしれないのだから、あまり出歩かない方がいいわ。うっかり出くわしでもしたら面倒よ」

「ええー、じゃあどうしたら……他に売れる物って言っても……」


 勇那は、ポケットの中のハンカチに触れながらうつむいた。

 少し使い古しているが、ふわふわとしたタオルハンカチはこの世界でも売り物にはなるだろう。でもこれは、勇那の数少ない地球と自分をつなぐ品だ。可能な限り手放したくはなかった。


「そうね……まあ、仕方ないわね」


 ため息が聞こえたと思ったら、次いでざくっと何かを切るような音がして、勇那は顔をあげた。


「なっ」


 いつの間にナイフなんか手にしたのか、腰まで届くほどあったはずのアーネの金髪の一部が、肩から下でざっくりと切り落とされていた。


「なにやってんの!?」


 勇那の大声に、ベットで寝ていたタビが飛び起きた。


「見てわかるでしょ。髪を切ってるのよ」

「だからなんで!?」


 意味が分からず勇那は声をあげた。

 アーネの髪は長く手入れをされていなかったせいでごわついていたが、元は綺麗な髪だったことは分かるものだった。腰まで伸ばして大切にしていただろう髪をあっさりと切り落とした姿に、勇那は驚愕した。


「こんな物でも、売れるそうよ」

「売るの!? 髪を!? ていうか、そのナイフどこから出したの!」


 驚く勇那を無視して、アーネはまた髪を束にして持ちナイフを当てる。


「あ、ちょ、ちょっと待って、待ってよ!」

「うるさいわね。喚くだけなら廊下に出てなさい」

「いや、違くて。売るのは分かった。分かったから、そんな適当な切り方は待ってよ」


 再度髪を切り落とそうとするアーネに、勇那は寸でのところでストップをかけた。


「どんな切り方をしようが私の勝手でしょ。こうしないとよく見えないのだもの」

「私が切るから! そんなざく切りしたら、あとでぱっつんどころか襲われた後みたいになっちゃうよ」


 勇那のあまりに必死な訴えに、アーネは鬱陶し気にしながらもあきらめてナイフを手渡した。


「ここで私の首を掻き切ったなら、末代までたたってやるから覚悟しなさい」

「そんな恐ろしいことしないけど!?」


 信用されているのかされていないのか、微妙な言い回しをされつつも渡されたナイフをおっかなびっくり持ちながら、勇那はアーネの髪を少しずつもって切り始めた。


(き、切りづらい。ハサミが欲しすぎる)


 ナイフで髪を切るなんてことしたこともない勇那は、内心でハサミを熱望しながらも、この世界にあるのかも分からず悪戦苦闘しながらアーネの髪を切った。左手で髪の束をもちながら、少し髪を張って、奥から手前に引くようにすると少し切りやすくなった。


「でき、た?」


 しばらく髪と格闘して終わるころには、すっかり一仕事終えたような気分だった。


「ちょっとはマシ、じゃない?」


 アーネの髪は肩あたりで出来る限りそろえて切った。


『わあ、やまもり~。アーネのかみのけいっぱいだね』


 アーネの足元には、こんもりと金髪の山が出来ている。それで楽しそうに球をとろうとするタビをベットに移して、勇那は髪を一か所に集めた。

 部屋には鏡がないから直接は見られないだろうが、アーネはだいぶ頭が軽くなったのか、少し不思議そうな顔で頭を振ったりしていた。


(こんなに短くしたことなかったんだろうな)


 似合ってないとは言わないが、肩口で揺れる髪が少し寂しそうだ。


「それじゃあ、はい」


 勇那はアーネの髪を切り終えると、ナイフをアーネに差し出して背を向けた。


「何よ」

「私の髪も切ってほしいなって思って。アーネよりは短いけど、ちょっとは売れないかな」


 アーネの髪を切りながら、彼女が髪を売るというのなら、自分も同じようにしようと勇那は決めていた。

 背中に届くかどうかという長さしかないが、アーネよりは痛んでいないという点で、少しは足しにならないかと思っている。

 アーネは驚いたように僅か目を見開いた。


「それに、奴隷商の仲間がまだいるなら、ちょっとでも外見を変えた方がいいかなって思って。髪が売れたら、外見も変えられてお金ももらえて一石二鳥でしょ」


 何でもないことのように話す勇那に、アーネは憮然としながらもナイフは受け取ってくれた。


「どうかな? これくらいの長さでも売れると思う?」

「……さあ、どうかしらね」


 取り敢えず、勇那の本気は伝わったらしい。

 促されるままに後ろを向くと、ざくっざくっとした音と共に髪が落とされていった。


 ただ時折、くっとか、このっとか言った声が漏れ聞こえるので、失敗しないか冷や冷やした。ハサミと違ってナイフは手元が狂えばすっぱりと首元も切れてしまいそうで結構怖い。


 手元の拙さで言えば勇那も同じようなものなので、アーネもこの恐怖を我慢してくれたのだろう。

 集中を邪魔しないように黙っていると、しばらくして髪を切り終えた。


『イサナのは少ないね~』


 タビは小盛程度の山に、ちょいちょい手を出している。散らかさないように言って、勇那も自身の髪を見る。


「そうだね。やっぱり少なめだ」


 長さは背中に届かないくらいしかなかったこともあり、肩まで切ってもほとんど長さがなかった。 


「筆の先にくらいはなるんじゃないかしら」

「あ、そんな感じに使われるんだ」

「さあ? 本来は鬘として利用されると聞いているけれど、この長さでどうなるかなんて知らないわ。持って行ってみないと分からないわね」

「そっかあ」


 勇那のカバンにはタビが入るので、床に落ちた髪は集めて、ひとまずアーネの方のカバンに押し込んだ。


 しかし、二人とも酷いざんばらな髪は避けられたが、素人がナイフで切った微妙な髪型にはなった。贅沢は言えないが、お金が落ち着いたらハサミが欲しい。

 二人は食堂で朝食をもらうと、すぐに荷物をまとめて宿を出た。


(女将さん、何も言わなかったけど、流石に驚いてたな)


 起きるのが遅かったため、勇那たちが宿を出る頃には他のお客はすっかりいなくなっていた。朝の仕事へ向かう人々は出かけ終わっているのか、人通りは落ち着いている。


 アーネについて歩くと、宿屋から何本かの通りを過ぎて曲がった細い路地の途中に目的の店はあった。店先にぶら下がっていた看板には、風になびく髪のようなイラストが描かれているが、店先には商品は並んでいない。


「ここ?」

「らしいわね。まあ、扱ってる商品を考えれば、表立った場所にないのは道理でしょう」

「あ、そっか」


 鬘をつける人は、基本的に周囲にそれをバレたくない人だ。必然的に人目を避ける。

 客を集めるなら、店の場所も表立った場所からは離れるだろうし、店先に鬘を並べることはないだろう。


「タビ、また静かにしててくれる?」

『またー? 終わったら遊んでくれる?』

「いいよ。だから、いいって言うまでお願いね」

『はーい』


 少し不満そうにしながらも、タビは大人しくカバンの中で丸くなった。

 聞き分けのいい子だ。あとでしっかり遊んであげようと決めた。


 薄暗い店先を恐る恐る入ると、中は意外と普通の明るさがある店だった。他に客はいない。


「いらっしゃいませ」

「髪を売りたいのだけれど」


 カウンターに座っているおばあさんにアーネが声をかけると、彼女はにこやかに頷いた。

 見るからにお金に困っている少女二人だが、そこには触れないらしい。


「では、こちらに」


 促されるように店の奥へ行くと広いテーブルがあり、その上に広げられた布の上にアーネはカバンから出した髪を置いた。


「ふむ」


 丁寧にまとめてはあるがごわごわとしたくすんだ金髪の束に、おばあさんは一束をもって査定するように見ていく。一束水に濡らして色を見て、長さを測り、まとめた重さも測っている。


「あら? こちらは」

「あ、私の髪です」


 短い黒髪の束もまた、同じように測りにかけられてまとめられた。


「あの、この短さでも買い取ってもらえますか?」

「そうですね……短い分、安くなってしまうんですけど、黒髪は珍しいから買い取りはしますよ」

「よかった!」


 買い取りしてもらえることに、勇那はほっと息をついた。


(黒髪ってやっぱり珍しいんだ。この辺でも見かけなかったもんな)


 今まで歩いてきた街中でも、一人も黒髪は見かけなかった。

 アーネからはヤーパン国の人間だと思われているため、ヤーパン国には黒髪がいるのかもしれない。


「こちら、全ての髪を合わせて銀貨五枚になります」

「それで構わないわ」


 提示された金額にアーネが頷くと、銀貨五枚と髪の束の交換が成立した。


(意外と髪ってお金になるんだな)


 昨日売った小さい宝石と同じ金額であることに、勇那は内心で驚きながらも売れた髪をしみじみと見つめた。


(また髪伸ばそう)


 髪がお金になるのであれば、伸ばしていればまた何かあったときの保険にはなるかもしれない。

 もともと、美容院に行くのが面倒くさくて伸びっぱなしにしていただけで、あまり長い髪に思い入れはなかった。どちらかというと、今見たいな肩辺りまでの長さが好きだ。

 だから、今回の取引に勇那は全く痛手を感じていなかった。


 査定が終わると、おばあさんはアーネと勇那の顔を見て作業台からハサミを取り出した。


(あ、この世界にもちゃんとハサミあるんだ)


 アーネがナイフを出したためハサミが存在するかを疑っていたが、どうやら普通にあるようだ。


「最後に、よければ髪を整えますが、どうしましょうか?」

「あー……結構酷いですか?」

「見苦しいわけじゃないですよ。ただ、ハサミ以外で切られたようだったので、良ければと思って。お代はいりませんし、無理にとは言いません」

「タダでしてくれるんですか」

「ここに髪を売りに来てくれる人は、ほとんどが事情のある方です。事情は人それぞれですが、女性にとって大切な髪をもらうのだから、せめてものお礼にさせてもらっているの」

「へえ」


 優しいおばあさんの言葉に心が揺れる。

 しかし、無償で差し出される親切を素直に受け取るのはまだ怖かった。


(アーネなら、おばあさんの言葉の真偽が分かる)


 ちらりとアーネを伺うと、ため息をついたあと頷かれた。


(嘘はついてないってことかな)


 アーネを嘘発見器にしてしまったことに申し訳なさを感じつつ、それでも、全く知らない相手に刃物を任せるのは怖い。


「えっと、そのハサミをお借りしてもいいですか?」

「ああ、自分たちでされますか? もちろんいいですよ」


 勇那の申し出に、おばあさんは慣れているようにハサミを貸してくれた。よくあることなのかもしれない。


「じゃあ……私がまた切っていい?」

「そうするしかないでしょう」


 勇那の提案に、アーネは肩を竦めると背を向けて椅子に座った。

 今度はハサミがあるから随分と切りやすい。段差がついてしまっている部分を整えるように切り揃えた。


 アーネが終わると、今度はアーネがハサミをもって勇那の髪を整えてくれた。

 おばあさんはその間、売った髪をいくつかの束にまとめて縛り、袋にしまったりして待っていてくれた。


「ありがとうございました」

「いいえ。またご縁がありましたら、お待ちしてます」


 始終穏やかだったおばあさんに見送られて、勇那たちは店を後にした。


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