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第436話 名探偵は仮面を外す

「最初に不可解だと感じたのは会場に充満した煙玉だ」


「ああ、暗闇の中で派手な音とともに破裂して煙が充満した奴ね」


「あれは着色されただけの無害な煙だった。何故だ? 睡眠ガスや神経ガスにでもしてしまえばよかろうに」


「言われてみれば確かに」


 イグニス様に連れられ七夕パーティ会場を出る。そこでは軍隊と警官隊が一触即発の睨み合い状態だった。イグニス様の登場に警官隊を束ねる狸のマミアナ警部がこわい顔をする。


「イグニス・マーマイト陛下。これは一体何事でありますか?」


「黙れ偽警部。ホークから盗み取ったダイヤを返してもらおう」


「一体何を」


「黙れ、と言われたのが聴こえなかったか?」


 イグニス様の蹴りが狸警部の顎を狙う。が、彼はそれを瞬時にかわした。出っ腹狸とは思えない俊敏さだ。お腹もブルンと揺れる。


「次に妙だと思ったのはあまりにも国際警察の登場が早すぎる点。警官隊を離宮のすぐ近くに待機させ、警部が単身パーティ会場に潜入捜査。それだけならばまだあり得ない話ではないが、それならばグリーンエンジェルスの3人が現れ暴れ始めた時点で正体をあらわし逮捕に協力しなければおかしい。何故終わった後でノコノコ出てくるのだ?」


「陛下の見せ場を奪ったら怒られそうだったから、とか?」


 が、彼が飛び退いた背後にはもうひとりのイグニス様が待ち構えていた。分身でもしたのか、と思いきやただの瞬間移動、でもなく、残像が残るぐらいの速度でキックした後彼の背後に回り込むことで、置きキックの残像を囮に本命の後頭部ぶん殴りを成功させたらしい。ガツン! と後頭部を殴られ狸警部が床に昏倒する。どうやら脳震盪を起こして気絶してしまったようだ。


「マミアナ警部! イグニス・マーマイト皇帝陛下! これは国際警察に対する明確な公務執行妨害で」


 イグニス様がパチンと指を鳴らすと、警官隊全員が地べたに這いつくばった。


「ぐが!?」


「いっ!?」


「潰れ、るう!」


 どうやら重力魔法で立ってられない程の圧力をかけたらしい。今にも押し潰されそうな警官隊は必死に抵抗しようと足掻くが、文字通り無駄な足掻きだ。ミカエラ、ガブリエラ、ラファエラの3人も手錠をかけられたまま潰れそうになっている。イグニス様はそんな彼らを一顧だにせず狸警部の体をまさぐり始めた。あったぞ、と彼は気絶した狸警部のコートの懐から、チェーンから外されたインフィニティ・ピンクダイヤを取り出す。


「いつの間に」


「奴が腹を誇示しながらお前に急接近した時だ。何か目立つ物事に意識を誘導して注意をそちらに割かせることで、疎かになっている無意識を利用して本命のすり替えや作業を行うミスディレクション。手品の基本だな。お前はこやつに積極的にグイグイ距離を詰められてタジタジになっていたであろう。お陰で胸元のダイヤから意識が逸れていた」


「確かに」


「ホーク・ゴルドの女嫌いは有名だ。逆に、お前は三十路以上の獣人男性相手だと途端に警戒心がゆるむ。お前がもふもふ趣味の極度のファザコン野郎扱いされている理由がそれだな。もし俺がグリーンエンジェルスでも同じ手を使っただろう」


「う。そんなことないもん!」


 ファザコンなのは否定できないけど!


「ダイヤの窃盗に失敗してからのミカエラ、ガブリエラ、ラファエラの行動はいずれも、こちらを叩きのめして力ずくでダイヤを奪うというよりかは派手に注目を浴びて時間稼ぎをすることが目的のように思えた。3人組の女怪盗団、今までに数々の盗みを成功させてきた正義の義賊。そんな情報をつかまされれば、3人全員を捕まえた時点で終わりだと思うだろう?」


「うん」


「だから3人を拘束した直後にノコノコ現れたこいつらを不審に思ったわけだ。露骨にゴルド商会の御曹司が好きそうなもふもふ。お前を油断させるにはもってこいの人材だとな」


「むう」


 心外だ、と頬を膨らませるが、まんまとしてやられたので文句は言えない。考えてみれば、今までの敵は大体美男美女ばかりだった。獣人男性に裏切られたのは初めてな気がする。


「最初にこいつが妙に距離感の近い男を装ってお前に急接近した時、それを利用してダイヤをすり替えるつもりなのではないかと疑った。だから貴様とこいつの間に割って入ったのだ。お前の持つ本物のダイヤを偽物にすり替えるためにな」


「へ?」


「お前を背に庇ったあの時。俺は後ろ手にお前のダイヤを複製魔法で作った偽物にすり替えたのだ。こやつがよくできた偽物とすり替えてお前から盗み取ったダイヤも偽物。こいつは偽物と偽物を交換しただけで、本物はあの時、俺がすり取っておいたというわけだな」


「ほーん。イグニス様、器用ですね」


「俺を誰だと思っている。この程度の手遊びは若い頃に覚えたとも」


 そんで散々悪用してたんだろうなあ。容易に想像できる。


「それにだ。国際警察の幹部には俺の熱烈なシンパがいる。そいつが何も言ってきていないのに国際警察の潜入捜査官が現れたということはだ。その時点で国際警察を騙る偽者ということになるな」


「お見事! さすがは名探偵! 見事な推理だ!」


 いつもなら褒められたらそうであろうそうであろう! もっと言え! と上機嫌になるイグニス様だったが、今回は何故か不機嫌なままだ。


「それで? 余がそなたに贈った贈り物をまんまと盗まれたわけだが? 何か言うべきことは?」


「それ、揉め事の種にしかならないならピンキンテイシ王国に返しましょうよ。嫌ですよ俺。押収品の横流しが原因で事件に巻き込まれるの」


 俺がそう言うと、イグニス様は深々とため息を吐いた。


「わかっていた。ああ、わかっていたとも。そなたがそういう奴であることはな。よい。今回ばかりは余が悪かった」


「プレゼントというのは相手が喜ぶものをあげるからいいのであって、自分が与えたいものを与えたのに相手が自分が思う通りに喜ばなかった、とヘソを曲げるためにあげるものではないんですよ。ひとつ勉強になりましたね?」


「まったく、余がこうすることで喜ばぬ者はおらなんだというのに」


「内心迷惑だったけど権力者相手だから言えなかっただけでは?」


「ああ言えばこう言う。やれやれだ」


「それはこっちの台詞なんですけど!?」


 イグニス様のほっぺに両手をやって左右に引っ張ってやると、ようやく不機嫌だった黒獅子の顔に笑顔が戻った。これで好奇心や興味の赴くままに行動して無駄に敵を増やす悪癖が少しは治ってくれればよいのだけれど。無理だろうなあ。なんせイグニス様だからさ。


 その後のことを少し語ろう。インサニティ・ピッグダイヤもといインフィニティ・ピンクダイヤは元の国に返還された。グリーンエンジェルスの4人と彼らに雇われていた偽警官隊は全員本物の国際警察に逮捕され、名探偵イグニスには国際警察から表彰状と勲章が。


「名実ともに名探偵としての功績と名声が着々と積み上がっていってるのうけますね」


「いずれ国際警察から直々に事件解決の依頼が来る日も近いかもしれんな」


 迷惑をかけたお詫びにと、イグニス様は俺に夏の新作チョコレートの詰め合わせを贈ってくれた。俺が大喜びして、折角だから一緒に食べましょうよ! とふたりでおやつに舌鼓を打ったのは言うまでもない。

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