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第437話 いつかの君にありがとう

「主殿。少しよろしいか」


「よろしいよ。何?」


「実は数日暇乞いをしたいのだが」


「有給休暇の申請ってこと?」


「平たく言えばそうなり申す」


「別にいいよ。いつからいつまで?」


 カガチヒコ先生が有休を取るのは珍しい。基本的に欲のない人だし、長期休暇を取って温泉にでも行くのだろうか?


「実は旧友が亡くなったので、その墓参りにな」


「それはそれは。そうですか。お悔やみを申し上げます」


「よければ主殿にも付き合って頂けると幸いなのだが」


「別にいいけど」


 珍しくカガチヒコ先生は感傷的になっているようだ。普段感情を乱さない人だから、ここまであからさまに落ち込んでるのはとても珍しい。転移魔法で彼の祖国であるジャパゾンに飛び、蒸気機関車に乗って鉄道の旅を楽しむ。お墓参りが目的なんだからそんな浮かれた気分じゃ駄目かもしれなかったけれど、カガチヒコ先生も駅弁を買ってるから多少はいいんじゃなかろうか。


「亡くなられた御友人とはどういう?」


「若い頃にある茶会で知り合ったのだ。いわゆる俳句友達、という奴であろうか」


「俳句仲間かあ。風流な趣味だね。カガチヒコ先生ならいい句を詠みそう」


「なんの。下手の横好きにあり申す。だが、旧友は某の俳句をいたく気に入ってくれてな」


 君は天才だとか、君の俳句が大好きだとか、とにかくべた褒めだったらしい。


「某には解らぬが、きっと何かしらの感性が合致したのやも」


「絵とかもそうだよね。すごく上手いわけじゃないけど、自分は好きだなって思うイラストとか漫画とか」


「某がお尋ね者になり国を追われた後も、ひそかに文通は続いた。某と文のやり取りをしていることがバレたら命はないゆえ、危険だからもう二度と文のやり取りはせぬと伝えたのだが、たとえ某が罪人になろうとも、それでも某の俳句が好きだと。もし官憲に見付かり密通の罪で斬首されたとしても、それでも某の新作の俳句を読めなくなるよりはましだ、とな」


「そりゃまた、熱心なファンだったんですねえ。そんなお友達が亡くなってしまわれたら寂しいでしょう」


「はい。とても」


 カガチヒコ先生は蒸気機関車に揺られながら、駅弁を食べつつ車窓を流れる景色を眺める。まるで過ぎ去りし日の思い出をしみじみ噛み締めながら回想するかのように。


「たまたま一度茶会で顔を合わせただけで、それ以降直接会うことは二度とありませなんだ。それでも、長年ひそかな文通だけを続けた。相手の本名も素性も知らず、わかっているのは雅号(ぺんねゑむ)と住所だけ。なんとも奇妙な友情よな」


 SNSでだけつながってるネットの友達みたいね、とは言わなかった。言ってもたぶん伝わらないだろうから。


「実は訃報をくれたのは彼の奥方だったのだ。旦那が亡くなって、遺品整理をしたところ、某との文通が大量に出てきたと」


「それでわざわざ訃報をくれたわけですか」


「うむ。お陰で墓参りに行ける。もしも訃報が届かねば、某が彼の死を知ることもなかった。便りがないのがよい便り。或いは、遂に飽きられてしまったのかと不安になったやもしれぬ。そう思えばこそ、ありがたきことよ」


「そうですね」


 相手の実家には行かなかった。カガチヒコ先生はお尋ね者だし。変装してはいるけど余計な迷惑をかけたくないのだと。だが教えられたお墓には先客がいた。亡くなられた御友人の奥さんが。


「生前はあの人と仲よくしてくださり、本当にありがとうございました」


「こちらこそ。御主人にはとてもよくして頂き申した。お中元やお歳暮まで頂いてしまって」


「あの人は本当にあなたの俳句が好きでした。あなたの俳句は最高だと。全部の句を額縁に入れて飾りたいと」


「ふ。よく言われ申した。何がそこまで彼の心に刺さったのか」


「そうですね。失礼ながら、私には俳句のよしあしはわかりませんので。でも。あなたからの手紙を読む時のあの人は、いつもとても楽しそうで。少しだけ、嫉妬していた面もあります。あの人があんなに俳句のことで楽しそうにしているのに、私には俳句の面白さが結局わかりませんでしたから。わかれるようになろうと頑張って勉強したんですけどね」


 芸術は感性だからなあ。わからん時はとことんわからんし。カガチヒコ先生が相手の奥さんと話している間、俺は草むしりをして墓石に水をかける。お供えの御線香と花束は前世の日本と似たようなもんで、なんだか前世を思い出して無性にしんみりしてしまった。16歳の若さで死んでしまった俺の両親もきっと、こうやって俺の墓参りを今でもしているのだろうか。


 ひとしきり話した後、相手の奥さんは去っていった。カガチヒコ先生とふたり、故人に手を合わせて冥福を祈る。


「――」


 噛み締めるように。カガチヒコ先生が何かを呟く。それは、亡くなった友人のために一句読んだのかもしれない。その囁くような声は、夏の風に吹かれて俺の耳には届かなかった。でも、それでいいと思う。先生が大事な友達のために捧げた一句だ。それは、その人のためのものだから。


「生前、彼はあんみつが好きだと申しておりました。あんみつに入っているみかんが宝物のように大好きだと。故に、お供えには夏みかんを持参した次第なのだが。冬のみかんと夏みかんは別物でありましょうな」


「ふふ。それなら、帰国する前にどこかであんみつを食べて帰りましょうか」


「ええ。そう致しましょうぞ」


 互いの素性もよく知らない、だけど大事な文通友達。親友ではなかったのかもしれない。でも、大事な友達だったんだろう。生前会いに行けばよかったと後悔しているのだろうか。或いは、それぐらいの距離感だからこそ心地よかったのだろうか。穏やかな微笑みを浮かべたカガチヒコ先生の尻尾が、お線香の煙のようにゆらりとくゆる。


「ね、せんせ」


「うん?」


「いつもありがとうございます。俺、先生のこと大好きですよ」


 きょとん、と目を丸くする。そして、再び笑みを浮かべる。


「ああ。某も。主殿のことを、そして仲間のことを、とても大事に想っておりまする」


 好きだとか、ありがとうとか、そう言ってくれてありがとうとか、嬉しかったよ、とか。そういうのは言えるうちに沢山言っておいた方がいいのかもしれない。言って損するもんじゃないし。言えなくなってからじゃ伝えられないし。なんとはなしにそう思って。少し照れくさくなるかなと思ったけど意外とそうでもなくて。


 実の祖父と孫のように手を繋いで、駅までの道を歩く。あんみつを食べて、帰ろ。そんな夏の日の出来事。

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