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第381話 超名探偵のグルメ事件簿?

月一で開催されるグルメマスターズの定例会合ではその都度ホストとなる人物が料理を手配するらしく、今日のホストは世界的名医であるDr.ヘルマンだそうだ。いわゆる薬膳、食べて健康になる上に美容にもいい、勿論味は最高の料理、をテーマに彼がメニューを手配し、三ツ星を獲得しているこのホテルの料理人たちが気合いを入れて見事に仕上げた料理はどれも美味しく、同時に驚くほどローカロリーでヘルシーなのだそうだ。あの人ほんとに大丈夫なんかな、と心配になるぐらいガリガリに痩せたアンブローシア夫人も、ごく少量だが口をつけているのが見て取れる。


「Mr.ヤング・ゴルド。君の噂はかねがね。ベリナン病の特攻薬をジャパゾン国で発見し、実用化して一般販売したり、コクイッテン病とコウイッテン病の治療薬を開発するのに協力したり。まだ若いのに実に素晴らしい偉業だ」


「恐縮です。ありがとうございますドクター……」


「ヘルマンだ。Dr.ヘルマン・ヴァイン。こっちは妻のヘッセル・ヴァイン。謙遜することはない。君たちの成し遂げた偉業はこれから先間違いなく大勢の患者の命を救うだろう。医者としてこんなにも嬉しいことはないよ。驕れとは言わないが、胸を張って誇るといい」


「ええ、本当に素晴らしいことよ。私たち医者がどれだけ手を尽くしても、救えない命はまだまだ沢山あるもの。それがひとりでも減ってくれるのならば、こんなにも嬉しいことはないわ」


会合は極めて和やかな雰囲気で進んでいった。定例会議のようなものを想像していたが、どうやら本当にただの懇親会めいた食事会であるらしく、誰も政治や世界情勢や景気といった飯の不味くなる話題を出さずに和気あいあいと料理に舌鼓を打っている。師匠いわく、美食ギルドでは食事をしながらの会議はご法度なのだそうだ。それは料理と料理人に対する敬意に欠ける、と。


「やあ、おチビちゃん。言わずとも大丈夫。今年もカードゲーム大会を開催するのに我が社の豪華寝台特急を使いたいんだろう? 大丈夫、君のために貸切予約は最優先で空けてあるよ」


「それはそれは。お心遣いありがとうございますMr.ヴァラジリ」


「客車をそのままイベント会場として使用する、という君の天才的アイデアはまさに目から鱗でね。我が社としても随分と有効活用させてもらった。それに、うちの孫も皆君の作ったゲームに夢中だ。まだ大会に出る程の腕はないが、いずれ必ずと夢見て観戦のためのチケット取りをねだりにわざわざワシのところに頻繁に顔を出すのだよ。以前は全く寄り付かなかったくせに、現金なものだな、ハハ!」


「だってあなたの話って何度も繰り返し聞かされて飽きちゃった自慢話ばかりな上に、無駄に長くてつまらないんだもの。少しはバクスターさんの手短さを見習ったらどう?」


「ハハハ! 君もアンブローシア夫人を見習って、少し黙っていなさいアリソン」


過去にDoH絡みで何度か会ったことのある鉄道会社の会長・ヴァラジリさんとこんなところで再会するとは思わなんだ。今回は露骨に露出度の高いドレスを着た愛人連れで、たぶんこの後はこの上のホテルでお楽しみなんだろうな。元気なこった。


「随分と人気者ではないか、ホーク。やはりそなたを誘って正解であったようだな」


「お陰様で退屈はしませんよ。この料理を前に退屈を味わってる暇もありませんが」


意外なことに、という程でもないが、俺の面はかなり割れているようだった。夫婦揃って世界的名医であるヴァイン夫妻からは過去に関わった病気絡みの話題を振られ、何度かお世話になっている鉄道会社の会長さんとはお久しぶりですの挨拶を交わし、名前だけは知ってた世界的女優と歌姫のコンビにもそつなく挨拶してブランストン王国で公演をする際には是非スポンサーに、みたいなお金の話を含んだ談笑をのらりくらりとはぐらかしつつちょっとは興味ある風に匂わせながらも言質を取らせないようにするなどの駆け引きをしたりして、美味しい時間は過ぎ去っていく。


それにしても、師匠も随分とごく自然に人間界に溶け込む術を身に着けたようだ。以前は紳士として振る舞いながらもそこはかとなく露骨に『いかにも実は人智を超越した人外が人間のフリしてますオーラ』がプンプン漂っていたのだが、洗練された立ち振る舞いや軽快なトーク、最新のトレンディファッションの着こなしなど、ともすれば俺よりよっぽどコミュ力が上がってる気がする。


「やあやあ皆さん、遅れてすまない」


「おお、やっと来たか」


宴も中盤に差し掛かった頃、ひとりの豚獣人の熟年男性がしきりにハンカチで汗を拭きながらやってきた。どうやらギルマスの言うところの『いつものように遅れている約1名』とは彼のようだ。オドオドしながら上等なスーツに窮屈そうに身を包んだ彼が同伴してきたエスコート相手は、まさかの。


「ふぇ?」


「ん?」


「おお!」


まさかのイグニス・マーマイト皇帝陛下(バリバリ現役)のアポなしおなりである。毎度の事ながら、何やってるんですかあなた。


「誤解なきように言っておくが」


「はい」


「余は別段そなたらがこの会合に出席することを聞き付けてやってきたわけではない」


「ですよね?」


なんでもあの一見すると冴えない感じの印象を受ける豚のおじさんは帝国でも指折りの音楽家らしく、先月陛下の前でピアノの演奏を披露した際に『実はこれこれこういう集まりがあるのですが、御迷惑でなければもしよろしければ陛下も如何ですか?』という旨の話を持ち掛けてきたらしい。で、面白そうだから考えなしにホイホイ誘いに乗った、と。


「すっごい偶然」


「うむ。だが縁とはいつだって斯様に珍妙なものよ」


「あ、あのお、お知り合い、ですか?」


「いえ、全くの初対面です。初めまして皇帝陛下」


「左様。我らの事は構わずともよい。初めましてである皇帝殿。我はヘイミッシュ。此度の会合には初参加ゆえ、そなたとも初対面であるな、」


「あ、そ、そうですね。僕はその、マカロニって言います。ええと、自分で言うのもなんですけど、ちょっとだけ有名? かもしれないピアノ奏者です。その、ピアノ以外なんの取り柄もなくて。えっと、よろしくお願いします」


折角勇気を振り絞って誘ったであろう陛下の知り合いが、それもふたりもGMの集まりに参加していたことに泣きそうになりながら確認を取る豚獣人の男性。うーんこの初対面でも伝わってくるコミュ障感。俺とは別ベクトルで人付き合いが苦手そうだ。さすがに気の毒になったので、俺たちは何食わぬ顔でそれとなく距離を取った。イグニス様もさすがにこの状況で彼をほっぽってコチラに来るほど非道ではないので、しどろもどろになるマカロニさんにフォローを入れながら、彼と共に主催のMr.バクスターのところに挨拶に向かう。


「世間って狭いですね師匠」


「そうだな。ヴァラジリ会長殿然り、特に三角形を描きがちな人類の繁栄の構図に照らし合わせるならば、頂上に近付くに連れ人数が減る故、横の繋がりが狭まる事もあろう」


陛下はさすがの立ち振る舞いで、思わぬ超大物の登場にビックリ仰天してしまったグルメマスターズの人間たちに気さくに愛想を振り撒きながらそつなく挨拶をこなし、一瞬で張り詰めた空気をあっという間に弛緩させてしまった。まるで昔からの友人のような距離感でアッサリ人の輪に溶け込み、Mr.バクスターとの間に割って入ってきたヴァラジリ会長と鉄オタ話で盛り上がっている。


マカロニさんはそんな周囲の反応にどこか得意げで、恐らく普段からオドオドした態度でいるであろう自分が周囲をあっと驚かせる大物ゲストをエスコートしてきたことに途方もない喜びを感じているものと察せられる。オタクくん気質なんだね、分かるよ。


「さあ皆さん。全員揃ったので改めて乾杯といきましょう。ライベントス! 私の秘蔵の1本を皆様に!」


「かしこまりました、Mr.バクスター」


Mr.バクスターの指示で、老給仕ライベントスがいかにも滅多にお目にかかれないヴィンテージものですといった感じのお酒の瓶から注いだグラスを配って回る。Mr.バクスターの解説いわく、このお酒はどこそこで造られた何十年ものの秘蔵酒で、となんだか凄そうなうんちくが披露されるが、正直お酒にはまるで興味のない俺には何が凄いのかサッパリ判らない。


が、彼が発言する度に周囲が驚いているのでそれだけ凄いお酒なのだろう。商人やるならこの手の知識はもっとちゃんと仕入れないと駄目だよなあ。いつでもオリーヴやローリエやバージルがそっと耳打ちして補足してくれるわけじゃないんだから。いつまでも頼ってばかりいないで少しは自分でも勉強しないと文字通り、物の価値を知らぬ若造になっちゃう。とはいえ内心そんなことを考えていると思われても不味いので、何食わぬ顔でポーカーフェイスを維持することに努める。


「坊やも少し舐めてみるかい?」


「いえ、お気遣いなく。俺、ちょっとの飲酒でも真っ赤になって寝ちゃうタチなんで」


「それは勿体ない! 折角の貴重品なのに!」


「まあまあ。飲めない相手に無理に勧めても致し方ありません」


「では、代わりにこの子の分まで我が頂こう」


「うん、俺の分は爺ちゃんにあげてよ!」


師匠に助け舟を出してもらい、俺はライベントスさんにジュースのおかわりをもらう。さすがいいレストランなだけあって、振る舞われるフルーツジュースも注文があってから厨房で搾られたばかりの果汁100%の新鮮なものばかりだ。さっきはブラッドオレンジだったので今度はピンクグレープフルーツを。


俺に人前で爺ちゃんと呼ばれた師匠はメチャクチャ喜色満面の笑みを浮かべ、上機嫌そうにニコニコしながらお酒のグラスを手に取る。全員にグラスが行き渡ったことを確認し、肥満体のMr.バクスターがどっこいせ、と椅子の肘掛けに両手をついて立ち上がると、皆が彼に倣って立ち上がった。その際にアンブローシア夫人がよろめき、手にしていたグラスから酒がこぼれそうになったが、Mr.バクスターが咄嗟に腕を取って支えたため、彼女も酒も無事だ。


「おっと、大丈夫かい? アンブローシア」


「ええ、ありがとうあなた。ちょっと立ち眩みがしただけよ」


「君はとても熱心に美を維持するための食事制限に励んでいるからね。やはり、もう少し日頃から食べた方がいい。そうだ。貧血を解消したいなら」


「今はいいでしょそんな話。それより、皆さんお待ちかねよ」


「おお! そうでしたな、失敬失敬!」


夫人に促され、改めて乾杯の挨拶をすべく、グラスに手を伸ばそうとした彼に奥さんが身を寄せて耳元で何かを囁く。彼は一瞬驚いた様子だったが、直後に頬にキスをされ、すぐに嬉しそうな笑みを浮かべて彼女の顔を見つめた。


ヒュウ、とアンブローシア夫人の大胆な行動に皆が注目を集められた中誰かが口笛を吹き、バクスター夫妻は互いに頬を赤らめながらはにかんだ笑みを浮かべる。通常、身分の高い女性が人前でこういった愛情表現を示すことは基本的にはあまりよろしくないこととされているが、それを言い出すような野暮はこの場にはいない。コホン、と赤らんだ顔のMr.バクスターは咳ばらいをしてから、改めてテーブルに置いてあった自身のグラスを手に取る。


「素晴らしい料理の手配をありがとうDr.ヘルマン。今日のよき日に! 美食ギルドとグルメマスターズの更なる隆盛を祈って、乾杯!」


乾杯! と皆がグラスを掲げ、全員が口元に運んでから数十秒後。


「グハッ!?」


「あなた!?」


グラリとよろめいたMr.バクスターが、口から血を吐いて倒れた。

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