第380話 「美味い!」は世界の合言葉
美食ギルド。それは美味しいものを追い求める熱き食いしん坊たちの総本山。かつては美食家ギルドと料理人ギルドという別々のギルドであったものが、時代の流れと共に合併し、今では作る側と食べる側の双方の観点から総合的に美食を追及する一大複合ギルドになったらしい。農家ギルドや漁師ギルドなどとも同盟を結んでいるらしく、食に関する事柄の全てが集約するのだそうだ。
そんな美食ギルドが毎年刊行している『トライスターズ・超グルメガイドブック』で『文句なしに美味い店』と認定された一ツ星から三ツ星までの飲食店は認定後の記録的大繁盛を約束される傍ら、一切の情け容赦をしない味の審査には非常に厳しく、味が落ちたと見なされれば容赦なく星の降格や剥奪を余儀なくされ、星をひとつ失っただけで自殺を考えるシェフも出るほど、非常に伝統と歴史と権威のあるギルドだという。どこかで聞いた話だね。
無論、ひとつ得るだけでも大変な星を授与されるような名コックに本当に死なれてしまっては困るので、美食ギルドにはアフターケア部門なるものが存在しているとのことだ。その他にもギルドを援助するスポンサーの数が世界的にかなり多く、冒険者ギルドにも匹敵する程の戦力を密かに保有しているともっぱらの噂である。
そんな美食ギルドで月に一度開催される、限られたごく一部の人間しか参加できない特別会合に、なんとハインツ師匠が参加するらしい。美食ギルドに彗星の如く現れた超大型新人と目される彼は、世界の果ての果ての超僻地にある死ぬほど隠れた名店からどれだけ金を積んでも数年先まで予約がいっぱいの店まで、ありとあらゆる美味い店をこの短期間で数多発掘・制覇した偉業並びに美食ギルドへの多大な献金、もとい活動資金援助の実績を認められ、美食ギルドの超少数精鋭であるエリート集団『グルメマスターズ』の会員権を得たというのだ。
さすがは純粋な身体能力だけで世界を数時間で1周し、その黄金の鱗1枚1枚に込められた膨大な神域の魔力で時空を操る旧き竜神。数年先まで予約が一杯の店なら数年前に時間移動して今日入れるように予約を入れてから戻ってくるなんて荒業も可能ってワケ。なんだかズルい気もするが、俺にそれを言う資格はない。
話を戻すがグルメマスターズの会員権は凄まじく権威のある代物らしい。どれだけ凄いかというと、なんとあのイーグルパパでさえどれだけの大金を積んでも買い求めることができなかったというのだから、彼らの美食に対するプライドと情熱は本物なのだろう。言い方は悪いが『バ金持ちの成金道楽ならよそでやってくれ』と突っぱねられるほど、彼らが真剣に活動している証左だ。
「そんな凄い集まりに俺なんかが参加したら、そこかしこから顰蹙買いません? 俺の評判が落ちる分には幾らでも構いませんけど、折角新参者になれた師匠の名誉に瑕が付くのはちょっと」
「何、気後れすることはない。我に限らず全てのGM会員が同伴者1名を連れて参加するのが会合の習わしらしいのだ。いわゆるエスコートだな。美食には全く興味のない配偶者や家族、恋人のみならず愛人を連れてくる者も珍しくないと聞く」
「なおさら俺でいいんです? リンドウは?」
「下手に恥掻きたくないからパス、だそうだ。そなたであれば世界各国のテーブルマナーも完璧であるし、何より我が認める程のグルメであろう? であれば、きっと気に入ると思うぞ」
「それなら、折角だし参加してみようかな」
「うむ。快諾してもらえて嬉しいぞ、ホークよ」
満面の笑みを浮かべたハインツ師匠に抱き上げられ、イーグルパパよろしく頬ずりされる。絵面が完璧にお爺ちゃんに可愛がられる幼い孫の構図だ。確かに俺のモチモチぷにぷにのツルツルスベスベほっぺやお腹は国宝級の手触りかもしれないが、なんかこう、少しだけ俺にモフられる時のクレソンやオリーヴや博士やオレガノのオッチャンの気持ちが解るような気がする。
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そんなわけで、やって参りました美食グルメが誇る超エリート集団『グルメマスターズ』の会合。舞台は芸術の都パリクシヴ王国。またかよ! 夏に来たばかりだよ! と言いたいところだが、『料理も芸術!』の精神で世界中から料理人たちが修行に集まるこの国は確かに美食ギルドの本拠地を置くのにちょうどいい国だと思う。
それにしてもアレだね、夏には芸術祭をやっていた総合イベント開催用大型施設であるホワイトエッグで、食欲の秋になると今度は世界中から美食を集めてグルメフェスティバルを開催しているとか、前世でもよくあったパターン過ぎて笑うしかないね。俺も前世で小学生ぐらいの頃に、父さんに日本ラーメン祭りみたいなのに連れてってもらった記憶があるから、世界が変わっても人間の『美味いもんが食いたい』という欲求というのは変わらないんだね。機会があればグルメフェスに遊びに来てもいいかもしれない。
「おお! Mr.ヘイミッシュ!」
「Mr.バクスター! お久しぶりである!」
会合の舞台となる最高級ホテルに到着して真っ先に引き合わされたのは、Mr.バクスターと名乗る美食ギルドのギルドマスターだった。ちなみにヘイミッシュは師匠の偽名である。まさかMr.ハインツなどとまんま邪竜とおんなじ本名を名乗るわけにはいかないだろうから妥当な判断だね。
Mr.バクスターはいかにもグルメって感じのデブったお爺ちゃんだった。とはいえ体重が200kgありそうなだるだるのデブというわけではなく、紳士を絵に描いたような綺麗な口髭と、ビア樽に手足が生えたようなずんぐりむっくりのビール腹体型が目立つ、貴族めいた風貌のまんまるお爺ちゃんだ。
「紹介しよう。こちらは我の遠縁の親戚のホーク・ゴルド。ホーク、こちらは美食ギルドのギルドマスターにして、グルメマスターズのリーダーを務めるズラーヴォ・バクスター氏だ」
「初めまして、Mr.バクスター。お会いできて光栄です」
「おお! 君があの! 噂はかねがね! 先日ゴルド商会から発売された、魔力を注ぐだけでいつでもどこでもすぐ食べられるインスタントカップコロッケうどんは素晴らしい出来栄えだったよ! よもや保存食でいつでもどこでもすぐにあのレベルの味のうどんが楽しめるとは、随分といい時代になったものだ!」
「ありがとうございます。意外と言っては失礼かもしれませんが、あなたのような方でもカップ麺を召し上がるんですね」
「無論! 食事の価値は値段に非ず! 高くて美味い、も安くて美味い、も我らにとっては等価なのだ! 食の喜びに貴賤なし!」
溌溂と笑う彼と握手を交わし、それからMr.バクスターの奥さんだというアンブローシア夫人を紹介される。てっきり娘、下手すりゃ孫娘でも通じそうな若い美女だ。10代の娘が60代の貴族に嫁ぐような歳の差政略結婚なんて貴族の世界じゃ珍しいもんでもないが。
「初めまして、小さな紳士さん。それにMr.ヘイミッシュも。噂の有名人にお会いできて光栄ですわ」
「それはどうも」
アンブローシア夫人はとても美しいが病的に細身の女性だった。正直美食なんて嗜むようには見えないどころか、無理なダイエットで拒食症にでもなりそうな危うさを感じさせる。今も蜂のように細い腰をコルセット入りのドレスでギュウギュウに締め上げ、モデルのように細長いを通り越して、ちょっと心配になるレベルのか細い手で師匠と握手をしている。
指先までガリガリに痩せすぎているせいで、今にも両手にジャラジャラとはめている豪華絢爛な指輪が全部すっぽ抜けて外れてしまいそうだ。彼女は指輪以外にもイヤリングやネックレスなどの宝石を大量に身に着けており、いっそ悪趣味ですらあった。美の基準は人それぞれだが、俺とは気が合いそうにない。
「ライベントス! こちらのおふたりにウェルカムドリンクを!」
「かしこまりました、Mr.バクスター」
ライベントスと呼ばれた白髪の老給仕が恭しく銀のお盆に載せられたドリンクを運んでくる。師匠にはお酒、まだ子供(の見た目)な俺にはアルコール抜きの炭酸飲料を。
本日貸切の札が提げられた、ドレスコードのある高級ホテルのレストランに集ったグルメマスターズの会員は5名。ギルドマスターでありグルメマスターズのリーダーであるMr.バクスターにその奥さん、新参者の師匠と俺、残る3名も世界的に有名な名医とその奥さんだの、大陸横断鉄道を保有する鉄道会社の会長とその愛人だの、世界的な大女優とその友人であるこれまた世界的な歌姫だのといった、錚々たる顔ぶれが並ぶ。
「ウオッホン! エー皆さん。本日はよくぞお集まり頂きました。今月も毎月恒例のグルメマスターズ定例会を無事開催できたこと心より嬉しく思いますぞ。それぞれ多忙の身であるためなかなか全員集合というわけにはいかず、約1名いつものように遅れている者もおるようですが、そちらはいつものことなので気にしないとして。皆さんご存じの通り、今回よりMr.ヘイミッシュがグルメマスターズの仲間入りを果たしました。歴史と伝統と栄誉ある我らが集いに加わる価値のあるグルメ超新星が現れたことを私は心より嬉しく思います。それではMr.ヘイミッシュ、一言ご挨拶を」
「うむ。ご紹介に与ったヘイミッシュである」
時間になったので会合が始まり、グルメマスターズの会員5名とその同伴者5名がそれぞれの席に着席。ギルマスの挨拶から今回が初参加となった師匠による挨拶へと綺麗に続いていく。師匠が手短に挨拶をしている間にベテラン給仕たちが一流のダンサーの如く優雅に料理を運んできた。どうやらコース料理のようだ。
「ありがとうMr.ヘイミッシュ。さて、あまり長々と私のような年寄りの話を聞かされても退屈でしょう。特に先月も参加した者は。そのせいで目の前の美味しい料理を冷ましてしまうことは料理に、料理人に、そして己の胃袋に対する何よりの冒涜。食事の前のお祈りはしっかりと、されど手短に。それでは、皆さん、乾杯!」
乾杯! と皆がグラスを掲げ、美味しい会合が始まる。はてさて世界一グルメな人々が味わう最上級の料理の味はいかほどのものか。ワクワクしながら俺は料理に手を出すのだった。





