戦場乙女の帰還 03-07
再び一人きりとなったティークは、広い会議室の静寂が深まったように思う。
ティークは何かに押されるように立ち上がり、会議室の外へ出た。
そこに、ひとりのおとこが立っている。
「やあ、フリードリッヒ艦隊司令」
苦い笑みを浮かべて挨拶をするティークを、刺すような眼差しでフリードリッヒは見つめる。
フリードリッヒは背が高く、痩せたおとこであった。
老いを感じさせない鋭い眼光を持つが、顔に刻まれた皺と白髪はフリードリッヒの経てきた年月が長いものであることを感じさせる。
そして、フリードリッヒの顔面左側には古く深い傷跡があった。
再生手術で大体の傷跡は消すことができるが、フリードリッヒは傷という自身に刻み込まれたものを残す選択をしたようだ。
フリードリッヒは、落ち着いた声で語る。
「会談は、残念な結果だったようだな」
ティークは、頷く。
「ああ、我々は戦うしかない」
フリードリッヒは、冷徹な目でティークを見ている。
そして、口をひらく。
「ティーク執務官。率直な意見を聞かせてほしいのだが」
ティークは笑みを浮かべて、頷く。
「何かな」
「君は本当にデモンウィルスのワクチンが、存在していると思うか」
ティークは笑みを強ばらせたが、落ち着いた声でかえす。
「姫殿下が、あると言った。それでは、不足かね」
フリードリッヒは、表情を変えない。
その肌は鋼で出来ているようだと、ティークは思う。
「ダーナ王女は、本当に王族種なのかと問いを変えてもいい」
ティークは、笑みを浮かべる。
「艦隊司令、君はゴシップに興味はないと思ったんだけどな。では、君も姫殿下が私生児であるという噂を聞いたのだね」
フリードリッヒは、ゆっくり首をふる。
「噂を、聞いたわけではない」
フリードリッヒの口調は平板で、たんたんと事実のみを語っているようだ。
「艦隊参謀本部調査局の、報告に基づいた質問をしている」
ティークは、やれやれと首をふる。苦笑が浮かぶのを、止められない。
ロキ王は、妻と娘をデモノマニアに喰い殺され失っている。妻子を失ったロキ王は、一ヶ月の間消息を断った。そしてひとりの少女を伴い、戻ってきた。その少女が、ダーナ・ロキである。
ティークは、真っ直ぐフリードリッヒの目をみる。
「わたしは王陛下御自身から、姫殿下が陛下の御息女であり王族種であると聞いた。その言葉が嘘であれば、わたしは自
分の死をもってつぐなってもいい」
突然、鋼のようなおとこはふっと笑みを浮かべる。
「おれは、死地に赴くのを厭うつもりはない。むしろ、それが望みであると言っていい。だが、共に戦う部下たちを無駄死させるのはごめんだ」
フリードリッヒは、深い傷跡に彩られた顔で満足げに笑う。
「君のその言葉を聞いて、覚悟は決まった」
「おいおい、待ってくれ」
ティークは、戸惑ったように眉間に皺をよせた。
「王陛下は、こう言ってる。おれがいくまで、誰も死ぬな。おれが、道を切り開くと」
フリードリッヒは、驚いたように目を見開く。
「王は自ら連邦艦隊を蹴散らすとでも、いうのかね」
ティークは、頷く。
「もちろん、そのとおりだよ」
フリードリッヒは、首をふる。
「一体どうやって」
「陛下はパルシファルの発艦準備を、急いでいる。王陛下は艦隊戦に、ぎりぎり間に合わすつもりだ」
フリードリッヒは、うなり声をあげた。
「パルシファルというのは、土の中から掘り出した船だろう。そんなものが、役に立つというのか?」
ティークは、真面目に頷いた。
「いずれ君にも、判る時がくる。あの船は、我々最後の希望だ」
フリードリッヒは、そっとため息をつく。
「その希望を信じるには、おれは年をとりすぎたようだ。何にしても、最前をつくすしかない」
ティークは笑みを浮かべ、もう一度頷いた。




