戦場乙女の帰還 03-06
「ティーク執務官、こちらです」
ティークは案内をしてくれた女性の事務官に礼を言うと、会議室に入る。
中央に楕円状のテーブルがあるきりのシンプルな部屋にはいり、ティークは腰を降ろす。
数十名は入室できるであろう大きな会議室に、ティークはひとりきりになる。
彼はヴァーチャル・コンソールを起動すると、準備をはじめた。
月面基地に戻ってきたのは、一週間ぶりか。
この場に引きずりだされたのがロキ王ではなく、一介の執務官である自分であることに少しやりきれないものを感じる。
しかし、フェルディナンド博士は恋人を離さぬ小娘のように、王を手元におこうとした。
宇宙戦艦パルシファルは、王がいなければ動かすことができない状態であったため無理のないことだといえる。
おかげで、ティークはやっかいな仕事をおしつけられた訳であった。
ティークは、やけに広く感じるその会議室で一度深く深呼吸する。
そしてヴァーチャル・コンソールで、量子通信ホットラインの回線を開く。
それは量子座標を共有することで、光の速度で数十分かかる距離でもリアルタイムで通信することができた。
ティークの正面に位置する椅子に、ひとりのおとこが姿を現す。
量子通信ホットラインの造り上げた画像ではあるが、光分の彼方に間違いなく実在する人物であった。
その姿をみたティークは、戸惑ったように唸る。
そこに映し出された画像はおとこというよりも、ネコにみえた。
椅子に座った、大きなネコ。
ティークは、相手の情報をコンソールで確認する。
アルビジョア星系の惑星トゥールーズ出身。
そこは極寒の惑星であり、そこに移住したひとびとは毛皮で身体を覆う人体改造を行ったときく。
目の前のネコは、どうやらトゥールーズで人体改造を受けたひとの子孫なのだろう。
そうした人体改造は、銀河連邦領域では珍しくない。ティークはそれを知識として知っているが、実際に目にするのはまた別の話であった。
そのおとこは、ティークにはどうしてもネコに見える。
そのネコは、軍服を身に纏っている。
その軍服には六つの花弁を持つ花、アイリスをデザインした紋章の描かれた襟章がつけられていた。
アイリスの紋章、それは銀河連邦の紋章である。
ティークは、なぜだかそのネコが戸惑っているように感じた。
まあ、ネコの表情をよみきれるわけではない。
ただ、金色の毛皮に焦げ茶の縞が入ったネコが、こちらの出方を待っているように感じるだけだ。
ティークはひとまず自分から、名乗ることにする。
「ソル星系テラ所属月面基地執務官、ヨハネス・ティークです。あなたが、連邦軍艦隊指令ですね」
ネコは、切れ長の大きな目を少し細め大きな犬歯を剥き出しにした。
きっと、笑ったのだろうと思う。
「わたしは、銀河連邦軍大佐フェリックス・ガタリです。会談に応じてくれたことに、礼をいいます。それにしても」
ネコは、ひげを震わせ何か言いにくそうな雰囲気で言葉を続ける。
「王陛下が、出席されるものと思っていましたよ」
意外にストレートなものいいに、ティークは苦笑した。
「わたしたちは王を戴いてますが、王は象徴的な存在です。王陛下は国政の支配権は持たず、わたしたちの制度は民主主義と変わるところはありませんよ」
ガタリと名乗ったネコは、首をふる。
「緊急事態下では、国王陛下が直接指揮をとると聞きましたが」
ティークは、頷く。
「ええ、そのとおりです。でもわたしたちの関係はまだ、緊急の状態ではない。そうでしょう?」
ガタリは毛皮で覆われた手を、何度か組み替える。
そして、意を決したように口を開いた。
「うーん、まあそうですけどね。お互い回りくどいことはやめて、率直な話をしようということで、この会談を申し入れたんです。判りますよね」
ティークは、少し顔をこわばらせ頷く。
満月のように綺羅綺羅と光る目でティークをみるガタリは、砕けた調子で言葉を続ける。
「僕たちは、あなた方にちゃんと銀河帝国調査局長を引き渡す理由を提示したよね。あなた方の星系は今、非常事態下にある。そのあなた方の手を煩わすことなく、僕たちが調査局長を帝国中央まで送りましょうといってる。むろん」
ガタリは肉食動物の犬歯を、剥き出しにする。笑っているらしい。
「僕たちが暗黒種族との戦闘に巻き込まれ全滅しても、あなたたちの知ったことではない」
ティークは、肩を竦めた。
「しかしそれでは、わたしたちはワクチンを手に入れられない」
ガタリは目を見開き、鋭いナイフのような爪が伸びた指をティークの前にたてる。
「それですよ、それ。一体あなた方どうした訳で、帝国がワクチンをあなた方に渡すなんて思ってるんですか?」
ガタリは、ふぅーっと息を吐き出す。
ティークは気のせいか、ガタリの毛が逆立ったようにみえる。
「銀河帝国調査局長のいうことを信じるなんて、裸で大気圏突入するようなもんです。ありえないなぁ」
ティークは、静かに首をふる。
「我々の王女が調査局長に会い、ワクチンはあると言った。我々が信じるには、それで十分です」
ガタリはもう一度、ふぅーっと息を吐き出す。
「王族種の、未来決定能力か。あなた方には、それを信じるに足るだけのものがあるわけだ」
ティークは、頷く。
「わたしたちはこの二百年、そうしてやってきた」
ガタリは、深く椅子に沈み頭を指で押さえる。
ティークはネコの顔が、不機嫌さに覆われていると感じた。
「残念だが、僕らにはワクチンを用意できない。おそらく、生成するのに二年はかかる」
ティークは、少し笑みを浮かべた。
「わたしたちに残された時間は、そう長くありません」
ガタリは、ゆっくり首をふる。
「やむおえないな。あなたたちと戦うのは本意ではないが、仕方がない」
ティークは、頷く。
「ひとつ、お聞きしたいことがあります」
ガタリは、軽く肩をすくめる。
「なんなりと。答えられることなら、答えますよ」
ティークは、琥珀色に光るガタリの目を真っ直ぐみる。
「なぜ、連邦は帝国にテロリストと呼ばれるようなことを、したのですか?」
ガタリは、笑うように口を開き目を細めた。
ティークには、獲物に襲いかかるネコの表情に見える。
「あなた方が知らないほうが、いいと思うけれど。まあ、そうだねぇ。強いて言うなれば」
ガタリは、犬歯を獰猛にみえるほど剥き出しにする。
「僕らは、帝国を必要としなくなるはずなんだ。近い将来」
ティークは、ほうと吐息をつく。
「なるほど。そうであれば我らテラ艦隊に、勝ち目はないわけですね」
ガタリは腕を組み、首をふる。
「ああ、そうだね。とても残念だ。でも、あなたと話せてよかったよ。ティーク執務官。あなたの幸運を祈る」
ティークは、頷く。
「我々も、連邦の幸運を祈ります」
そうして、量子ホットラインが切断され映像が消えた。




