Scene-2 生徒会長
信じられないことが、でも実際に起こってしまった。
そんな時、人間はどう反応するべきだろうか。驚愕に目を見開いてみる?笑い飛ばしてみる?頑なに信じない?
しかしこの少年はそのどれでもなく、淡々と物事を認めてしまった。
「喋る猫って実在するのか」
少年は目の前にちょこんと座る黒猫をまじまじと見つめてそう呟いた。
「やあね。あたしを普通の猫と一緒にしないでよ。あたしは―――」
「どうも、新入生の方?」
黒猫の声と共に少年の耳に届いたのは、とても凛とした少女の声だった。
少年が声の聞こえた方を振り向くと、そこには声に似合うほど可愛らしく凛々しい少女が立っていた。
「えと、はい。新入生です」
少年は尋ねられた問いに答えた。ひどく頼りなげな答え方だったが、仕方がない。緊張がピークに達していたのだから。
声をかけた少女を、少年は知っていた。
彼女は十字学園の現生徒会長、西田美樹である。
生徒はもちろん、校外の人間にも知られている彼女は、かの有名な西田財閥のご令嬢だ。
「その猫……。貴方、お名前は?」
西田が、未だ大人しく座っている黒猫を見た後に少年を見つめてそう言った。
その瞳は魅惑的ではあったが、その視線はさも少年を見定めるように体の隅々まで眺められたような感じで気分は良くない。
「一条、貴志です」
少年はその居心地の悪さから、少し声を上ずらせたが名乗った。
「一条……」
西田はその名に何か思いがあるのだろうか。そう呟いた後、少年から視線を外し何か考え込んだ。
少年―――一条貴志は西田が何かモーションを見せるまで、微動だにしなかった。それほど身体が強張っていた。
「一条君。入学式は既に終わりましたよ」
西田は視線を貴志に戻し、そんな今更な事を言った。しかし貴志は素直に反応した。
「えっ、本気ですか!?」
今まで意識の隅に追いやられていたが、今日は十字学園の入学式であり貴志はその新入生だった。
貴志が教えられた事実にあたふたとしていると、西田はふぅ、とため息を吐きながら貴志に近づいてきた。
「本当だったら今頃、クラス分けが発表されてそれぞれでHRのはずなのだけれど、貴方が居ないと言うことで生徒会が学園中を探していたのよ。変な所に迷い込まれていたら大変だし」
吐き捨てるような西田の言い方に、貴志の罪悪感は否めなかった。
「まぁ、そのおかげで良い新人を見つけられたのはラッキーだったわ」
西田はくるりと振り返り歩き出した。貴志は黙ってそれに付いて行った。その後ろには、さっきの黒猫が付いて来ていた。
* * * *
西田の足は、通常の校舎とは別の所に向かっていた。これでは全くもって反対方向だ。
しかし一度も言葉を発さない西田に対して、何かを尋ねるのに少し抵抗があった。
仕方なく貴志は黙って西田の後を追い、どんどん校舎から離れていった。
「一条君、一つお尋ねします。貴方はあの一条更紗と関係がありますか?」
西田が前を向いて歩きながら、貴志にそう言った。
一条更紗。
その名が他人の口から出るとは、夢にも思っていなかった。
貴志は一瞬たじろぐが、拳をギュッと握り答えた。
「はい。母の名です」
つかつかと歩いていた西田が足を止め、貴志を振り返った。
その瞳はどこか虚ろげで、その感情を読み取れない程無表情だった。
「そう、お母様だったの。……残念だったわね」
残念だったわね。
西田が何故そう言ったのか、いや、何故そう言えたのか分からなかった。
確かに母は他界している。
だが西田がそれを知っているのは何故だろうか。
そう尋ねようと貴志が口を開きかけた瞬間、西田はまた前を向いて歩き出した。
出ばなを挫かれた貴志は、結局聞けずじまいで西田に付いて行った。
* * * *
「ここが今日から貴方に使ってもらう校舎よ。ちなみに寮はこの先にあるわ」
西田から紹介された建物は、先程通り過ぎた校舎とは違う雰囲気だった。
どこか高級感のあるその建物は、古そうだがしかっりしているように見える。
「えっと、俺のクラスがここに?」
先程からずっと黙っていた貴志だが、周りの景色の雰囲気が変わってきたところから不安ではあった。
そこは到底勉強をする為の場所とは思えなかった。
他の生徒には気付かれないような学園の敷地内の端にあり、周りは木々に囲まれている。まるで外界から隔離されているような、そんな感覚に陥る。
「えぇ。本当でしたら普通科の方に行って頂く筈だったのですけれど、ケット・シーを連れている所を見てはそうも言ってられませんから」
西田は少し微笑みながらそう言った。さっきの無表情は恐怖を誘ったが、今は逆に安心感を与える表情だ。
しかし貴志は彼女の言葉の殆どが理解出来なかった。
「…この学校って、普通科しか無かったですよね?しかも全寮制とかじゃないし。それにケット・シーって?」
「それは―――」
西田が説明の為に口を開いた時、しかし他の声でそれが邪魔された。
「ドウモー、生徒会長さん。おや、その子は……」
妙にゆるいその声は、頭上の方から降ってきた。
その男は、目の前の洋館のような校舎の二階から顔を出していた。
すごく美形な男だった。




