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『戦闘力ゼロの【救助隊長】、最強の村で人命救助を始めます~元消防士の俺、神話級の問題児たちを率いて大陸の英雄になる~』   作者: 月神世一


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EP 7

「最強の自警団長と最弱の救助隊長」

 午前八時、ポポロ村自警団本部の作戦会議室。

 無骨な白樺の長机の上には、直樹が昨晩徹夜で書き上げた十数枚に及ぶ羊皮紙――『臨時救助班 安全管理規定および標準活動手順書(SOP)』が整然と並べられていた。

 その書類を、腕組みをしたケンタウロスの女性、マンミアが鋭利な琥珀色の瞳で見下ろしていた。

 浅黒く引き締まった肌、鋼のような上半身を包む黒銀の胸当て。そして下半身の筋肉質な駿馬の四肢が、床板をカツンと苛立たしげに打ち鳴らす。机の脇には、彼女のトレードマークである杭打ち機内蔵の巨大刺突盾『アグニ』が、鈍い威容を放って立てかけられていた。

「……直樹殿。貴方の熱意と、書類の緻密さは認めます。ですが、自警団の最高責任者として、この方針には到底同意できません」

 マンミアの声は低く、氷のように張り詰めていた。

 長机の端で、湯呑みに注がれたぬるい陽薬茶を啜っていた相澤直樹は、静かに視線を上げた。

「同意できない、とは……どの部分でしょうか?」

「全般です」

 マンミアは書類の一節を、手甲で覆われた人差し指で強く叩いた。

「『現場における第一優先事項は、要救助者の生命ではなく、隊員自身の安全確保である』……この文言です。一見すると尤もらしく聞こえますが、貴方が提唱しているのは要するに『危険な崩落や火災の現場へ、戦闘能力のない人間が隊員を引き連れて飛び込む』ということではありませんか」

「飛び込むのではありません。危険をコントロールして、安全に進入するんです」

「それが詭弁だと言っているのです!」

 ドン、とマンミアの前脚が床を踏み抜きそうな勢いで鳴った。

「我々自警団の任務は村の治安維持と防衛です。魔物の襲来や他国の侵略であれば、敵の戦力を分析し、陣形を組み、防衛線で迎え撃つことができる。だが、自然災害は違う! 崩れる土砂、有毒ガス、制御不能の猛火……それらは言葉も通じず、剣も通じぬ理不尽な暴力だ! そんな予測不能の死地に、貴重な団員を送り込めるはずがありません!」

 マンミアの瞳には、一切の私心のない、部下の命を預かる指揮官としての真摯な苦悩が宿っていた。

「昨日のイグニスの暴発を見ましたね? 竜人の筋力やキャルル村長の超常の治癒があっても、一歩間違えれば全員がミンチになるのが災害現場だ。ましてや直樹殿、貴方には闘気も魔力もない。魔導バズーカどころか、小鬼(ゴブリン)の一撃すら耐えられない生身の人間だ。そんな最弱の貴方が指揮を執り、隊員を危険に晒すなど……自警団長の責任において、絶対に許可できません!」

 正論だった。

 直樹の胸に、かつて日本で消防士をしていた頃の記憶が去来する。

 現場を知らない上層部や、隊員の安全を心配する家族からの視線。「危険な場所に飛び込むな」という言葉は、愛と責任から生まれる最も重いブレーキだ。

 だが、直樹は決して怯まなかった。

「マンミアさん。おっしゃる通り、私は戦闘力ゼロです。魔物と殴り合えば数秒で死ぬでしょう。ですが――危険から目を背けて誰も近づかなければ、あの崖下で土砂に埋まりかけた七人の行商人はどうなっていましたか?」

「それは……」

「全員、圧死していました。災害現場において、何もしないことは『見殺し』と同義です。そして、私が言っている安全管理とは、無謀な特攻を推奨することではありません。むしろ真逆です」

 直樹は立ち上がり、書類の図面を指差した。

「危険を無視して突っ込むのを『無謀』と呼びます。危険を恐れて立ちすくむのを『怠慢』と呼びます。プロの救助隊員がやるべきなのは、そのどちらでもない。現場の危険要因(ハザード)を科学的に特定し、排除・回避する手順を踏むことで、極限までリスクを下げて任務を完遂する――『安全の構築』です」

「理屈は分かりますが、現場でそれが実践できる保証がどこにありますか!」

「なら、確かめてみませんか?」

 直樹の静かな提案に、マンミアの耳がピクリと跳ねた。

「……確かめる?」

「自警団演習場を使いましょう。マンミアさん自身が、現場の過酷な危険を想定した訓練コースを設定してください。私が現場指揮を執り、あなた自身を安全に誘導してみせます。もし私があなたの安全を確保できず、少しでも危険に晒したなら――私は救助隊の設立を諦め、二度と現場に口を出しません」

「……ほう」

 マンミアの表情が引き締まり、武人特有の冷徹な闘志が宿った。

「後悔しませんね、直樹殿。私は自警団の訓練教官も務めています。生半可な想定では済ませませんよ」

     *

 一時間後、自警団演習場の奥にある「市街戦・対攻城模擬エリア」。

 見学に現れた村長キャルルが、手縫いの人参柄ハンカチを握りしめ、長い兎耳を左右に揺らしながら心配そうに声を張り上げていた。

「二人とも、ホントにやるのー!? 怪我したらあたしが治すけど、痛いのは痛いんだよ!?」

「心配いりませんよ、村長。直樹殿の『安全管理』とやらが本物かどうか、私の四肢で試すだけです」

 演習場に立つマンミアは、完全武装だった。

 左腕には重量百キロを超える刺突型大型シールド『アグニ』。腰には実戦用の長剣。四つの蹄には、滑り止めのミスリル製蹄鉄が嵌められている。

 対する直樹は、動きやすい作業着に、マンミアから借りた皮製のヘルメットと革手袋という軽装だった。

「訓練想定を説明します」

 マンミアが前方の模擬廃墟を指し示した。

 そこには、石材と丸太を組み上げた二階建ての倒壊家屋が設置されており、周囲には泥濘と瓦礫の山が広がっていた。

「奥の崩壊部屋に、救助対象のダミー人形を配置してあります。家屋の各所には、振動や加重で起爆する『模擬爆炎石』と、支柱を強制切断するワイヤーが仕掛けてある。要するに、いつどこから二次崩落と爆発が連鎖してもおかしくない、最悪の倒壊現場です。制限時間は三分。私が人形を抱えて脱出するまで、貴方は後方から声だけで指示を出してください」

「了解しました。……マンミアさん、ひとつだけ約束してください」

「何です?」

「私の合図があるまで、絶対に力任せに前進しないこと。それだけは徹底してください」

「……善処しましょう。訓練開始!」

 カッカッ、と蹄の音を響かせ、マンミアが模擬廃墟へと突入した。

 ケンタウロス特有の驚異的な突進力。

 だが、廃墟の門をくぐった瞬間――直樹の視界が、瞬時に変貌した。

 ――カチリ。

『ユニークスキル【避難経路(エスケープ・ルート)】――起動』

 世界の色彩が沈み、マンミアの巨大な蹄の下から、鮮烈なエメラルドグリーンの光筋が立ち上がった。

 直樹の瞳は、スキルが描く光のラインと、現場の物理的構造を同時に解析していた。

(マンミアさんの体重は装備を含めて五百キロ近い。四足歩行ゆえに平地での推進力は圧倒的だが、接地面が分散している分、泥濘や不安定な瓦礫の上では『踏み抜き』による横転リスクが二足歩行の数倍に跳ね上がる!)

「マンミアさん、直進するな! 左の敷石へ蹄を乗せろ!」

「直進した方が早い!」

「待て、そこは泥濘の下に液状化した砂が溜まっている! 前脚を取られて転倒するぞ!」

 直樹の鋭い怒声に、マンミアは反射的に進路を左へ捻った。

 直後、彼女が直進しようとしていた泥濘がズブズブと音を立てて沈み込み、仕掛けられていた模擬爆炎石が露出してプシューと白煙を吹いた。

「なっ……!?」

「立ち止まるな、視線は上だ! 右手上方の梁がきしんでいる! アグニを右上四十五度に構えろ!」

 マンミアが言われるがまま巨大シールドを掲げたコンマ五秒後――。

 ドガァンッ!

 頭上から落下してきた重量二百キロの松の丸太が、アグニの表面を強打した。

 直樹が指示した絶妙な傾斜角度により、丸太の衝撃は綺麗に受け流され、外側の空地へと跳ね飛ばされた。マンミアの強靭な四肢には、微小な反動すら残らない。

「衝撃ゼロ……角度だけで受け流したというのか……!?」

「そのまま低姿勢を維持! 三歩前進してダミーを抱えろ! 抱えたら即座に後退だ!」

 マンミアは息を呑みながら崩壊部屋へ滑り込み、布製のダミー人形を右手でしっかりと抱きかかえた。

 任務達成、あとは引き返すだけ――そう思った瞬間だった。

 ギギギギギ……ッ!

 廃墟の主柱が、仕掛けられた切断ワイヤーによって断ち切られ、天井全体が轟音を立てて斜めに崩れ落ちてきた。

 退路が完全に塞がれる。

「しまっ――!?」

 パニックがマンミアの思考をかすめた。

 頭上から降り注ぐ数十トンの石材と瓦礫。

 アグニのパイルバンカーを天井に向けて撃ち込み、無理やり粉砕して突破するか?

 いや、それをやれば衝撃で周囲の壁が全崩壊し、自分もダミーも瓦礫の底へ生き埋めになる。

「アグニを撃つな、マンミア!!」

 土煙を突き破り、直樹の怒声が鼓膜に突き刺さった。

 マンミアの足元から伸びていたエメラルドグリーンの光筋が、激しく明滅しながら「真後ろ」ではなく「右の崩れた壁の隙間」へと屈折して伸びていた。

「右へ飛べ! 崩れた暖炉の残骸がある、そこは石造りで強度が高い! 馬体を横に滑り込ませて、アグニを天板にして蹲れ!」

「だ、だがそこは袋小路だぞ!?」

「私を信じろ!! 隊員の命を捨てる指示は絶対にしない!!」

 その声の、あまりの絶対性に――マンミアの身体が、理屈を超えて勝手に動いた。

 四肢を激しく蹴り、右側の暖炉の窪みへ身を投じる。

 指示通り、刺突盾アグニを斜めに立てかけてシェルターの屋根を形成した瞬間、轟音とともに天井全体が崩落した。

 ドッシャァァァァンッッ!!!

 大量の土砂と石塊がアグニの鋼鉄面を激しく叩きつける。

 凄まじい衝撃と粉塵。

 だが――頑丈な石造りの暖炉が柱の役割を果たし、アグニが作り出した三角形の間隙(サバイバル・スペース)によって、マンミアの肉体にも、抱えたダミー人形にも、小石一つ当たらなかった。

「…………っ」

 粉塵が晴れていく。

 マンミアが恐る恐る目を開けると、崩れ落ちた瓦礫の隙間から、光が差し込んでいた。

 その光の向こう側から、革手袋で瓦礫をどかしながら、息を切らした直樹が顔を覗かせた。

「マンミアさん! 怪我はありませんか!? 手足を動かせますか!」

「あ……あぁ……」

 マンミアは呆然と、自分の無傷の身体を見つめた。

 瓦礫に埋もれながら、痛みはどこにもない。ダミー人形の硝子玉も一つも割れていない。

 そして何より――直樹の作業着の膝と肘は泥にまみれ、その額からは大粒の汗が滴っていた。

 彼は後方で安全にふんぞり返っていたのではない。マンミアが瓦礫に飛び込んだ瞬間、自らも現場の最前線まで駆け寄り、退路を確保するために素手で障害物を除去していたのだ。

「……無傷です、直樹殿。かすり傷一つ、ありません」

「よかった……! ダミーの搬出完了、訓練終了です!」

 直樹はへたり込むように息を吐き、安堵の笑みを浮かべた。

     *

 演習場の脇、木陰のベンチ。

 冷えた麦茶を差し出され、マンミアはそれを両手で受け取って一気に飲み干した。

 隣では、キャルルが「すごーい! あんな大崩落から無傷で生還しちゃうなんて!」と長い耳をピコピコさせて大はしゃぎしている。

 マンミアは静かに立ち上がり、直樹の前に進み出た。

 そして――直樹の目を見据え、直立不動の姿勢から、かつてないほど深々と頭を下げた。

「……完敗です、直樹殿」

「マンミアさん?」

「私は貴方を侮っていました。戦闘力がないからと、現場の過酷さを理解していないと決めつけていた。……だが、違いました」

 マンミアは顔を上げ、自らの未熟さを噛み締めるように言った。

「貴方は危険を軽視していたのではない。誰よりも危険を冷徹に観察し、計算し、隊員を生きて帰すための道を敷いていた。もしあの時、私が我流で盾を振り回していれば、瓦礫に呑まれて重傷を負っていたでしょう。……貴方の言う『安全の構築』、その真髄を見せていただきました」

「分かっていただけて嬉しいです。救助隊員は、英雄になって死んではいけないんです。生きて家族や仲間の元へ帰るまでが、救助活動ですから」

 直樹の穏やかな言葉に、マンミアの胸の奥が熱く揺れた。

 自警団の責任者として、常に「死ぬな、守り抜通せ」と部下に命じながら、自分自身が一番「死を覚悟した戦い」に縛られていたのかもしれない。

 マンミアは右腕を胸に当て、騎士の礼を取った。

「ポポロ村自警団最高責任者マンミア、これより臨時救助班への正式な全面協力を誓います。防衛装備の供出、隊員の派遣、安全管理の合同運用――私の権限の及ぶ限り、貴方を支えましょう、直樹隊長」

「ありがとうございます、マンミアさん。心強いです」

 二人がしっかりと握手を交わした瞬間、背後の木漏れ日の中からパチパチと拍手の音が響いた。

「いや〜、ええ話やなぁ。感動でワシの金算盤の珠もピカピカに輝いとるわ」

 高級和装スーツを着崩した猫耳のCFO、ニャングルがキセルを燻らせながら歩み寄ってきた。

 その小脇には、分厚い契約書の束が挟まれている。

「自警団からの全面協力、言質取ったでマンミアはん。ほな早速やが、救助班への資材貸与契約書と、自警団詰所の一部を『救助隊準備室』として無償転貸する覚書にサインもらいましょか。あ、ついでに演習場の修繕費は自警団の特別訓練費として全額処理しとくから心配せんでええで♡」

「なっ……ニャングル、貴様いつの間にそんな書類を……!?」

「商人の仕事はスピードが命や。直樹はん、これで拠点は確保できたな」

 ニャングルがニヤリと鋭い犬歯を覗かせ、直樹へ親指を立てた。

 キャルルも「やったね直樹さん! これで本格的にスタートだね!」と満面の笑顔を咲かせる。

 頼もしい仲間たちの笑顔に囲まれ、直樹は空を見上げた。

 最強の武力を持つ自警団長と、最弱の元消防士。

 正反対の二人が互いの専門性を認め合ったことで、ポポロ村の救助組織は、確固たる安全の土台を手に入れたのだった。

読んでいただきありがとうございます。

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