EP 5
「救助隊員を募集したら問題児しか来なかった」
カラリと晴れ渡ったポポロ村の朝は、実に賑やかだった。
村の入り口にある自警団演習場には、早朝から魔導中型戦車の履帯を整備する乾いた金属音と、遠くの畑から風に乗って届く「ねぇねぇオジサン! 奥さん昨日隣の兄ちゃんと楽しそうだったよ!?」という喋る香味野菜ガーリッ君の騒々しい奇声が響き渡っている。
その演習場の中央で、相澤直樹は深々とため息をついていた。
「……あの、村長。これは一体どういう状況なんですか?」
「どういうって、見ての通りだよ直樹さん! 昨日約束した『臨時救助班』の隊員募集!」
隣に立つポポロ村第43代村長、キャルル・ムーンハートは、手縫いの人参柄刺繍ハンカチを握りしめ、透き通るような真紅の瞳をキラキラと輝かせていた。
彼女の足元には、昨晩のうちに村中に張り出されたという募集チラシの予備が山積みになっている。
そこには、クレヨンで描かれた下手くそな人参のイラストと共に、太い文字でこう殴り書きされていた。
『緊急大募集! 人を助けて美味しいご飯を食べよう! 力自慢、足自慢、暇なやつ集まれ! 日当:タローソンの高級おにぎり付き! ポポロ村長 キャルル』
「……日当がおにぎりって、いつの時代の労務契約ですか」
「ホンマやで。求人票の体をなしとらんわ、アホ村長」
背後から冷ややかな声が割り込んできた。
見れば、仕立ての良い高級和装スーツに身を包んだ猫耳の青年、ニャングルが、真鍮のキセルから紫煙を燻らせながら呆れ顔で立っていた。小脇には純金メッキの魔導金算盤『十露盤』がしっかりと抱えられている。
「労働基準法も真っ青のヤミ募集や。まぁ、この村にはガオガオンの基本法くらいしか通用せぇへんけどな。……で、直樹はん。この紙切れ一枚で集まった『精鋭』が、そこに突っ立っとる二匹や」
「二匹って言うなニャングルさん! ちゃんと自警団から志願してくれた頼もしい仲間なんだから!」
キャルルが純白の長い兎耳をピコピコと抗議するように揺らし、演習場の白線の上に立つ二人の男を誇らしげに指し示した。
直樹は気を取り直し、特別救助隊員としての鋭い視線でその二人を観察した。
一人目は、直樹の見上げるような筋骨隆々の巨躯を誇る若者だった。
頭部から力強く生えた深紅の角、背中に畳まれた頑強な皮膜の翼、そして太い爬虫類の尾。竜人族の青年だ。
身の丈を超える無骨な巨大両手斧『クリムゾン・スラッシャー』を軽々と肩に担ぎ、全身から隠しきれない熱気を立ち上らせている。
「フン……! 我が名はイグニス・ドラグーン! いずれ大陸全土にその武名を轟かせる、竜人族最強の若武者よ!」
イグニスは胸板をドスンと拳で叩き、直樹を見下ろして獰猛に口角を吊り上げた。
「聞いたぜ、異邦人の隊長さんよぉ! なんでも瓦礫をどかしたり、人間を担いで運ぶ筋肉が足りねぇんだろ? 安心しな! この俺様の桁外れのパワーがあれば、崩れた山ごと粉々に叩き割って、埋まった奴らを引きずり出してやるぜぇッ!」
自信満々に吠えるイグニス。
頼もしい怪力に見えたが、直樹の横に控えていたケンタウロスの自警団長マンミアが、パイルバンカー付き大型シールド『アグニ』を地面に突き立て、冷ややかに告発した。
「騙されてはいけません、直樹殿。こ奴はただ、先月の演習でクレーターを作った罰金と、アパートの敷金を全焼させた賠償金の天引きで、手取りが十四万円(銀貨百四十枚)に落ち込み、食費に困って臨時手当に目が眩んだだけです」
「ぶっ……!? マ、マンミア団長! それ以上言うな! 俺様には故郷の里に『帝都で城を買った』と送った手紙の手前があるんだよぉッ!」
たちまち顔を真っ赤にして狼狽するイグニス。
直樹は早くも頭痛の予感を覚えた。要するに、手加減を知らない破壊魔で、金欠に喘ぐ問題児だ。
そして、直樹の視線はもう一人の志願者へと移った。
こちらは対照的に、引き締まった体躯を持つ人間の青年だった。
年齢は二十代半ば。仕立ての良い、だが手入れの行き届いた銀色のミスリルアーマーを一式身に纏い、腰には業物とおぼしき両手剣を佩いている。端正な顔立ちに、どこか軽薄そうな笑みを浮かべていた。
「よぉ、隊長さん。俺はフェイト・ラック。こう見えても元A級冒険者でね。今は訳あってこの村の自警団に席を置いてるが、腕前だけは保証するぜ。剣術、体術、危険察知……どんな魔物が出ようが、アンタの盾になってみせるさ」
流れるような滑らかな自己紹介。
一見すると、現場の警戒要員としてこれ以上ない人材に見えた。
だが、直樹が「よろしくお願いします、フェイトさん」と手を差し伸べようとした瞬間、フェイトは懐から一枚の金貨を取り出し、親指の爪先でピンッと宙高く弾いた。
キィィィィン……。
回転する金貨が朝陽を浴びて煌めき、フェイトの掌の上へピトッと落ちる。
フェイトはそれを素早く伏せ、直樹に向かってニヤリと片目を細めた。
「――表なら、俺はこの救助隊で神話級のヒーローになる。裏なら、今日のところは体調不良で引き分けだ。……さぁて、どっちだと思う?」
「……は?」
直樹が呆気にとられていると、ニャングルがキセルをガリッと噛み、吐き捨てるように言った。
「フェイトの兄ちゃん、それユニークスキルの【コイントス】や。コインの表が出たら能力と運気が二倍になるが、裏が出たら急激な体調不良を起こして丸一日寝込むんや。ちなみに縦に立ったら能力百倍らしいが、そんな奇跡見たこともあらへん。要するに、ただのギャンブル中毒のサボり魔や」
「おい猫耳、人聞きの悪いことを言うな! 俺は常に運命の女神と対話しているんだ!」
直樹はこめかみを押さえた。
一人は、怪力自慢だが力加減ができず、借金まみれの竜人。
もう一人は、実力はあるが重要な行動をコインの裏表に委ねる重度のギャンブラー。
(……本当に、問題児しか来なかったな……)
消防局時代にも、血気盛んな新人はいくらでもいた。だが、ここまで根本的な行動原理が破綻している人間はいなかった。
しかし、キャルルは「ね? 二人とも強そうでしょ!」と満面の笑みで直樹の背中をバシバシと叩いてくる。マンミアは「直樹殿、無理なら即座に不採用にして構いませんよ」と溜息をついている。
「……分かりました」
直樹は息を深く吸い込み、姿勢を正した。
十二年間、災害の最前線で命を預かり合ってきた救助隊員としての厳しい眼差しが、二人の問題児を真っ向から射抜く。
「お二人の力や経歴は分かりました。ですが、ここは戦場でも競技場でもありません。人命救助の現場です。人を助けるために最も必要なのは、敵を倒す破壊力でも、運任せの奇跡でもない。『確実性』と『安全性』です」
「あぁん? 確実性だぁ?」
イグニスが面白くなさそうに赤太い眉を吊り上げた。
「御託はいいんだよ隊長さん! 要は瓦礫をぶっ壊して、人を引っこ抜けばいいんだろ!? 力比べなら誰にも負けねぇってのを見せてやるぜ!」
「では、テストをしましょう」
直樹は演習場の片隅を指差した。
そこには、直樹が早朝にマンミアへ頼んで用意してもらった、訓練用の資材が組まれていた。
頑丈な丸太と石材を組み上げた崩落現場の模型。その複雑に入り組んだ瓦礫の隙間に、柔らかい布で作られた人間大のダミー人形が一体、挟み込まれている。
「課題は簡単です。あの瓦礫の中から、要救助者であるダミー人形を『無傷で』救出してください。人形の内部には、強い衝撃を受けると割れる硝子玉が仕込んであります。玉を一つでも割るか、周囲の丸太を崩落させたら失敗です」
「へっ! 子供騙しのままごとじゃねぇか! 見てな、三秒で終わらせてやるぜ!」
イグニスが鼻息も荒く前に進み出た。
彼は大斧を地面に突き刺すと、丸太の山へずかずかと歩み寄り、瓦礫の一番上に乗っていた重量二百キロはあろうかという巨石に両手をかけた。
「ふんぬぅぅぅッ!!」
ドォン、と大気が軋むような音が響き、イグニスは常識外れの膂力で巨石を軽々と持ち上げた。
さすがは竜人族、純粋な筋力だけなら重機そのものだ。
だが――直樹の顔色が変わった。
「待て、イグニス! その石を動かすな! それは下の丸太を支えているキーストーン(要石)だ!!」
「あぁ!? 邪魔なもんをどかして何が悪い――」
バキバキバキッ!
直樹の警告が終わるより早く、支えを失った丸太組みが一気にバランスを崩した。
斜めに組まれていた丸太が滑り落ち、テコの原理で跳ね上がった角材が、隙間に挟まっていたダミー人形の胸元を激しく乱打した。
ピキィッ、パリンッ!
模型の奥から、乾いた硝子の破砕音が無情に響き渡る。
「あ……」
「――そこまで!」
直樹の鋭い怒声が演習場を切り裂いた。
「救助対象の胸部圧迫による即死! さらに不用意な重量物の移動によって二次崩落を誘発! もし本物の現場なら、お前は要救助者を圧殺し、自分自身も崩れた瓦礫に足を挟まれて要救助者に成り下がっているぞ!!」
「ぐっ……!? だ、だが石は持ち上げたぞ! 力は証明したはずだ!」
「人を殺す力を見せてどうする! 救助における怪力は、周囲の安全を確保し、ミリ単位で隙間を保持するために使うものだ! ただ破壊するだけなら、魔物と何も変わらない!」
直樹の厳しい叱責に、イグニスはぐうの音も出ず、悔しそうに牙を噛み鳴らして俯いた。
「……ひゅ〜、厳しいねぇ」
後ろで腕を組んで見ていたフェイトが、軽薄な口笛を鳴らしながら歩み出てきた。
「筋肉バカが力任せにやるからそうなるんだよ。要は、瓦礫のバランスを崩さずに、人形だけを素早く抜き取ればいいんだろ? 俺のスピードと精密な剣術なら朝飯前だぜ」
「フェイトさん、あなたもです。慎重に構造を観察して――」
「大丈夫だって。こういう時はな、気合を入れて一発決めるのが俺の流儀なんだよ!」
フェイトは直樹の制止を聞かず、再び懐から金貨を取り出した。
その瞳に、怪しい熱が宿る。
「スキル発動――【コイントス】! 女神よ、俺の華麗な救出劇に光あれぇッ!」
ピンッと高く弾かれた金貨が、空中を激しく回転する。
直樹は呆れ果てて叫んだ。
「おい、やめろ! 人の命がかかる訓練の最中に、ギャンブルを挟む奴があるか!!」
「決まったら能力二倍だぜぇッ! 受けてみろォッ!」
パシッ、とフェイトは誇らしげに金貨を甲の上でキャッチした。
そして、得意満面の笑みで手のひらを開いた。
――そこにあったのは、彫刻の施された裏面だった。
「…………あ」
「あ?」
次の瞬間、フェイトの顔面から急速に血の気が引いていった。
唇が紫色に変色し、全身から滝のような脂汗が吹き出す。膝がガクガクと激しく震え、立っていることすらままならなくなった。
「う、うぐぅ……っ! な、なんか急に……全身の関節が軋んで、視界がグルグル回る……寒気も止まらねぇ……」
「フェイトさん!?」
「す、すまん隊長……急激な腹痛と悪寒により、本日の任務の継続は極めて困難……あと、実家の親友の従兄弟の隣のおばさんの犬が死んだのを思い出した……忌引休暇を……」
ドサリ。
フェイトは言葉を途切れさせ、そのまま白目を剥いて演習場の砂利の上へ綺麗に倒れ込んだ。
「…………」
静寂が、演習場を支配した。
粉々に砕けた硝子の破片と、無残に潰れたダミー人形。
その横で、悔しさに震えながら直立不動で固まっている竜人のイグニスと、コインの裏を引いて泡を吹いて気絶している元A級冒険者のフェイト。
「ぶわっはっはっは!!」
耐えかねたように、ニャングルが腹を抱えて爆笑した。
金算盤をバチバチと激しく鳴らしながら、涙を流して地面を叩く。
「見ぃや直樹はん! これがポポロ村自警団の誇る『精鋭』の姿や! 破壊魔のトカゲと、運任せの仮病野郎! こんな不良債権の塊を抱えて人命救助やと!? 救助する前に隊員が全滅して損害賠償で破産直行便やわ! 脳がバグるどころか頭痛で割れそうや!」
「うぅ……フェイト、また裏引いちゃったんだ……」
キャルルが申し訳なさそうに長い兎耳をしおれさせ、人参ハンカチで倒れたフェイトの口元の泡をちょんちょんと拭き取っている。
マンミアは深く頭を垂れ、直樹に向かって重々しく謝罪した。
「……申し訳ありません、直樹殿。自警団の教育が行き届いておらぬばかりに、不快な思いをさせました。この二名は即刻、不採用として叩き出しますので――」
「いえ、マンミアさん」
直樹は静かに手を上げ、マンミアの言葉を遮った。
その表情には、怒りも絶望もなかった。
ただ、かつて幾多の過酷な災害現場を潜り抜け、新米隊員たちを一人前のレスキュー隊員へと育て上げてきたベテラン指導員としての、深く静かな覚悟が宿っていた。
「不採用にはしません。二人とも、臨時救助班の隊員として預かります」
「なっ……本気ですか、直樹殿!?」
マンミアが驚愕に目を見張り、ニャングルもキセルを落としそうになりながら眉を跳ね上げた。
イグニスがハッと顔を上げ、信じられないものを見るように直樹を凝視する。
「な、なんでだ隊長さん……! 俺様は失敗したんだぞ! 人形を壊しちまったんだぞ!?」
「失敗した理由が分かっているなら、直せばいいだけの話です」
直樹は歩み寄り、イグニスの目の前に立った。
身長差は頭一つ分以上ある。肉体的な強さでは、直樹などイグニスの小指一本で吹き飛ばされるだろう。
だが、直樹の放つ揺るぎない眼光に、巨躯の竜人は気圧されたように唾を飲み込んだ。
「イグニス、お前のその筋力は素晴らしい才能だ。あの二百キロの岩を道具も使わずに持ち上げられる人間は、私のいた世界には一人もいなかった。問題は、お前がその力を『壊すため』にしか使ったことがないことだ」
「壊すため……?」
「そうだ。救助に必要なのは、壊す力じゃない。『支える力』だ。お前が正しい力の使い方を学べば、どんな重機よりも早く、瓦礫の下の人間を救い出せる最強の盾になれる」
「最、強の……盾……」
イグニスの喉がゴクリと鳴った。
これまで誰からも「暴れるな」「壊すな」と叱られ、損害賠償を請求されるばかりだった自分の破壊力を、この男は初めて「人を救う才能」として肯定してくれたのだ。
直樹は踵を返し、地面で呻いているフェイトを見下ろした。
「そしてフェイトさん。聞こえていますね?」
「う、うぅ……痛くて死にそう……」
「コインを投げて自分の命を運に預けるのは、あなたの自由です。ですが、他人の命を預かる現場でギャンブルをする人間は、絶対に救助隊の服を着る資格はありません」
「…………」
「A級冒険者まで上り詰めたあなたの剣術と体術は、運任せのコインなどで誤魔化さなければならないほど、薄っぺらなものなんですか?」
フェイトの身体が、ピクリと硬直した。
軽薄な笑みが完全に消え去り、痛みに歪む顔の奥で、彼の瞳が激しく揺れていた。
「……痛いところを、突きやがるぜ……」
「二人とも、選んでください」
直樹は腕を組み、演習場の風を受けながら言い放った。
「楽をして稼ぎたいなら、今すぐ立ち去ってください。ですが、もし本気で『誰かを助けられる力』を手に入れたいと思うなら――明日から、私の訓練を受けてもらいます。泣き言も、運任せの言い訳も、一切通用しない地獄の訓練です」
沈黙が流れた。
やがて、イグニスが突き刺していた大斧を引き抜き、ゴツゴツとした両拳を握りしめて吠えた。
「やってやろうじゃねぇか! 俺様を使いこなせるって言うなら、証明してみせろ隊長さんよぉッ!!」
「……へっ。起き上がれるようになったら、付き合ってやるよ……隊長」
フェイトも泥にまみれながら、自嘲気味に、だが確かな闘志を込めて呟いた。
それを見ていたキャルルが、嬉しそうにパチンと手を叩いた。
「決まりだね! よーし、臨時救助班、今日から正式に結成だよーっ!」
「……やれやれ。救助隊というより、猛獣の調教施設やな」
ニャングルは呆れたように煙を吐き出しながらも、金算盤の手を止め、ニヤリと鋭い犬歯を覗かせた。
「まぁええわ。この問題児どもが現場で役に立つようになったら、自警団の損害賠償勘定から訓練費名目でキッチリ天引きしたるからな。直樹はん、せいぜい食われんように気張りや」
秋の爽やかな風が、演習場を吹き抜けていく。
戦闘力ゼロの元消防士と、破壊の竜人、そして運任せの剣士。
あまりに前途多難な「人を助けるための組織づくり」が、今まさに最初の一歩を踏み出そうとしていた。
読んでいただきありがとうございます。
面白いと思っていただけましたら、★評価やブックマークで応援していただけると励みになります。




